芙二宮精肉店 5話


「千草くん、おはよう」

「あ、おはようございます!」

「お肉屋のおにーさん、おはよーございます」

「はい、おはよー。気をつけて学校行くんだぞ」


商店街は朝から活気がある。洋服屋に靴屋、喫茶店に魚屋に八百屋。それぞれの店が開店し、学生や勤め人が歩き、通り過ぎていく。商店街を通り抜けるとすぐ駅があるので、このあたりに住んでいる人間は大体ここを通るし、顔なじみになっていく。おかげさまで学校帰りの子供は少ない小遣いの中からコロッケやメンチを買ってくれるし、疲れたサラリーマンは晩酌の供に焼き鳥を数本買っていく。近所の奥様はグラム単位で肉を買い、家に帰って家族に振舞う。そうやってこの店―――――「フジミヤ精肉店」は、近隣住民に愛されつつ営業している。


「あ、いらっしゃい!今日は何にしましょう?」

「そうねえ…………じゃあ焼き鳥三本と、あとフジミヤの肉。あ、こっちはもも肉ね。ええと、こんくらい貰える」

「はいよ!その大きさなら……大体300グラムかな。今切り分けますね」

「あらすごい、見た目で大体どのくらいかわかるんだ」

「そりゃもう、肉屋の店主ですからねえ。少々お待ちくださいよっと」


「すいませーん、フジミヤのお肉ください!」

「はーい、ただいま!」


フジミヤ精肉店は今日も近隣住民に愛され、大繁盛している。

フジミヤの肉は煮物に良し炒めるも良し単純に焼いて食べるも良し。何に入れても美味くなり、何と合わせても中々合う。

ただし、仕入れは一週間に一度。本人の気分次第で二週に一回なこともあるが、大体そのペースで店頭に並んでいる。すぐに売れてしまうけれど、一回で取れる量がそこそこあるので冷凍しておけば良い。あまり単体では使えなそうな指先や半端な肉は、ミンチにしてしまえばいい。合い挽き肉としてそのまま売る事もできるし、コロッケやメンチとして売っても勿論美味い。全部、他ならぬ俺自身が試行錯誤して作ったものだ、美味いに決まっている―――――が、やっぱり客の反応を見ていると「ああ、作って良かったなあ」と思うし、「こんなに美味いフジミヤの肉を、大事な商店街のみんなにも食べさせてやれて良かった」と幸福感すら覚える。


「千草くんよ、今日の売り上げはどうだったかね」

「ああ、お陰様で上々だ。フジミヤのおかげで随分と助かってるよ」

「文字通り『身を削って』だな。どうだい、客は。美味いと言ってくれるかい」


フジミヤは俺に視線を向ける。自然と上目遣いになるので、なんだか可愛らしい。俺は笑いながら「ああ!」と彼を抱き上げた。


「ありがとな、フジミヤ!」

「………………どういたしまして。」

首だけになって、ずいぶんと軽くなった彼はそう言って笑みを返した。


肉を切り取った後の彼は、生首だけになる。ここから一週間かけて、全身が復活する。そうしたら俺は、また彼の首を切り血抜きをする。皮を処理して(場所によってはきっちり使わせてもらうが)切り分けて、部位ごとに売る。はじめこそ時間もかかり体力もかなり持っていかれ、かなりの肉を無駄にしてしまったが。数か月も経てば首を切り落とすことにも、体力仕事にも何も思わなくなってきた。肉の保存用に利用していた地下室を、彼専用の解体部屋にした。水道代はとんでもなくなってしまったが、とびきり上質な肉が提供できるならトントンだ。


「俺としちゃ、もう少し値段を上げたい所なんだけど」

胡坐をかき、膝に生首を乗せる。生首は平常時と変わらぬ様子で喋り出す。

「俺個人としてはより多くの人々に行き渡れば良いと思っている。あまり高すぎでは、手が届かなくなってしまうだろう。いくら俺の肉が美味しくとも、それは駄目だ。」

「…………俺の生活もあるんだけどなあ」

「それならば、若干上げても良い。そうだな、豚肉以上牛肉未満でどうだ」

「――――――ああ、そんくらいならいいかも」

生首の髪を弄りながらそんなことを考える。ちなみに、復活するまでの面倒も俺が見ている。髪を洗ってやったり顔を拭いてやったり。体が無いから食事をする必要は無いらしいが、週の真ん中あたり―――――半分くらい体が戻ってきたら、手ずから飯を食わせてやったりもする。まるで赤子の面倒を見ている気分になるが、彼は俺よりも遥かに年上なのだ。あまり子ども扱いすると不機嫌になるし。


「(………………あれ?)」

そもそも、彼と俺はどんな関係なのだろう。父性とか、同年代の友人に対しての感情とか、家畜だとか、人権を無視しているだとか、そもそも俺がしていることは殺人だとか、

「千草くん」

彼の声が耳に響く。彼は俺の膝の上から、いつもと変わらない声で囁いた。


「―――――――――――いま、幸せかい?」


すべてが、忘却の向こうに置き去られる。

そうだな、おにぎりは美味いし、人といられるのはたのしい。


俺は少しだけ笑って、こう返した。


「――――――――――ああ、幸せだよ。『フジミヤ』」

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