憧れの『伝説』 前編




「最近さ……純粋にお昼寝できてない気がするんだよね」



 お昼寝に向かったらとんでもないダンジョン見つけたり、酷い目に遭ってた女の子保護したりしてたんだよねーと笑うクレハ。

 件の少女……フィアを保護してから三日。クレハはフィアの世話をライオット家に任せ、仕事に戻っていた。

 完全にフィアに懐かれたクレハはここ数日ライオット家で彼女の傍にいたのだが、いつまでもそのままという訳には行かない。

 それはフィアも理解していたようで、ぐっと我慢するかのようにクレハを仕事に送り出してくれていた。



「お昼寝……仕事の途中にするお昼寝……最高なんだよ……だからさ……今日はお昼寝! 絶対お昼寝! という訳でー……やって来ました、『コッタリア山脈ダンジョン』 その難易度のくせに採取できる素材がほとんど無い上に、ボスも居ないせいで攻略報酬もしょっぱい不人気ダンジョンの代名詞!」



 やけに防寒具を着込み、吐く息が白かったことから視聴者達は寒いところであろうという予想こそしていたものの、いざ正解を聞くとクレハの正気を疑うコメントで埋め尽くされた。

 コッタリア山脈ダンジョンは地下十五階から構成されるダンジョン。出現する魔物はそこまで強くないものの、厄介なのはとにかく寒いことと、床が一面凍りついていること。


 足を滑らせトラップを踏み抜いたり、低体温症で動けなくなったところをそのまま魔物に襲われ……と、癖の強いダンジョン。


 しかし、兎に角攻略する旨味がない。


 そんなわけで、探検家からは行く価値のないダンジョンであると言われ、見捨てられたダンジョンである。



「まぁ、今回ここに来たのは調査がてらだよね……生態系の変化が無いか確認。酷いんだよ? このダンジョン、記録上だと最後に挑戦されたのはもう十年前。その間だーれも挑戦してない! 旨味が無いってのは分かるけどさぁ……世界中のダンジョン制覇しないと、『彼』には追いつけないんだから、もっと頑張ろーよー」



 彼。


 クレハのその発言に沸くコメント欄。期待する声、夢見すぎだという声、彼とは誰? という声。

 コメント欄を丁寧に見ているクレハは、そんな『彼』が誰なのか理解していないコメントを見つけ、説明しようと思い立つ。



「『彼』……ダンジョン探検家なら全員知ってる、ダンジョン攻略の神様。現在確認出来ている全てのダンジョンの第一踏破、ダンジョン攻略の基礎の確立……史上最高の探検家……それが、『ローグ』」



 失礼します、と断りを入れて、ダンジョン内へと歩を進める。

 正真正銘、史上最高の探検家にして、この世界で原初の探検家。

 全てのダンジョンには例外無く、最奥部に石碑が存在し、そこに踏破者の名前が刻まれる。


 ローグは、現在確認できる全てのダンジョンの石碑、その一番上に名前が刻まれている。先日クレハが発見……いや、再発見した『オルデア湖底ダンジョン』も、クレハが確認した石碑にはローグの名前が既に刻まれていた。


 彼──彼女かもしれない──は、正真正銘史上最高の探検家。今より道具も技術も確立されていない時代の人間でありながら、今の時代の人間より卓越し過ぎた技術。


 クレハは、そんなローグのことを……実に楽しそうに、語っていた。



「私さ、ローグのような探検家になりたいんだ。全てのダンジョンを踏破して、今の私の技術を後世に残して、今よりもっとダンジョン界隈を発展させる……そんな探検家に、私はなりたい」



 そんなクレハのことを、ダンジョンについて明るくない人間は素直に応援をする。彼らはクレハという人物が好ましいからこそ、彼女の配信を見る。

 だが、ダンジョン探検家及びダンジョンに携わる者は、絶句する。


 正真正銘、『神への挑戦』だから。


 誰も彼も、ローグのことは天上人、伝説の偉人、神だと崇めていた。間違っても、ローグに並ぼうなどと口が裂けても言えない。


 だが、クレハは言い切った。



「だから、私は色んなダンジョンに向かうの。最近は地元の周辺でのんびりしてたけど……そろそろ遠くのダンジョン攻略も行こうかなって思ってた時に、このダンジョンの調査依頼が来たんだよねー」



 まさにベストタイミング! と語るクレハ。

 彼女は真の意味で理解していない。彼女はもう既に、ローグに並び得るだけの才と実績を持ち合わせていることに。






─────最深部─────






「よしっ、踏破かんりょー! ……ほんっとーに旨味ないねー! このダンジョン!」



 はっきりばっさり、切り捨てたクレハは踏破の証に石碑の前で記念撮影。

 道中は凍る床対策で持ってきた靴に釘を刺したスパイク代わりのもの(配信を見ていたメルがそのアイデアは無かったと本気で悔しがった結果、次の日にはスパイクが完成していた)を使って滑り止めに、寒さ対策は防寒具及び自身の魔法で乗り越えた結果、あっさりと最深部まで到達してしまった。


 生態系の変化も内部ギミックの変化も無し。踏破者も把握している人物と変化なし。つまり、この瞬間クレハの今日の仕事は終わりを告げた。後で帰宅した時に書類を書き上げるくらいだ。


 つまり。



「というわけでー……ご飯の時間だぁ!!」



 こうなる。


 彼女がダンジョン攻略を頑張る理由の三割は先程の理由、三割は幼なじみのため、一割は生活のため、残りは食事とお昼寝のためである。


 ひゃっほい! と鞄を地面に置いたクレハは、いつものように魔物避けを設置し……本日のためにメルに作ってもらった新兵器を展開する。



「なに? こんな寒い中で昼寝なんて自殺行為? まあまあまあまあ、見てなさいな」



 そう言いながら取り出したるは、やたらと分厚いマットに、布の塊に見える何か。さらには、太く大きい釘に見える金属製の部品に、しなやかな棒。



「ここを! キャンプ地とするっ!!」



 言いたかったセリフをドヤ顔で言い切ったクレハ。当然、元ネタが分かる人間など異世界には存在しない。

 いそいそと設営に入るクレハ。使い方は出発前に習った上、練習もしてきたのでさくさくと組み上げていく。



「でーきたっ! メルちゃん特性防寒テントっ! 空気の循環機能付き!」



 人間が二人で寝るのに丁度いいくらいの大きさのそれ。クレハはいそいそと靴を脱ぎ、中に入る。

 まだ熱源を設置していないのでまだまだ冷えているが、しかし外よりは圧倒的に暖かい。これなら中で冬用寝袋を使えば余裕で寝れるだろうと、満足そうに頷く。



「……なに? たかが昼寝のためにわざわざテントってヤバくない? だって?」

『言ってない』

『言ってない』

『思ったけど言ってない』

「ぬは! ぬは! ぬはははは! たかが昼寝と侮るなかれ! 昼寝とはこの世で最も尊い行為なのだから!」



 仕事終わりの開放感で何やら言動がおかしくなっているクレハ。ひとしきり笑ったところで……冷静になって昼食の準備を始める。



「……別に、寂しくなんか無いもん。最近メルちゃんやノエルちゃんと遊びすぎて、心細くなんか無いもん。保護した女の子がいい子すぎて、連れてきたかった訳とかじゃ無いもん」



 そう──クレハ・ヴァレンタインは、寂しがり屋である。

 幼なじみ大好きなのは当然だが、彼女は根本的にパーソナルスペースが広い。前世で他人との交流が薄かった反動なのか、自由に動ける身体を手に入れてからは他人と積極的に関わるようになった。


 その結果、人懐っこい上で寂しがり屋という、人によっては庇護欲を掻き立てられる小動物のような少女が誕生した。



「はぁ……ご飯作ろ」



 一人ぼそりと呟くクレハ。


 コメント欄の盛り上がりが、せめてもの救いだった。



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