第28話 月8

 満月の夜に発生する様々な怪奇現象を、主人公が仕事で獲得したアイテムを使いながら切り抜けて行く、そんなストーリーである。


 まるで現実世界のこの会社の動向をストーリー仕立てにしたようだ。給湯室の事件も織り込み済みである。


 清掃のオバちゃんやオバちゃんと仲が良い女子社員も登場する。


 主人公がその女子社員と接触し、オバちゃんの話を聞かなければ、屋上怪奇現象の解決はできない。


 もちろん偶然、給湯室であの足音を聞いて屋上に呼び寄せられ、霊に襲われればライフポイントの全てを失いゲームオーバーとなる。


 霊を浄化できるのは、ゲームの中に何百も隠されたアイテムのうち、清掃のオバちゃんから御札を、登場人物の一人、社員の三浦の祖母から呪文を手に入れなければならない。


 そこに至るまではなかなか時間がかかりそうである。


 その2つのアイテムを獲得できない限り、屋上の悪霊に呪い殺されゲームオーバーというゲームであった。


 「三浦ちゃん、なかなかよく出来てるじゃないか! 特に屋上の悪霊に出会う画面の創り込みはなかなかだよ」


 社長が試作品を操作しながら、上機嫌に口火を切った。


 屋上での悪霊との出会いは、様々な150ほどの画面を作成した。特に漆黒の夜空に浮かぶ満月のおどろおどろしさは秀逸との評価である。


 もちろん、あの足音も再現した。


 会議メンバー全員が、三浦の説明に従いゴールへの手順を進めていく。もちろんの御札と呪文の2つのアイテムを獲得した上で・・・・・


 ゴール直前の屋上の画面でも、禍々しい満月が夜空に浮かんでいる。屋上の転落防止柵の前に白い女性の姿が浮かんでいる。


 後ろからそっと近づき、背中に御札を貼り、呪文を唱えれば女性の姿が人魂となり天に上っていく。これが最後のシーンである。


 もちろん手順を間違えば、悪霊に憑き殺されてゲームオーバーだ。


 会議メンバーの全員が手順通りに、女性の背中に御札を貼り、アイテムである呪文を入力した。


 「おい三浦! 呪文を入力したけど、人魂に変わらねえぞ! パグったか?」


 開発リーダーが声を上げた。どうやらメンバーみんなも同じ状況のようだ。キャップの三浦さえも、リーダーの声に反応することもなく呆然と画面に見入っている。


 画面の中で、白い姿の女が振り向く。蒼白で額から血が滴る顔が、白目のない真っ黒な目が画面に映る。


 メンバー全員が顔に体に冷たい夜風を感じた。まるで今、現実に屋上にいるかのように・・・・・


 『おいで、こっちに・・・』


 企画会議メンバーの全てが、それぞれ周りを忘れ、会議を忘れ、たった一人の存在になっていた。


 まるでこのゲームの世界の中に、取り込まれてしまったように・・・・・


 手招く女に誘われて足が勝手に動く。ゲームであるはずなのに、屋上のコンクリートの硬さを足裏に感じながら。


 漆黒の夜空に、

 蒼い満月が浮かんでいた・・・・・


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る