第22階 忍び寄る影
「っテかよ~なんで俺らがこんな仕事しなくちゃいけねんだよォ~現地調査は下っ端に任せろよなぁ」
「……任務」
「ンなこたぁわかってんだよ」
坑道から出てきたのは頭から黒い布を被った大小2人の人間。
背が低い方はゼノと同じくらいか、やや高い程度。
愚痴を言っていた大柄な男が荒らされた場を見て、大きな舌打ちを放った。
「ンだよこれぇ、先越されてんじゃねーか」
「……いや、まだ生きてる」
「ハぁ、ドラゴンをここまでヤって止めもせずに出てったのか? 随分お優しいヤツじゃねーか」
どうやらまだ気づかれてはいないようだが、大声を出している男はずかずかと歩いてドラゴンに近づく。
その一方で、相方の方は坑道の出口で立ち止まったままだ。
「キュロ」
「あ?」
「左だ」
キュロと名を呼ばれ、振り返った男にエアリスが地上で羽ばたき、羽根を放つ。
ナイフのように鋭い無数の羽根が、キュロに浴びせられた。
「ぅオっ!?」
羽根が被っていた布を切り裂き、その姿を露にする。
黄色い目に、猫に似た縦長く黒い瞳孔。体の表面は薄っすらと緑の鱗を纏い、腰から太い尻尾が一本生えていた。
その姿は人を形どっているが、ヘビの特徴を併せ持ったヘビ人間だった。
「人間じゃない……?」
「オイオイ、人を見た目で判断するもんじゃないゼ」
チロチロと口先から先端が二股に分かれた細い舌を覗かせながら、キュロは笑った。
「キュロ、正体を無暗に晒すな」
「つってもよ~ロギナ、見られちまったモンはしょうがねーだろ」
「なら」
「口封じってんダろ? わかってるって」
軽くステップをその場で踏むキュロはエアリスの目の前に一瞬で移動し、振りかぶった拳を放つ。
すんでの所で体を捩じり、エアリスに躱された拳は2人が隠れていた大きな岩を粉微塵に砕いた。
「ッ! あっぶねぇっ!」
「へぇ、よく避けたじゃねーか」
嬉しそうに笑みを浮かべながら、キュロは距離をとるエアリスに瞬く間に追いついて拳を振りぬく。
そのスピードは残像が残るほど早く、ゼノの眼にはキュロの体がブレて見えていた。
エアリスは何とか身を捩って躱し、距離をとるがキュロの素早い移動速度にイタチごっこになっている。
「しつこいんだよ!」
「オイオイ、それが本気かぁ? ケツ振って誘ってんのかと思ったぜェ」
本来、空を主戦場にするエアリスが地上で戦う時点で分が悪い。
そしてそれ以上にキュロという化け物に地力でエアリスは負けていた。
追いかけられるエアリスと追いかけるキュロ。
その傍らで、ゼノはもう1人のロギナと呼ばれた男に目を離せずにいた。
傍観しているが、キュロの実力を考えるにロギナも恐らく強いはず。
絶対に視界から外さぬよう注意しながら、ゼノは魔本を開いた。
……あんまり、時間は掛けれないなぁ。
ダンジョンから離れすぎた魔本は貯蔵していた分のマナのみで、ダンジョンで得たマナは補充されない。
つまり、あまりマナを使い過ぎると打つ手が完全になくなる。
既にドラゴンの従魔化で、マナを大幅に使っている。まだ余裕はあるけどこの2人相手に油断はできない。
「召喚。『ゴーレム』、『オーガ』!」
現状、使えそうな2体のモンスターを召喚する。
岩が人型に集まってできた、ドラゴンより大きな岩人形ゴーレム。
眉間に小さな角が生え、その真っ赤な巨躯は筋骨隆々の力強い姿をしたオーガ。
突如現れた2体のモンスターにキュロの動きが一瞬止まる。
「なんダその力!?」
「やっちゃえ」
ゼノの指示でキュロ目掛けて走り出すオーガ。
流石にエアリスとオーガを同時に相手取るには分が悪いと感じたキュロ。
その場から離れようと一歩踏み出した足が、エアリスの蹴りで振り払われ、体勢を崩す。
「ッチ、うざッテェ!」
その隙にキュロの元へたどり着いたオーガは、雄たけびを上げながら拳を振り始めた。
並の人間が一撃で肉塊に変わるオーガの連撃を受け流すキュロの背後に、一瞬でエアリスが回り込む。
「ふっ飛べやッ!」
「おマ、それは卑怯」
キュロは言い終わる間もなく、エアリスの強烈な蹴りで飛ばされる。
宙を舞い、その先に居たのは両の拳をはるか頭上に掲げて待機するゴーレムだった。
「アー、それはまずい」
ゴーレムによって地面へ叩きつけられたキュロ。
地面に窪みができるほど強烈な一撃だったが、キュロはふらつきながらもなんとか立ち上がった。
それでも体内へのダメージは相応に入っているのか、大量の血を吐き出している。
「……毎度、油断するのは悪い癖だな」
「うっせェナ!まだマダこっカ……ら?」
ロギナに威勢よく答えたキュロ。
視界の暗さに違和感を覚えたキュロが、巨大な影に覆われていると気づいた瞬間。
先ほどとは比べ物にならない、地面を揺るがすほどの一撃で地面にたたきつけられた。
「ドラゴンの従魔化……間に合った!」
"巨大な翼"を巧みに使って空を飛んでいたドラゴンが目を覚まし、空中で縦に回転して尻尾をキュロへ叩きつけたのだ。
ゼノが込めた願いは『空を自在に飛ぶ力』。地を体現するドラゴンが空を飛んだらどうなるのかという、興味本位の願いである。
強靭なキュロの肉体も、右腕は破裂し左足も逆方向へ向いている。
動かなくなったキュロを仕留めたと判断したエアリス達は、ロギナに視線を向けた。
「……はー、楽な仕事だと思ったのに」
「へっ、次はあんたの番だぜ」
「……」
エアリスの軽口に、反応を示さないロギナ。
先手必勝とばかりに、羽根を飛ばそうとしたエアリスは背後の威圧感に動きが止まる。
「マダダ……まダ終わっチャイネェ」
血を全身から垂れ流しながら体を起こすキュロ。
視点の合わない血走った眼は、それぞれが不規則にぎょろぎょろと動いている。
「キュロ。今回の任務で『魔解』は許可されてない」
「知ルカッ!コイツラ全員ブチ殺さねェと……」
額に手を当てたロギナ。
エアリスが動きを止めようと無数の羽根を飛ばす。
しかし、その攻撃もキュロに届くことなく空中で勢いを無くし、地面へと転がり落ちた。
「舐めラれたママだろウがヨォ!!」
その瞬間、キュロから放たれる強力な威圧感。
それが濃密な魔力だとゼノが勘づくまでそう時間は掛からなかった。
爪は鋭く伸び、髪はその1本1本が命を宿したようにゆらゆらと揺らめいている。
折れた左足が徐々に右足と一体化し、胴体が少しずつその長さを増していく。
既に血は止まり、負った傷も巻き戻されたように元へ戻っていく。
キュロの体がいよいよ人間らしさを失い始めた瞬間、背後に現れたロギナが手刀で首を打ち、キュロは気を失った。
「は!?」
目を離していなかったゼノが、キュロのような残像すらなくロギナの姿を見失う。
ゼノだけじゃない。その場いた全員がロギナの姿を見失っていた。
気が付いた時には、ロギナは肩にキュロを担ぎ、崩落した天井から跳び出た後だった。
地上からこちらを見下ろすロギナと目が合ったゼノは、その瞳の奥に呑まれるような闇を感じて声を失う。
「逃がすかよ!」
「エアリスっ追わないで!」
引き留められたエアリスが咄嗟に飛ばした羽根がロギナにたどり着く瞬間。
再びロギナの姿は一瞬で消え去り、場は静寂に包まれた。
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