休日はBBQなのです 中編



「それで、今日の昼ごはんなんなのー? こんなにおっきいコンロ持って来させてさー…………っと」



 よっこらせー、と背負っていた大きな鞄を地面に置き、中身を取り出すメル。バラバラになっていたそれを慣れた手つきで組み立てて行くと……あっという間に大きなコンロ。魔力が動力源で、網の上で焼くため余計な脂が落ちる構造になっていた。


 大人数だから、と言うには大きいし、巨大な何かを焼く、というには火力が足りない。


 注文を受けて作りながらも、メルは首を捻りながら作り上げていた。



「うんうん、完璧な出来栄え……! さっすがメルちゃん!」

「ふっふっふー……えへへー……」



 しかし、そんな疑問もクレハに褒めて貰えればこの通り。

 得意げな顔がでろっでろにふやけ、口角が自然と上がる。この瞬間のために普段からその天才的な脳みそのキャパシティを全て使い尽くしているのだ。


 下手な娯楽や嗜好品、更には違法薬物なんかよりも、クレハからの賛辞が欲しい──それがメル。



「──さて、それでは始めるとしようか」

「うん。お昼ご飯の準備、だね」



 メルをひとしきり褒めちぎりふにゃふにゃにしたところで、クレハとノエルは立ち上がる。

 幸せそうな顔で壁にもたれ掛かりながら座り込んだメルをオロオロと介抱しようとするフィアに任せ、2人はキッチンへと向かう。



「今回、エルダーコッコの養殖場から若鶏を幾らか融通してもらった。串に打ってきた」

「さっすがノエルちゃん! 分かってるー! 私も、お父さんに頼んで業者を紹介してもらったんだ! 珍しい野菜とかもいっぱいあるよ!」

「ふむ、それは楽しみだ。師匠の目利きなら、間違いないだろう」



 そう口にしながら冷蔵庫にしまっていた食材たちを取り出す2人。

 肉屋に頼んだ牛肉や豚肉。丁寧に処理した内臓や、持てる限りを尽くしてかき集めた新鮮な海鮮物や野菜たち。


 それらを……ただただ、食べやすく火が通りやすい様に切る。

 ただ切る。

 ただ切る。

 ただ切る。



「……なんの料理なんだろー?」

「さぁ……食材が多いですけど、味付けなどもされていないようで……」



 どんな料理か聞かされていない2人は、そんなクレハたちを見て首を傾げていた。

 無理もない話で、この世界にはない文化だったものをクレハがノエルに提案したのだ。楽しそうだと了承したノエルと、何も知らないまま器具を作ったメル。そして本当に何も聞かされていないフィア。


 切り刻むこと、早く15分。



「よし……準備できた」

「えー? まさかー……そのままー?」

「流石にお腹を壊しますよ!」

「ふふっ、そうでは無い……これから、庭でこれらの食材を適宜焼きながら食べるのだ」



 そう──BBQの準備が、整った。







────庭────






「なるほどねー、焼きながら食べる、かー……楽しいんじゃないー?」

「実際、楽しいと思うぞ? 形式張った食事は、何かと肩肘張るものだからな」

「それは……はい、正直未だに緊張します……」



 クレハ宅の真ん前……以前ピザを焼いた時に使ったその場所で、高めのテーブルとBBQコンロの周りに立つ4人。

 形式張った食事が基本のノエルが冗談交じりに語り、最近それに付き合わされているフィアが遠い目をする。

 正真正銘良家の娘のノエルと、そうでは無いフィア。2人の言葉の重みは相当違っていた。



「まぁまぁ。というわけでー……初めよっか! いただきますっ!」

「「「いただきます!」」」



 クレハの号令にならい、4人全員で手を合わせる。

 そして、まずは絶対これから! と念押ししていたクレハが網の上に置いたのは、牛の舌を薄く切ったもの……所謂、牛タン。


 じゅううううっ! と油が焼ける音が響き、肉の焼けた食欲のそそる匂いが辺りに充満し始める。これだけで食欲が増進していくというもので、食い意地の張ったクレハは早く食べたくてウズウズしていた。



「少し厚めに切ったから、食べ応えは抜群だよー? 普段はシチューに使うかもだけどー……これもまぁ、ほんとーに美味しーんだから!」



 体験したかのように語るクレハの口調に、場の期待は嫌でも上がる。ごくり、と誰かが生唾を飲み込む音が響く。


 ある程度焼けたところで、裏返し反対面を焼き始める。網目状に着いた焼き色に、クレハはほくそ笑む。



「さて、と……食べる時のおすすめは、レモン果汁と塩! ノエルちゃんに作ってもらったから、それお皿に入れといてね!」



 言われるがままに小皿に小瓶の半透明の液体を入れる3人。もう、待ちきれなさそうだ。

 追加で牛タンを置いたクレハは、じっと最初に焼き始めていた牛タン達をトングで確かめ──1つ頷き、大皿に牛タン達を取り上げる。



「ほい、焼けたよー。ちなみに、焼き加減を確かめるには半分に折りたたんで折り目を見るの。そしたら生焼けかどうか分かるから──って、聞いてないか」

「こらっ、メル! フィア! はしたないぞっ!」

「いーのいーの。ここはそーいう場なの」



 トングを振りながら講釈垂れていたクレハだったが、メルとフィアが牛タンを一心不乱に食べているその様子を見て苦笑い。

 そんな2人を窘めようとするノエルを手で制すクレハ。今日は他人からの視線はない、気心知れた人間たちのみなのだと笑う。


 楽しそうに美味しそうに牛タンを食べているメル達を見て、ノエルはそれもそうかと思い直し、自分の牛タンを口に運ぶ。



「……うむ、美味い。いつものシチューに使うから分からなかったが、実にいい歯ごたえと脂ののりをしているのだな。レモン果汁も合うな」

「そーなんだよ。これの美味しさを皆にも味わって欲しかったからね……あー、次のも焼けたね」

「ちょーだいー!」

「わ、私も……!」

「ほい、トング。自分で焼いてもいいからねー?」



 クレハからトングを手渡された2人は、新しい肉を所狭しと網の上に置いていく。元の世界でのBBQであったなら、ガスコンロや炭火などで焼くことが大半であるため、このように大量に肉を置いたら火が上がるものだ。

 しかし、ここは異世界。魔法の力で焼く方式ならば、そのような心配は無い。



「ほらほらー、折角仕入れてきたんだから野菜も焼きなよー? これとかサイコーだよー? ナスー」



 このままでは肉だけを食べ続けてしまう。それもそれでありなのかもしれないが、しかし野菜達も肉達に負けず劣らずの輝きを持っているのだと、クレハは野菜を網の上に置いていく。

 それまで目をキラキラと輝かせていたメルが、その様子を見て一気にゲンナリとした表情に変わる。



「やだー。野菜なんてこの世の食べ物じゃないー」

「ダメだぞメル。好き嫌いは兎も角、一切野菜を摂ろうとしないのは感心しないな」

「だってー、野菜なんだもんー。野菜は野菜であることが悪なんだよー」

「野菜に謝れ」



 ぶーぶーと駄々をこねるメルと、それを窘めようとするノエル。その2人を交互に見ながらオロオロするフィア。

 ここ最近ですっかりおなじみの光景になっているそれを眺めながら黙々と肉と野菜を焼くクレハ。先程までは饒舌に語っていたが、この中で1番食い意地が張っているのはもちろん彼女。


 個人的に焼いていたタンや他の部位、玉ねぎやピーマンといった野菜などももぐもぐと食べ進める。言ってしまえばただ焼いただけの素材たちだが、シチュエーションが合わさると食事はより美味しくなる、を体現していた。



「もし、野菜を食べないのならこの肉は全てクレハに食べてもらおう。無論、私たちの分もな」

「ぐっ……4人分だとー。私の分だけでいいじゃんかー」

「メルは普段から1食2食平気で抜いているからな。罰にならんだろう」

「……あれ? 私巻き込まれてます?」



 さらりと自らの食料まで人質(?)に取られてしまったフィア。

 ここで「さすがに私も4人分は食べれないよー」とは口に出さないクレハ。ノエルから言うなよと言わんばかりに睨まれているからというのも原因の一つだ。


 我関せずなクレハを見て、メルは観念したかのように焼けていたキャベツに手を伸ばし、更に一旦置く。



「……ノエルー、食べさせてー?」

「……まぁ、それくらいなら」



 しかし、ここでタダでは転ばないのがメル。野菜を食べる代わりに自身の労働の手間などを全てノエルに肩代わりさせていた。

 うわぁ、と引きつった笑みを浮かべるフィア。



「……フィアちゃん、いい? 基本的にメルちゃん相手に口や策略で勝てると思わない方がいいよ?」

「……肝に銘じます……はむっ……」



 はぁ、と空気の塊を吐き出し、代わりにこんがりと焼けたナスを口に運ぶフィア。ゲンナリとした表情がぱあっと明るくなる。


 まだまだ、BBQは始まったばかりである。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る