第21階 岩の竜
ドワーフの里キングーフから北へ歩く3人。
時折急な傾斜に足を滑らしながらも、何事もなく問題の坑道の入り口まで3人はたどり着いた。
「ここじゃここじゃ、うーむ……懐かしいのぅ」
近くまでと言われていたが、バルグンは坑道の入り口まで案内してくれた。
坑道の入り口は、長い期間人に使われていなかっただけあって劣化が激しい。
坑道を支える坑木も、ところどころ折れたり腐ったりしていてどうにも頼りない。
「うげ~、蜘蛛の巣」
「長いこと使われてないからの、崩落に注意するんじゃ」
そう言ってバルグンは持っていた布の巻きついた木の棒に、魔法で小さな火を灯すとゼノに手渡した。
「明かりじゃ、頼りないが今はこんなものしか無くてな。坑道自体は1本道じゃ、迷うこともないじゃろ」
では健闘を祈っとるぞ。と、バルグンは背を向けてきた道を戻っていく。
大きな声で感謝の言葉を述べたゼノに、バルグンは片手をあげて答えた。
「で、どうすんだよクソマス」
「まぁまぁ、ちょっと考えるから……考えるから足踏まないで?」
どうもご立腹のエアリス。
なんでも勝手に依頼を受けたのが気に食わなかったらしい。
「わかってんのか?戦うのあんたじゃないんだけど」
「ごめんね」
げしげしと足の甲を踏まれ続けるゼノ。
普通に痛いけど体格差では圧倒的に負けているので、為されるがままだった。
「いやー、エアリスならドラゴンくらい楽勝だと思ったから、ね」
「……あっそ」
見え透いたゼノのご機嫌取りを最後に、エアリスはそれ以上何も言わず坑道の入り口をくぐった。
その後ろで魔本からたいまつを召喚したゼノが火を移し、急いでエアリスの背中を追いかける。
坑道の入り口は地下深くに伸びていて、風が冷たく吹き抜けてきた。
先導するエアリスとそれを追ってゼノも坑道へと足を踏み入れる。
壁からは湿った土の匂いが漂い、辺りはほとんど見えない。
たいまつの灯り1つだけを頼りに、蜘蛛の巣を払いのけながら2人はゆっくりと進んでいった。
「うげーせっかく綺麗にしたのに……」
繕(つくろ)った羽に蜘蛛の巣が張り付き、機嫌が急降下するエアリス。
張り付いた蜘蛛の巣を一緒になって取り除きながら奥へ奥へと2人は進む。
既に入り口の光は届かない。
しかし、壁に埋まっている不思議な鉱石が微かに蒼く発光しているおかげで意外と視界は悪くない。
緩やかな坂道はいつの間にか登り道へ変わっており、時々見かける分岐も片方の道はすぐに行き止まりにたどり着く。
「お、明るくなってきたぜ」
「一応出口なのかな?」
やっとのことで外に繋がりそうな光を見つけた2人の足は、徐々に駆け足に変わる。
光にたどり着き、坑道を抜けると開けた空間に飛び出た。
「なるほどね、ここを掘り当てちゃったのか」
広さはそれなりの大きい船が一隻入る程度。
元々地表に近いのだろう。一部天井が崩れ落ち、注がれた太陽の光がその空間を照らしている。
壁や地面、天井に至るあらゆる場所に色とりどりの鉱石が見え隠れして、見る角度によってはキラキラと光を反射し、幻惑的な光景を作り出している。
「今はいないのかな、ドラゴン」
崩れた天井の下、太陽で照らされた岩の山があった。
積み上げられたその岩の中には水晶や鉱石も交じり、一際存在感を放っている。
とりあえず、この空間を調べてみようとゼノがその岩の山に歩き出した瞬間、轟音と共に空間が揺れる。
揺れる地面にとっさに伏せたゼノは、眼前に迫る巨大な岩に気づくまで一瞬遅れた。
「ぼさっとしてんなよ!」
「あ、ありがとう!助かった!」
エアリスに捕まれて直撃を回避したゼノは、そのまま上からその生き物を観察する。
今まで岩だと思っていたのはその生き物の体表の一部。
その巨大な体を2本の足で支え、頭部である場所からは岩の隙間から黄色い瞳を覗かせて周囲をキョロキョロとしきりに見渡している。
ごつごつとした尾が1本。長く、付け根は太く先端に向かう程細くなっている。
その巨体、威圧感。こいつが目標のドラゴンだろう。
「思ってたより大きい……なぁ」
「ハッ! びびったのかクソマス」
「僕は大丈夫。エアリスこそ大丈夫?」
「あったり前だ! 馬鹿言ってんじゃねぇよ!」
軽口を掛け合う2人、それに気が付いたドラゴンはその場でコマのように1回転し、尾を大きく振りぬいた。
「まっじィ!?」
ドラゴンの尾についていた大小合わせた岩の数々がエアリスへ向けて襲い掛かる。
大きく羽ばたき、その場から一瞬で地面ギリギリまで高度を落としたエアリスは、そのまま勢いよく高度を上げドラゴンの頭上で旋回を始めた。
避けられた岩の礫(つぶて)は爆発音とともに砕け散り、壁を削る。
掠るだけでも大ダメージは必至だ。
「で、どうすんだよ?」
「どうするって言っても……」
「手がねぇなら、とりあえず俺がやるぜ」
ちらっと下を見れば、見失ったエアリスを探しているのだろう、ドラゴンは動き回っている。
思っていたよりも大きい。
ゼノの手札に有効打となりそうなものはないが、エアリスはやる気満々だ。
任せて様子を見てもいいかもしれない。
「分かった、じゃあ任せるよ」
「あいよ。じゃあ降ろすぜ」
ドラゴンの死角を突きながら地面まで降り立ったエアリスはゼノを離す。
すぐさまドラゴンの頭上へ飛び上がったエアリスは、ドラゴンの背に降り立ち、その岩の下に隠れるドラゴンに持ち前のかぎ爪をめり込ませた。
「ぅ重ッ!」
力を籠めて羽ばたくエアリス。
爪を肉体に直接めり込ませられたドラゴンは痛みからか、あるいは翼のない自分の足が宙を舞う初めての感覚に戸惑ったのか、大きく体をのけぞらせ暴れ始める。
それでもエアリスは歯を食いしばって羽を動かし、さらには自身の魔力を風に変えて空へ向かう突風を作り出す。
やがて崩れ落ちた天井を越え、それでも高く羽ばたいた。
「さぁ食らってみろや」
地表を離れ、飛び出した大穴が豆粒のように小さくなるまで上昇を続けたエアリスはそのかぎ爪を開いた。
重力に従って、真下へ向かって加速を続けるドラゴン。
ドラゴンが地に叩きつけられ、轟音と共に衝撃で地を揺らす。
その衝撃で天井の一部がさらに崩れ落ち、土埃がドラゴンを包み込む。
「これで〆だ」
真下へ向けて羽ばたいたエアリスは重力に従い、さらに加速を続ける。
目で追うのも難しいスピードで横たわるドラゴンの元へたどり着いたエアリス。
宙で体を回転させて踵部分のかぎ爪を頭部に叩きつけた。
「いっちょ上がりっと」
踵落としの衝撃で土埃を全て吹き飛ばしたエアリスは、ドラゴンから跳び下りる。
頭だけ、地面にめり込んだピクリとも動かないドラゴン。
恐る恐る近づいたゼノは、その目が白目をむいていることを確認して胸をなでおろした。
「なんか、終わってみるとあっけなかったね」
「ま、俺にかかりゃあこんなもんよ」
「じゃあ、ここからは僕が」
魔本を開いたゼノは、ページを1枚抜き取った。
伸びているドラゴンの腹に押し当て、紙が体に飲み込まれていくのを確認する。
これでこのドラゴンの従魔化させることができたら、ドワーフ達もこちらの申し出を断り切れないはず。
きっと武器や防具に関する問題は解決するはずだ。
「ありがとうねエアリス。これで依頼は達成でき「静かに……誰か来たな」」
エアリスの言葉で周囲に耳を立てると、確かに話し声がかすかに聞こえる。
その声はゼノ達が通った坑道から足音と共に徐々に大きくなっている。
そそくさと2人は大きな岩の影に隠れた。
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