第13階 ※ある一人の盗人少女

 王都パァリの冒険者ギルドにて大規模調査依頼の発表により、多くの冒険者が塔へ足を向けた。

 同時に塔のアイテムが市場へ出回り、その奇跡のようなアイテムの数々に常識が覆されようとしていた。

 

 誰もが手を伸ばすダンジョンのアイテム。

 生まれたばかりの市場は、この王国の中心になり始めていた。

 

 やがて、その塔は誰がそう呼んだか何時しか夢を込めて『ダンジョン』と呼ばれるようになった。

 そして、それは後にオルトレアン王国が『ダンジョンの国』と呼ばれるほど、大きな変化、その一歩であった。


 冒険者の大半が利用しているギルドの一画にある酒場。

 大きな机の上に並べられた品々を黒いローブを着こんだ少女が大きなバッグに詰め込んでいる。

 

「エイミィ、またダンジョン?」

「うん、そぉ」


 その隣で、使い慣れた手持ちのナイフをくるくると器用に指先で回しながら、エイミィは気の知れた友人である魔法使い冒険者と話していた。

 金目の物しか興味がない盗賊なんて呼ばれるエイミィと知識を追い求める魔法使いの友人は相性が悪いともいえるが、冒険者の中でも少ない少女二人の仲良くなる時間はそう必要なかった。

 

 首元で短く整えられた光に輝く金髪を覆うように緑のスカーフをエイミィは頭に巻いていた。

 白いシャツは右の脇腹辺りで結ばれ、股下がとても短い黒皮のズボンを履き、よく見ると所々ほつれている緑のジャケットを着こんでいる。

 

「だってさ、こんな小さな小瓶1つで3、4日は寝て暮らせるんだよ? 3食付きで!」

「そうね、危ないから私は行かないけど」


 安定志向の友人はいくら誘ってもダンジョンへ行こうとは言わない。

 聞きなれたその答えに、エイミィは口を尖らせぶーたれながらその依頼の準備を見守る。


 エイミィが雑談に花を咲かせている中、準備を整えた友人は早々に席を立ち、じゃあねと一言残して行ってしまった。

 

 まぁ仕方ないか、いつものことだし。と、立ち上がるエイミィに2人の男が声を掛ける。

 話しだけは聞いてやろうとしたところで肩に手を回され、更には妙に馴れ馴れしい態度で話された時点でエイミィの機嫌は急降下を見せた。


「っつーわけでさぁ、俺達と一緒に「黙れ」」

 

 肩に手を回し、至近距離にいた男の鳩尾にエイミィの肘鉄がのめりこんだ。

 苦痛に膝をつく男に駆け寄ったもう一人の顎に鮮やかなハイキックを決めて沈めたエイミィは、鼻を鳴らしてギルドを後にする。

 

 エイミィはこの手の輩に対して容赦がない。

 間違いなく容姿に優れているため、慣れているということもあるが元来の気の強さが影響している部分もあるのだろう。

 

 向かうはダンジョン。足取りは軽い。

 ダンジョンを登るようになってエイミィの生活は間違いなく良くなった。

 

 時折貼られる遺跡調査などが主な収入源だが、そういった仕事がない時は大抵小金稼ぎ程度の失せもの探しでその日暮らしをしていたのだ。

 貯えもなく、3日何も食べ物を口にしなかった時は流石に死ぬかと思った。と、今では友人に話す鉄板のネタになっている。

 

 エイミィの仕事スタイルには戦闘はあまり含まれていない。

 弱いモンスターを狩り、とにかく気を付ければまず間違いなく獲得物を持って帰れるダンジョン。

 それでいてアイテムが高値で売れるとなれば、エイミィが足繁く通うのも無理はないだろう。

 ダンジョンで死ぬ者もいるようだが、そんなものはよっぽどの間抜けなのだろうとエイミィは高をくくっている。


 「おっちゃーん、今から行ける」

 「おぉ、エイミィか。ちょうど今から出るところだぞ」


 エイミィはダンジョンへ向かう際に、なじみの商人に一緒に乗せて行ってもらうことで本来であれば移送に掛かる料金を節約している。

 そんな個人商店といくつか伝手があるエイミィはいつも仕入れの馬車に乗せてもらい、ダンジョンの品を手に入れたら優先的に売買することでそんな特権を得ているのだ。


「じゃあ後ろに乗りな……おっと、積み荷を傷つけるなよ」

「分かってるって!」


 一匹の馬に引かれる荷馬車に乗り込むエイミィ。

 後ろへ流れる景色を見ながら鼻歌を奏で、外門を出た辺りで積み荷を避けたわずかなスペースに寝転がる。

 今、太陽は頂点にもう少しでたどり着こうというところだ。

 スピードを上げた馬車はダンジョンへはおよそ日が暮れる前までにはたどり着けるだろう。


「おい、エイミィ。起きろ!」

「ふぁ……着いた?」

「とっくにな」


 何時の間に眠っていたのか日が暮れて、空は暗くなっていた。

 エイミィはのそのそと起き上がり、1つ大きな欠伸をすると荷台から降りる。

 自身の小さな商店に荷下ろしを始めた商人に礼を言うと、エイミィはあたりを見渡す。

 

「……いつ見ても大きぃなぁ」

 

 ダンジョンと呼ばれる巨大な塔。

 その周りには様々な店が開かれ、アイテムの売買はもちろんのこと出張冒険者ギルドや屋外に作られた簡易的な酒場から鍛冶屋まで。なんなら簡易宿のサービスまである。

 さらにダンジョンの裏手にある人眼のつかない場所では、男性向けのお店もあるらしい。

 

 ほぼ小さい町と化しているこの場所は日を追うごとに成長していた。

 周囲の森から木を切り倒し、外枠に置いてある身の丈を越えるほど大きな丸太の柵はどんどん数を増やしているのだ。

 

「うわ、また店増えてる。宿も増えたなぁ」


 つい先日来たばかりだというのに、すでにエイミィの知らない店がいくつか増えている。

 そこら中で店先を照らすように火や魔法による明かりが灯され、昼間のように明るい。

 ダンジョンは入ってしまえば夜でも関係ないため、この場所は夜でも活発に活動していた。


 「おっと、こんな場所でぼーっとしててもしょうがないよね」


 冒険者ギルドに入り、依頼書を眺める。

 この場所の依頼書は、大体がダンジョン内での失せもの探しあるいは行方不明者の目撃情報などが主になる。

 

 私の目当てはダンジョンアイテムがメインではあるけど、こういった依頼もお金になるのだ。


 「えっと、なになに……6階層で冒険者が行方不明。特徴は女の子で……こりゃ無理かな」


 依頼書に次々目を通し、ある程度情報を得たエイミィは冒険者ギルドを出るとダンジョンの入り口へ向かう。

 相変わらずダンジョンは盛況で、出入口はいつも人が多く混んでいる。

 

 エイミィはダンジョンの前に立ち、装備を簡単にチェックする。

 左胸のポケットには赤のポーションが3本入れられ、右のポケットには大しておいしくもない固形の携帯食料が1つ入っていた。

 内ポケットには高額で買った結界を張れる紐が大切に仕舞われている。


 腰にはナイフの入った皮の鞘と、アイテムを入れるための空の布袋が吊るされていた。

 ナイフは研ぎなおしたばかりで刃こぼれ無く、抜いて掲げればエイミィの顔が反射して映されている。


 「よしっと、それじゃ行きますかぁ」

 

 竜の転移像と呼ばれる青く光る像に触れて視界はダンジョン1階層へ切り替わる。

 そこかしこでスライムの体液が壁や床に付着している。

 人は多く、今はまだスライム程度しか出ないからか緊張感なくおしゃべりをしながら進む者も多い。

 そんないつもの様子にエイミィは気にすることもなく、2階層への階段へ向けて歩き出す。


 およそ8階層辺りまでなら大体の道は覚えているエイミィ。

 特に迷うこともなく階段を登り続ける。


「んー、ここにはないか……」


 エイミィがダンジョンに上るようになってまだ誰にも言ったことのない秘密。

 それはアイテムの入っている宝箱が大体同じ場所に置いてあることだ。

 

 必ず宝箱が置いてあるわけではないが、ルートを決めてしまえばあとは作業だ。

 とにかくアイテムを集めることができるようになる。

 

 「お、あったあった♪」


 曲がり角の行き止まりに置いてあった宝箱。

 中を開け、当たりの赤ポーションが入っていたエイミィは口笛を鳴らして布袋の中に放り込む。

 まずは1つ。これだけでも持って帰れば、十分収支はプラスだ。


 「……おっとと、敵か」


 現在の階層は6階層。

 ゴブリンが辺りで徘徊しているが、たいていは小石でも使って気を逸らしてやれば大抵は初撃を得れるため、隠れるも倒すのも比較的楽にできる。

 しかし、たまにこういった行き止まりを塞ぐようにゴブリンが入ってきてしまうことがある。


 こうなってしまうと小石程度では気を引けない。

 エイミィは曲がり角の陰に息をひそめ、ナイフを構える。


 ゴブリンが曲がり角に差し掛かり、角を曲がる瞬間エイミィの鋭い一撃がゴブリンの喉を切り裂く。

 さらに返す刃で少し離れた場所にいたゴブリンの胴体へ目掛けてナイフを飛ばし、瞬く間に2体のゴブリンを片付けた。

 

「ふう、こんなもんかなぁ」


 一応、仕留めたゴブリンを漁り、使えそうなものが無いかを探す。

 冒険者が倒されるとゴブリン達はその装備を奪い取り、強くなってしまうのだ。

 

 過去には達人級の剣の腕前を持つゴブリンなんかもいたらしい。

 だからこそ、ギルドで行方不明者がでた階層は注意をしなければならない。

 

 「おっ、なんだろ」


 喉を切り裂いたゴブリンは特に何も持っていなかった。

 しかし、ナイフを投げて仕留めたゴブリンは小さな手提げ袋を背中に担いでいた。

 中を開けると小さな水晶玉が1つ入っていた。


「こ、これ……転移水晶だ」


 水晶を割ることでダンジョンから脱出することができる転移水晶。

 大体がこのダンジョンの攻略を目指すチームに買い占められるため、超高額かつ市場に出回ることはほぼない。

 この水晶1つで2、3か月は働かずに暮らせるだろう、お金を考えるならそうするべきだ。


「いや、でも……」


 しかし、切り札は多い方が良い。

 間違いなく切り札に成れるこの転移水晶は売らずに持っておく、それもまた正解といえるだろう。


「……今考えても仕方ないか」

 

 こんなダンジョンの一画で長考し、足を止めるのは危険でしかない。

 水晶を空いたもう1つの内ポケットに仕舞いこみ、宝箱を漁りながらダンジョンの出口を目指す。

 偶にすれ違う冒険者のパーティに挨拶と共に無意味な何も持っていないアピールをしつつ、エイミィは階段を駆け下りていった。


 そして1階層の竜の転移像に無事たどり着き、ダンジョンから飛び出したエイミィはそのままの足でここへ送ってくれた商人の店へ向かう。


「お、エイミィ。なんだ早かったな、いつもの時化た日か?」

「……っふ。まぁまぁ、落ち着きなよ」

 

 開店の準備をしていた商人は茶化すように言葉を投げるが、エイミィの謎の不敵な笑みに頭の中で疑問符を浮かべる。

 

「とりあえず今日の成果ね、まず赤ポーションが4つと青ポーションが3つ……」

「この短時間によくもまぁ集めてくるよなぁ」

「……」

「ん? なんだこの水晶は……って」


 エイミィが黙って差し出した水晶にすぐさま当たりを付けた商人は目を見開く。


「これ、転移水しょ!? 「声が大きいって!」っ! ……すまん」

 

 エイミィに注意されつつも未だ興奮の覚めない商人はまじまじと水晶を眺める。

 思っていた通りの驚いた商人の反応に、エイミィはにやにやとご満悦の表情を浮かべていた。

 

「すげぇな、初めて触ったぜ。こんなん何処で見つけたんだよ」

「なんかゴブリンが持っててさ。いや~日頃の行いがいいからかなぁ」

「で、買い取りか? これならすぐに売れると思うが」

「う~ん、それなんだよねぇ……」


 自分の考えをエイミィは商人に伝える。

 多額のお金か、切り札か。相談に乗ってくれた商人が勧めたのは切り札として持っておくことだった。

 

「まぁ、1つは持ってて2つ目から売ればよいんじゃないか?それが安定ではあるだろ」

「……そっか、そうだよね! そうする~」


 商人の熱い視線から隠すように水晶を懐に仕舞い、エイミィは売り払ったポーションの代金を受け取る。

 

 これだけでも十分な収入だ、今日は久々に酒場で少しお酒を飲もう。

 借りた宿に荷物を置き、上機嫌で空腹に鳴くお腹をさすりながら酒場へ向かう。


 そんなエイミィが食事と酒を飲んで机に突っ伏して眠りこけ、目を覚ますと財布が無くなっていることに怒りの咆哮を上げるまであともう少しである。

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