EP29 縛りプレイとフレイの戦い 2


 鬱蒼とした木々に覆われた森林を、金属製の鎧を纏った男と、大きな盾を背負った女が、ゆっくりと奥へと進んでいた。道は夕暮れの太陽に照らされ、赤みがかっていた。


「ねぇ、エイペスト。本当にこんな森の中にあるのかしら?」


 盾を背負った女――フレイは、これまでこなしてきたクエストとの雰囲気の違いに、緊張気味に問うた。

 その女の隣を歩く男――エイペストも、静かな森の音に耳を傾けて、少しでも異変があれば気がつくよう気を配っていた。


「どうだろう。この中にダンジョンがあるわけでもなさそうだし……とにかく、気をつけていこう」


 二人は王都で受けたクエストの指示に従い、ルーウィックの北西にある森林地帯を訪れていた。お昼過ぎに街道から伸びる入り口から森林へと入ったが、すでに三時間以上は優に歩いているものの、目的の場所にたどり着く気配は無かった。


「ねぇ、あの辺りで休憩しない?」


 フレイは少し先に開けた広場のような場所があるのを見て取って、エイペストに提案した。


「そうだね、そうしよう。ずっと同じような景色で、足だけじゃ無く頭も疲れてきたように感じるよ。それに、もうすぐ日も暮れそうだし、この辺りでキャンプすることになるかもしれないね」


 その広場は、ひときわ背の高い木々に囲まれていた。二人は広場まで来ると、近くのちょうど座るのにちょうど良い切り株があるのを見つけた。


 フレイが切り株に座ろうと近づいたところで、エイペストが何かに気づいて声をあげた。


「なぁ、フレイ、何かおかしい……」


 エイペストの方を振り返るフレイ。


「おかしいって、何が?」


「この広場から先に、進む道が見当たらないんだ」


「えっ?」


 慌ててフレイも辺りを見回すが、自分たちが来た道以外は、どこも深い森が続いているばかりで、人が通れそうな道は見当たらなかった。


「そんな……じゃあ、この森のどこかをさらに進んでいかなきゃいけない訳?」


「もしそうなら、俺たちだけじゃこの先に進むのは厳しいかもしれないね」


「もうー、ここまで来て、それは無いわね……」


 フレイが落胆の声をあげたとき、二人の正面の方からガサガサと大きな音が聞こえてきた。


「な、何の音?」


「わからない……正面の方から聞こえる」


 エイペストは正面に向き直り、腰に構える大剣に手を当てた。


 音はさらに大きくなり、二人の周囲の空気を震わせた。実際二人は、空気だけで無く、自分たちの立っている地面が揺れるのも感じていた。そして正面の森の木々が、稲穂を揺らすかのように左右にゆさゆさと揺れたかと思うの、その奥から、その木々と同じくらいの背丈の影が、ぬぅっと現れた。


「……っ! エイペストっ、あれっ!!」


「ああ、なんだ、あいつは……!」


 その影はそのまま木々をかき分けると、二人の正面へと姿を現した。ほとんど暮れかかっている紅い空の光に照らされたそれは、巨大な一つ目の巨人のようなモンスターだった。


 すぐにエイペストがそのモンスターに視線を送る。システムに表示されたのは――


《森林に潜む暴力 キュクロプス ★》

 

「――星付き、だとっ!?」


「え、なんですって!?」


「星付きは、高難度ダンジョンなんかに配置されているボスクラスモンスターだっ! なんで、こんなところに……!?」


 キュクロプスは地面を揺らしながら、ゆっくりとした足取りで二人の前へあらわれると、右手に握った人間一人分ほどの大きさの棍棒をゆっくりと頭上まで振り上げた。


 二人への攻撃の機会を窺っていると察知したフレイが、とっさに盾を装備する。

 

「エイペスト、私がガードするから、隙を突いて攻撃をっ!」


「ああ、フレイ、やってみるよ。 ……僕らがかなう相手じゃなさそうだとわかったら、すぐにでも逃げよう!」


「ええ!」


 フレイは盾を構えてキュクロプスの前へ出た。それを見たキュクロプスは、右手の棍棒をフレイに向けて振り下ろす。ゆっくりした動作に似合わず、振り下ろした腕の加速をつけて、すさまじい早さで棍棒がフレイを襲う。


 堅く鈍い衝撃を盾で受けたまま、フレイは立ったまま後方へと吹き飛ばされた。後方にいたエイペストがそれを受け止める。


 攻撃した勢いで、キュクロプスの棍棒は地面をえぐり、フレイが立っていた場所に突き刺さっていた。


「な、なんて力なの!?」


「フレイ、これはまともに闘って勝ち目があるとは思えない! 俺が攻撃をして隙を作るから、その間にフレイだけでも先に逃げろ!」


「そ、そんな! エイペストっ!」


 フレイの言葉を遮って、背後からエイペストが飛び出し、地面に刺さった棍棒を引き抜こうとしているキュクロプスの右腕に大剣で一太刀を浴びせた。


 たまらず、キュクロプスは右手を引っ込める。棍棒は依然突き刺さったままだ。


 そのとき、フレイは、キュクロプスの足下ががら空きであることに気がついた。


(足に攻撃を当てて、転ばせることができれば、時間を稼いで二人とも逃げられる……!)


 フレイはそう判断すると、キュクロプスが手を引っ込めたのを見て、反射的に足下めがけて飛び出した。

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