休日はBBQなのです 後編



「はぁ……食べたなぁ……うん、食べた」

「……あんなにあった食材が、全部消えた……?」

「そうか、フィアはちゃんと見るの初めてだったか……クレハはな、ちょっと食べる量がおかしいんだ」



 満足満足と腹を撫でるクレハ。明らかに膨らんだそこを怪物を見るかのような目で見つめるフィアにノエルが苦笑い。

 クレハの食事量は、配信で見るだけなら一般的な量だが、それ以外の所での食事量がとんでもない。軽く成人男性4人前程を軽く食べてしまう。

 食べるの大好きなんだよね、と笑うクレハ。にもかかわらず太っていない、むしろ細身の体型を維持しているのはダンジョン攻略のおかげである。

 尋常じゃないほど脳みそを酷使し身体を使い、更には常に何かしらの魔法を使い続けているクレハの肉体は、常人の何倍もの栄養を求め続け、消費し続けている。


 彼女が大食らいなのも、当然の結果と言えよう。



「あー……このまま昼寝したい……しても良くない……? メルちゃんやノエルちゃんやフィアちゃんとお昼寝……絶対最高だよ……」

「まぁ、気持ちは分からないでも無いが……その前にやることがあるのだろう?」



 そうだったそうだったと椅子に座ったクレハは、対面に座るフィアの顔を真っ直ぐ見据える。



「さて、フィアちゃん……少しだけ、真面目な話をするよ?」

「? はい……どうされましたか?」

「実はね……君を奴隷にしていた男が逮捕された」



 びくっ、と肩を跳ねさせるフィア。

 彼女がこの街にてからというもの、可能な限り避け続けていた話題。クレハ達からもフィアからも、ほぼ出さなかった話題。


 遂に来たか、と表情を引き締めたフィア。



「罪状としては奴隷所持に違法魔道具の所持使用……その他余罪多数。爵位は勿論剥奪……懲役は何年になるのかな」

「…………」

「彼の元にいた奴隷は全員解放。後に全員出身地に帰って行ったよ。全員分の出身地は把握してるから、会いたい人が居たら言ってね」

「……あ、ありがとう、ございます…………」



 どうにも反応が著しくないフィア。


 勿論、奴隷時代の仲間とはもう一度会えたらと考えていたことはあるし、無事に保護されたのならば喜ばしい限りなのだ。


 しかし、彼女は既にクレハの手によって立場面でも精神面でも救われた後。


 彼女にとっては、終わった話なのだ。



「だから、聞きたい──君は、これからどうしたい?」



 当然、それはクレハ達も理解している。だからこそ、彼女たちはそんな終わった話を蒸し返さない。

 彼女達は、これからの話をする。取り返しのつかない過去ではなく、未来の話を。


 先程まで笑顔で食事を楽しんでいたノエルも、真剣な表情で話し合いに参加する。メルも参加はしているものの、その表情はいつも通りの微笑だ。



「……どう、とは?」

「そのままの意味だ……今のフィアは、正真正銘自由の身。犯罪行為やモラルに欠ける行動以外なら、何をしても良いのだ」



 彼女たちの年齢は、この世界では普通に働き始める程度。つまり、何をするにしても基本的には本人の意思次第。

 それは当然、フィアも理解している。しかし、彼女が奴隷になったのは5歳の頃。やりたいことなりたいことなど、語る暇すらなかったのだ。



「……なん、でも……」

「そうだ。実家に帰りたいでも、再び探検家になりたいでも、別の仕事をしてみたいでも、何でもだ。我々はそれを全力でサポートさせてもらう。少なくとも、我がライオット家の領地内でならいくらでも」



 そう胸を張るノエルの姿。



「まぁー、最悪私の店で働きなよー。じゅーぎょーいんは何時でも募集中だよー?」



 そうふにゃりと笑うメルの姿。



「大丈夫。私たちはフィアちゃんの味方だよ」



 そう頷くクレハの姿。


 その3人の姿に──フィアは、『夢』を見た。



「……その…………えっと…………具体的な話では、無いのですが……」



 おずおずと、控えながらも手を挙げるフィア。顔を見合わせた3人は頷き合い、フィアに続きを促す。


 言おうか言わまいか、口を開いたり閉じたり、目線を泳がせ指を弄り髪を弄り……ようやく、意を決した。



「その、私……皆さんのような人になりたい、です」



 絞り出したかのような、か細い、しかし確かな『夢』。

 これまで基本的に自らの意思を表に出してこなかったフィアの、初めての意思表示だった。



「ノ……ノエルさんのように、気高く面倒見のいい人に……メルさんのように、頭が良くて発想力が凄い人に…………クレハさんのように、強い人に……そんな人に、なりたい、です」



 彼女は保護されてからずっと3人のことを間近で見続けてきた。

 突出した才能を持つクレハ、メルと、その2人の面倒を見ながら家の仕事を進めていくノエルの姿を。


 フィアにとって、自分を助けてくれた3人は憧れそのものだった。


 同年代の人間と比べても感性が純粋なフィアは嫉妬することなく、そんな3人のようになりたい、と考えるのはある意味自然なことだった。



「…………あ、あの……身の程知らずなのは、承知してます……でも、どうすれば皆さんのようになれるのか分からなくて…………それを教えて頂けると…………あの、皆さん?」



 言い切ったあとで、捲し立てるように語り始めたフィアだったが……先程から3人の反応が無いことに首を傾げる。

 もしかして、失礼だったか──その考えに行き着いた彼女は、さぁっと顔を青くする。


 謝らなければ、と口を開いた瞬間、クレハがフィアに近付き……その体をぎゅっと抱き締めた。



「ふ、へ…………え?」

「はぁあああああああああ…………どうしよ、2人とも。フィアちゃんが可愛すぎる」

「そーだねー…………くふふ…………」

「……………………」



 色々と耐えきれなくなった行動派のクレハがフィアの髪をわしゃわしゃと撫でながら強く抱き締め、メルがその場にしゃがみこんで照れたように笑い、ノエルは目を閉じ天を仰いだ。

 良くも悪くも既に大人たちの世界で生きている3人にとって、フィアの純粋さは眩しい。


 ひとしきり撫で終えたクレハはフィアの身体から離れ、彼女の肩に手を置く。



「決めた! 今日からフィアは私たちの弟子ね! 私たち3人でフィアちゃんのことをスーパーハイパーフィアちゃんにしてみせるから!」

「任されたー……フィア、その『夢』を忘れちゃダメだよー?」

「…………………………頑張れ、フィア。全力で君を支えてみせよう」

「ふぇえええ…………が、頑張りますっ!」



 3人の圧力に負け、3人への弟子入りが確定してしまったフィア。

 彼女がこの先どんな人間になるのかは定かでは無いが……悪いようにはならないだろう。

















「じゃあ、まずは私の教えから──お昼寝は、至高にして究極の娯楽っ! という訳で、みんなでお昼寝するよっ!」

「さんせー……もう眠いー……」

「そうだな。1時間半ほど寝るか」

「…………あの、ベッド1つしか無いのですが…………?」

「「「…………?」」」

「なんの問題が? みたいな顔ですね…………」



 ──この後、4人は仲良くひとつのベッドで昼寝をしたのだった。

 

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