第14階 ダンジョンの渦
「はい、青ポーションの買い取りが13個で、赤ポーションの購入が5個ですね。差し引き分がこちらになります、お忘れずにお受け取りください。では次の方~」
ダンジョン出張冒険者ギルド。
そこは朝も夜も人で賑わっており、特にアイテムの買い取り担当となった職員は疲れているのか声に張りがない。
連日、休憩時間もそこそこに働かされているギルド職員たちは疲れ切っていた。
なるべく一度にアイテムの換金を行う呼び掛けてはいるのだが、ダンジョンに挑む者は多く効果は薄い。
「このポーション30個をお金に換えてください」
「赤ポーション30個……!? しょ、少々お待ちください」
裏に引っ込んだ職員がお金の入った布袋を持ち出し、丁寧に数えて少年へ手渡す。
受け取ったお金をそのまま袋に入れて懐へ入れた少年は、頭を1度だけ頭を下げてギルドから出て行った。
「あんな子も、大金を稼げる時代なのね」
「私たちはいくら働いてもお給料は一緒だけどね……」
ふと口から洩れた言葉に、傍にいた仲の良い職員が一言添える。
それだけで買い取り担当の職員は、肩の重さが倍になった……気がした。
そんな職員の苦労など露知らず。先ほど大金を得た少年こと、ゼノはダンジョン周りをうろついていた。
「えっと、ダンジョン周りの視察は……」
挑戦者の状況を知るという名目で外に出されたゼノは、クラリスから渡された小さな紙を広げる。
そこには今回、調査すべき内容が箇条書きで書き記されていた。
クラリスからお願いされたダンジョン周りの調査。
その中には売られている装備の調査や冒険者の質から友人を作るやお金の使い方など、ダンジョンに役立つのか疑問を感じる項目もあった。
クラリスが言うことだから、きっと必要なのだろう。
危なくなったらクラリスを呼ぶという約束とともに、ゼノは今回の調査を任されていた。
「これ1つください」
「あいよ! 坊主、落とすなよ~」
紙に書かれた項目の1つ『食べ物に関する情報』を調べる為、見かけた店で商品を1つ買う。
4つの肉片にたっぷりのタレが掛かった串を受け取り、食べながら歩いて回る。
ダンジョンを基に作られた場所だけあって冒険者向けの建物が多い。
しかも、聞き耳を立てて情報を集めた結果、すでにギルドが治安維持用のパーティを雇っているようだ。
夜間の魔物へ対する見張りも交代制でいるらしいし、ダンジョンの周りはそこらの村なんかよりよっぽど安全な場所だと思う。
「あ、お店だ」
地面に木の板と布を敷いて、商品を置いて様々な人が商売をしていた。
ダンジョンのアイテムを売っている露店もあるが、意外なことに一番売れているのは果物や野菜といった食べ物である。
冒険者に混じってこの辺りで食事を提供している店も仕入れに利用している分、売れているようだ。
「これ1つください」
「はいはい、ちょっとまってね~」
お腹を膨らませたゼノが、手のひらサイズの見慣れない赤い果物を購入する。
一口齧るとシャリシャリとした食感にほんのり甘い果汁があふれてきて美味しい。
「剣も売ってるんだ」
いくつもの剣が立てて入れられている片側の開いた樽。
そんな樽の入れ物6つに囲まれた、店主であろう体格の良い男性が足を止めている冒険者の相手をしていた。
剣は扱い難しそう。
もし使うならどこか道場みたいなところで師匠を見つけて、基礎を身に着けてからかなぁ。
「もちろん、この剣は一級品で……何見てんだ?遊び場所ならもっと別の場所を探しな」
店主の手で払われるような仕草に、ゼノは何も言わずにその場から離れる。
ゼノが気を取り直して辺りを見渡すと、多くの人が集まっている場所に目が付く。
それは冒険者ギルドの横にある酒場だった。
「たくさん人がいるなぁ」
酒場は天井は日よけの大きな布が張られ、木の机と椅子が所狭しと置かれている。
串と果物を1つ食べたからと言って、いまだ空腹のゼノはせっかくだからここでしっかりと食事を取ろうと考えた。
中に入ると今までにないほどの人口密度で、風通しは良いのに暑苦しく思える。
「メニューは……あれかな」
地面から伸びる木の棒に、大きな板が立てかけられていくつもの料理の名前が吊るされている。
が、その料理の名前は読めないため近くの客が頼んだ料理の発音と、届けられた料理を覚えて良さそうなものを注文する。
「あ、きた」
届けられた料理に舌鼓を打ちながら酒場や外の風景を眺めていると、酒場の一画が騒がしくなっていることに気が付く。
目をやると白銀の胸当てを付けた可愛らしい少女が、今まさに机に飛び乗った所だった。
「いまからあの塔に登ってお宝を獲りに行くわっ!一緒に攻略する人は付いてきて!」
一瞬酒場に静けさが訪れるも、すぐさま笑い声や話し声に包まれる。
ここに居るほぼ全員がダンジョンを目当てにした冒険者だ。ダンジョンの恐ろしさも身をもって知っているんだろう。
だから彼女の言葉は軽く見られる、子供の戯言だと流されたのだ。
ほぼすべての人間に無視されて顔を真っ赤にして怒っている彼女
あの芸術品と言える豪華な装備の出所はどうも気になるけど……。
まあ関わらないことが賢明かな。
そう考えたゼノがふっと、彼女を遠目に見やるとどうやらあちらもこちらを見ていたようだ。
視線が交差する――――。
「えっと……そろそろ出よ「ちょっと、あんた」」
嫌な予感がしたゼノが視線を逸らし、立ち上がった所でその少女から声が掛けられる。
僕じゃない、僕じゃない。と自己暗示を掛けながら酒場の外に出ようとしたところで、肩に手が置かれた。
「ちょっと、呼んでるのが聞こえないのかしら」
「ぇ……僕?」
「そうよ、さっきからずっと呼んでるでしょ」
なんだか嫌な予感がする……関わりたくない。
目を合わせないように、逃げようと体を動かす度にギリギリと彼女の手の平が肩にめり込む。
仕方ないと覚悟を決めて、振り返った。
見た目は間違いなく美少女、背は少しゼノより高い程度だ。
整った可愛らしい顔だちの中にある仄かに赤い2つの瞳にじっと見つめられると、なんだか吸い込まれそうな錯覚を感じてしまう。
頭には黒い金属の髪飾りが2つ、対になるように飾られている。
光を反射する胸元まで伸びた美しい銀髪は、金の装飾が施された白銀の装備と相まってより美しく見える。
膝丈のスカートと、腰にこれまた豪華な装飾が施された剣が吊るされている。
「ちょっと、聞いてるの!?」
「何?」
思っていたよりも美しい顔がすぐそばに迫り、ゼノが呆けていると彼女は無視されていると思ったのだろう。
今まで意気揚々としゃべっていた彼女のこめかみに、ピキッと音を立てて青筋が立ったのはきっと間違いではない。
「仕方がないからもう1回言ってあげるわ。今からあのダンジョンを私たちで攻略するの」
「……いや、無理。僕は戦えないし」
「いいわよ別に、私が戦うから。あんたは荷物持ちよ」
「……じゃあなんで僕なのさ」
「あんた年下でしょ?」
かくして僕は年下(に見える)という理由でダンジョン攻略に強制的に挑むこととなった。
……ごめん、クラリス帰るのはもう少し後になりそうだよ。
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