第9話「ターナカを見送るグレン王子」

 

 

■■ターナカを見送るグレン王子■■


 

 

 御前試合が終わったあと、グレン王子は僕を見送ってくれるとのことで、町の出口まで付いてきてくれた。

 

 僕が気にするだろうと躊躇なく護衛を残してきた様子を見て、かえって心配してしまったが、時折、背後から王子を監視するような、敵意とは違った視線を感じたので、「そりゃ一人になんかしないよな」と彼の部下たちの忠義に感心をする。

 

 

「ターナカ殿、君を試すような真似をしてしまった私の無礼を許してくれ」


「いや、無礼というなら僕の方です。本当にその……なんと云うか……申し訳ありませんでした」

 

「ははは、構わない。君の精神は我々の核心に近い場所を、かなり危ない足取りで彷徨ってはいるようだが、まあ、我が末弟も付いていることだ。あれは、普段はでも、プロトス王家で一番抜け目のない男だから、きっと悪いようにはしないだろう」

 

「ええ、そうですね。普段からかなりお世話になってます」

 


 瞬時に多種多様でよりどりみどりな苦い記憶たちが脳裏を駆け巡る。


 この場面で話したら確実に心証を悪くするだろうと流石に口にするのは控えた。

 

 マルティン公領から王都を中継して僕の愛しの我が家のあるゲオルク領へと続く【王の道】――その手前のところまで来ると、グレン王子はおもむろに足を止めた。


 

「――では、私は明日も職務があるので、ここで失礼させて頂こう。遠いところご足労頂いてしまってすまなかった、勇者ターナカよ。よければこれ以降はヒースとだけでなく、私とも懇意にしてくれると嬉しい」

 

「……ええ。グレン王子さえ良ければ」


 

 それから別れの挨拶を簡単に済ませて、僕は帰り道に付こうとした。

 

 しかし、数歩踏み出したところで、グレン王子に声をかけられる。

 

 

「あー、そうそう。云いたいことを云ってくれた意趣返しというわけではないのだが」


「……? なんでしょう」


 少し悩むような間があって、彼は云った。

 

 あれだけのことがあったあとで。

 

 このあとに云われたことが――この日、一番僕をヒヤッとさせた指摘となった。

 

 

「君、王族の前に来るんだから、整髪料くらいつけてきたらどうだ」


「え? …………あっ」 


 

 自分の頭に手をやりながら、背筋が凍るのを感じた。


 今日の反省。

 

 やっぱり、僕のような人間が慌てて家を飛び出すとロクなことにならないのかもしれない。


 


▲▲~了~▲▲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る