第6話 祝勝会

 試験を終えてシュヴァリエの拠点に戻ると、妙な事が起きていた。



「……おい、あれだよな? 55番のD級付与術師って」

「ああ、そうみたいだな」



 遠巻きにこちらの様子を伺う冒険者たち。


 最初は気のせいかなと思っていたけれど、あきらかに好奇の目を向けられている。



「ん? あの付与術師に何かあったのか?」

「入団試験の参加者らしいんだが、なんでも初級付与術の【嗅覚強化】でゴブリンの居場所を特定したんだと」

「……は? 匂いで見つけたってことか? そんなことができるのか?」

「普通は無理だな。【嗅覚強化】が索敵に使えるなんて聞いたことねぇ」

「それだけじゃないぜ。あいつが付与術をかけたらゴブリンがバターみたいに真っ二つになったとか」

「マ、マジかよ」



 ざわざわ。ざわざわ。


 どうやら僕のことを噂しているらしい。なんだか背びれ尾びれがついてる気がするけど大丈夫かな。


 試験官をやっていたあの付与術師さんが噂を広めたのかもしれない。冒険者ってそういう噂話が大好きだからなぁ。


 受付で試験の終了報告をしたところ、僕たちが一番乗りだった。倒した数も規定の倍くらいだし、これは良い結果が期待できるんじゃないだろうか。


 とはいえ天下のシュヴァリエの入団試験だし、もっと凄い人たちがいるかもしれないから楽観視はできないけど。



「55番のガランドさん、リンさん、ドロシーさん、デズモンドさん」



 早速、受付嬢さんから呼ばれた。



「……はい、最速記録で試験合格です。おめでとうございます」

「おっほ! 最速で合格!? やったぁ!」



 緊張の面持ちだったリンさんが、全身で喜びを爆発させる。


 僕もホッと胸をなでおろした。



「最初からいけるとは思ってたけど、ホントにシュヴァリエに合格できるなんて凄くない!? これは間違いなくデズきゅんのおかげだね!」

「い、いえ。僕はそんな……」



 乗算付与を使ったらいけるとは思っていたけど、ここまで良い結果が出せたのはメンバーの皆が僕のことを信頼してくれたおかげだ。


 アデルみたいな自意識過剰な人たちだったら無理だったと思う。


 というか……ダンジョンにいたときからちょっと気になってたけど、デズきゅんって何?



「謙遜する必要はないぞデズモンドくん。キミの付与術はすごかった」

「そ、そうですよ! 私たちが合格できたのはデズモンドさんのおかげです! 本当にありがとうございます!」

「ぼ、僕だけじゃなくて全員の力ですよ。誰かひとりでも欠けてたら、こんな凄い結果を出すのは無理だったと思います」



 ガランドさんがゴブリンを引き付けてくれなかったら後衛の僕たちが被害を受けていただろうし、リンさんがいなかったらガランドさんが戦闘不能になっていたかもしれない。


 ゴブリンの住処を破壊できたのはドロシーさんの魔法のおかげだし、本当に全員の手柄だ。


 でも、お世辞にも強いとは言えないメンバーで最速記録を出せたのは嬉しいな。



「それで、これからどうすればいいんですかね?」 



 リンさんが受付嬢さんに尋ねる。



「55番の方たちは、このまま第五旅団に配属になります」

「……え? このまま? てことは4人一緒に?」

「はい。詳しくは明日、第五旅団長より説明がありますのでこちらにお越しください」



 なんともあっさりと決まってしまった。


 第五旅団というのはシュヴァリエ・ガーデンの中では一番下の旅団で、所属する冒険者は一番大所帯の百人くらいらしい。


 新人メンバーはそこからスタートして、実績によって上下していく。


 つまり、ダンジョン探索で成果を出せば所属旅団が第四、第三と上がっていくというわけだ。


 シンシアがいるのは第一旅団。


 総勢数百名のクランメンバーの頂点に立つ最強の5人で構成された旅団だ。


 シンシアの隣に立つためには、ひとつひとつ階段を登っていくしかない。


 長い道のりだけど、こうして入団試験に合格したことを考えると不可能というわけじゃないと思う。



「あ、そうだ」



 リンさんが良いことを思いついたと言いたげに手を叩いた。



「試験も無事に終わったことだし、これから祝勝会でもしない?」

「祝勝会?」



 首をかしげてしまった。



「そ。私たち同じ第五旅団のメンバーになったわけだしさ。ほら、これからよろしく的な親睦も兼ねてね?」

「い、いいですね! さ、賛成です!」

「うむ。こんなめでたいときは飲むに限るな!」



 ドロシーさんとガランドさんが続く。


 祝勝会というより親睦会みたいな感じか。


 第五旅団に配属されてからもこの4人で活動するかもしれないし、もっとお互いのことを知っていたほうがいいかもしれないな。


 だけど、その前にちょっとシンシアに会って報告したい。


 シュヴァリエに入れたのはシンシアが誘ってくれたからだし、最速記録で入団が決まったと知ったらきっと喜んでくれるはずだもん。



「デズきゅん?」



 とリンさんの声。



「どした? はやく行こうよ?」

「え? あ、はい」



 ざっと周囲を見渡したけど、シンシアの姿はなかった。


 次第に試験を受けている冒険者たちが戻ってきているみたいだし、シンシアがいたとしてもこの中で見つけるのは無理か。


 それに、第一旅団のメンバーとダンジョン探索中かもしれないしな。


 よし。シンシアへの報告はまた今度にしよう。



***



 リンさんたちと一緒に向かったのは、エスパーダ時代からお世話になっている酒場だった。


 酒場はダンジョン帰りの冒険者でごった返していたけれど、運良く全員が座れる席を見つけることができた。


 席について全員分のエールを頼み、まずは乾杯することにした。



「それでは、入団試験合格と私たちの出会いを祝して……かんぱ~い!」

「か、かんぱ~い」

「乾杯……」



 リンさんの掛け声に続くドロシーさんとガランドさんだったが、なんとも歯切れが悪い。


 その原因は、テーブルについている「5人目」のせいにほかならない。



「……ん? どうしたのだ? せっかくの祝勝会だ。もっと楽しくやってくれ」



 そう言ったのは、黒いフードつきマントを羽織った銀髪の美しい女性。


 シンシア・マクドネル。

 シュヴァリエ・ガーデン第一旅団長にして僕の幼馴染の冒険者。


 ──のはずだと思うれど、なぜか「自分も一緒に試験に参加してた駆け出し冒険者ですが何か」的な雰囲気を出している。



「それで、シンシア様がどうしてここにいるんです?」

「……っ」



 リンさんにいきなりストレートに疑問を投げられ、シンシアが目を瞬かせる。



「わっ……私は、シンシアではない」



 いやいやいや、どっからどうみてもシンシアじゃないか。



「いやいやいや、どっからどうみてもシンシア様じゃないですか」



 リンさんが僕の心の声とリンクする。


 彼女だけじゃなく、テーブルを囲んでいる全員が首をかしげていた。


 というか、いつの間に混ざったんだろう。


 ひょっとして気配を消すスキルでも持っているのかな?



「あ、あの……っ」



 ドロシーさんがおっかなびっくりで尋ねる。



「シ、シンシア様はメンバーのどなたかとお知り合い……なんですか?」

「実はそうなのだ。私はデ……っ」



 シンシアは何かを言いかけて、はっと息を呑んだ。


 多分、僕の名前を出そうとしたけれど、バラすのはマズいと思ったんだろう。


 試験前に「直接に会うのは良くない」って言ってたしな。コネで入団したと思われちゃうし、僕たちの関係を公表するのはあまりよろしくないのかも。


 や、だったらなんで一緒に来たんですかって話だけどさ。


 シンシアはしばし思案し、コホンと咳払いを挟む。



「ええと、これは……そう! 入団試験で最速記録を出したお前たちを祝おうと思ってだな! 今日はシュヴァリエの奢りだ!」

「なんと! 本当ですか!?」



 ガランドさんが興奮気味に鼻を鳴らす。



「それは有り難い! さらに第一旅団長殿から祝福の言葉をいただけるなんて……身が引き締まる思いですぞ!」

「……本当はデズとふたりで祝いたかったのだが……」

「んむ? 何か言いましたか?」

「いや、何も言ってないっ!」



 シンシアがぐいっとエールをあおる。


 給仕さんが注文を聞きにきたので、安い豚の燻製をつまみに頼もうと思ったんだけれど、鴨のブロッシュを頼むことにした。


 オリーブ油を塗った鴨肉にベーコンを巻いて串焼きにしたものだ。


 かなり奮発しているけれど、祝の席だからいいよね。



「でもさ、改めてなんだけど、デズきゅんの付与術ってホント凄いよね〜」

「デ、デズきゅんだと!?」



 リンさんの言葉を聞いた瞬間、シンシアがごふっとむせた。


 慌てて彼女に手ぬぐいを渡す。



「ちょ、シンシア、大丈夫?」

「……ああ大丈夫だ。気にすることはない。デズきゅんなんて幼馴染の私ですら一度たりとも呼んだことがないあだ名で呼ばれていたので少々面食らってしまっただけだ。全く問題ない……ああ、ダメージはゼロだとも……」



 ブツブツと訳の分からないことを口走るシンシアの顔は真っ青になっていた。


 ええと、本当に大丈夫? 色々な意味で。



「それでデズきゅんの付与術だけど……乗算付与だっけ?」



 シンシアの異変を特に気にする様子もなく、リンさんが続ける。


 この人ってば本当にマイペースだな。



「能力を何十倍にもできるなんて凄すぎるよね。はっきり言って、天才付与術師だよ」

「あ、ありがとうございます」

「てかさ、こんな有能な人材をクビにするなんて、前にデズきゅんがいたクランのリーダーって、アホなんだね」

「……ぶっ!」



 今度は僕が吹き出してしまった。



「リ、リンさんっ……! もっとオブラートに包んでくださいっ……!」



 そんなアホだとかバカだとか、ここにエスパーダのメンバーがいたら面倒なことになっちゃうじゃないですか!



「しかし、本当に疑問だぞ」



 ガランドさんが「ううむ」と唸る。



「そもそも、なぜデズモンドくんは追放されたのだ? これほどの強力な付与術を使えるなら、むしろ絶対に手放したくないと思うのだが?」

「……あ~、いや、なんというか、意見の相違といいますか」

「意見の相違か。よく聞く話ではあるな」



 冒険者がクランを辞める理由のトップ3に入っている。自分の命を預けることになる仲間との相性は何より重要だからね。



「……まぁ、以前のクランで何があったのかはわらかないが」



 そう言ったのは、嬉しそうに目を細めているシンシア。



「ひとつだけ言えるのは、デズは将来シュヴァリエ・ガーデンの根幹を担うような存在になるだろうということだ」

「……あ、それ私も思います」

「で、ですね」

「うむ。異論はないな」



 メンバーたち全員が、彼女の意見に同意する。


 一方の僕は、困惑顔。


 いやいや、シンシアは一体何を言ってるんだ?


 僕がシュヴァリエの根幹? 

 入団試験に合格して、第五旅団に配属されたばっかりだっていうのに?



「これからよろしく頼むぞ、デ、デズ……きゅん」

「……う、うん」



 シンシアがジョッキを差し出してきたので、軽く合わせた。


 ううむ。今度は顔が真っ赤だし、かなりお酒が回ってるのかもしれないな。

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