第24話 月4

 『どうすればいいの・・・・・』


 いくら考えても答えなど、見つかるはずが無い。八方塞がりの状態であった。


 会社へは連日取り立てが押しかけ、自宅にも深夜、日中を問わず玄関の扉が強く叩き続けられた。近隣住宅にわざと聞こえるように、大声で蛮声をあげる。


 「泥棒野郎! 金返せ!。 家の中に居るのはわかってるんだぞ!出てこい!」


 母親は精神のバランスを崩して、床に伏せたまま、体を震わせていた。警察に依頼しても24時間警備は難しく、巡回に訪れる警察官が姿を消すと、また取り立てが始まるのだ。


 もう取るべき道は1つしかなかった。今を生きることの難しさ、明日を向かえることの絶望感のみが全てであった。


 5階の南側に設置されている給湯室のいちばん奥に扉がひとつある。屋上に出るための扉であった。


 扉を開けて屋上に出た。給水は貯水タンク方式ではなく各フロアにポンプで汲み上げ方式のため、屋上には大きなアンテナがあるだけで、あとは何も無い。


 数日前に降った強い雨のせいか、屋上は埃っぽくもなく綺麗であった。転落防止用の黒く塗られた防護柵が月明かりに鈍く光っている。


 夜風が火照った心と、何も考えられない真っ白になった頭の中を冷ましていく。


 街の明かりが、生きている人間たちの心のように瞬いている。黒い夜空に浮かぶ大きな蒼い月が、こちらの世界へおいでと誘う。


 もう失うものなど何一つ無い。むしろ人生が、生きることが肩に重かった。


 屋上の周りをグルリと隙間なく囲んだ防護柵の一部が、まるで門扉のように開いた気がした。


 取り立て狩り立てる無法者たちを恨んだ。父を恨んだ。世界の全てを恨んだ。


 蒼い月に恨みを託し、空を飛んだ・・・・・


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「満月の夜には残業はしたくない」


 企画会議においてゲームのテーマが決まると、設計図、シナリオが描かれる。


 30人程度の小さな会社のため、企画、開発、販売と一応グループはあるが忙しい時は、グループを超えて対応する。


 ましてや新ゲームの開発、製品化は24時過ぎまでなど当たり前の作業が続く。もちろん女子社員もだ。


 特に用事がある者、体調が悪い者や疲れがたまっている者は、自主申告して早めに退社するのが通常である。


 殆どの者は月のことなど気にはしない。月を気にするのは十五夜ぐらいのものだ。しかし、三浦は違っていた。月の満ち引きを気にしていた。特に満月近くなると、何故か落ち着かなくなる。


 そして満月の前後は残業をしなかった。どんなに忙しい時であっても、満月の夜は早々に退社していった。

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