休日に焼くピザの美味なこと 後編



「でも実際さ? 最近やけにチーズの流通量増えたよねー。まあおかげで気兼ねなく買えるんだけどさ」

「それはあれだろう? 前の配信でクレハがスープパスタにチーズが欲しいと呟いたからではないか?」

「……あー……あれかぁ……不用意だったなぁ……」

「まぁ、前に比べたらマシなものだろう」

「どれ? 心当たりが多すぎて分かんないんだけど」

「……喋る度に世界に影響を与えるというのは、難儀なものだな」

「「ははははは」」

『『『『『なにわろてんねん』』』』』



 ピザが焼き上がるまでの間、二人は今の内に全部作りきってしまおうと二枚目以降のピザを作り続けていた。

 その間に様々な雑談をしていたのだが、その微妙に笑い事じゃない会話内容にコメント欄は困惑の一言だった。



「……うむ。そろそろ良いだろう」



 そして、焼き初めから約8分後。おもむろに手を止めたノエルが、ピザピールを手に取る。

 窯を開け、中身をちらりと確認したノエルは、その口元にすっすらと笑みを浮かべる。

 窯の中にピザピールを突っ込み、慎重に取り出す。



「──会心の出来だ」



 にやりと笑ってのけたノエルは、机の前でわくわくと頬を緩ませているクレハにちらりと目配せした。



「わあ…………!」



 机の上に取り出されたそれを見て、クレハは感嘆の声を上げる。

 薄く伸ばした生地は高温で焼いたことで適度に膨れ、表面のチーズは完全に形を失いとろけきっている。

 縁の部分はより一層ふんわりと膨らんでおり、こんがり焼きあがった色味が食欲を刺激する。


 クレハはそのピザと満足そうな表情を浮かべているノエルにカメラを近付ける。それに気付いたノエルはカメラに向け一言。



「簡単ピザの完成だ。手順は簡略化しているし、最近はチーズの流通量も増えているからたまの贅沢に丁度いいレシピになっているはずだ」

「美味しそうー!! あー、チーズが! チーズがふつふつしてるー!」



 完璧な焼き上がりのピザに歓声を上げるクレハに苦笑しつつ、そうだと手を打ったノエルがカメラに向けて先程よりも柔らかな笑みを向けた。




「まぁ、家に窯が無いという家庭の方が大多数だろう。それでも自分で焼きたいというなら、我がライオット家に来るといい。一回500シルバーでより本格的な窯を貸し出そう」

「えっ、安すぎない!?」

「税収以上の収入源があるおかげでな……だが、建前として手数料は取らせてもらう。その方がお互いのためだ」



 500シルバー……1ゴールドの半分という格安での貸し出しに声を上げたクレハだったが、ジットリとした目線でノエルから睨まれては何も言えない。

 この領地の税収が他よりも圧倒的に低いのは、とんでもない高額納税者が存在するからである。

 ごほん、と咳払いをしたノエルは、ピザカッターを用いてピザを八等分に切り分ける。



「さ、出来たての内に食べてしまおう。クレハ、先にどうぞ」

「いいの? それじゃあ、いただきます」



 見ただけでわかるほど高揚感を醸し出していたクレハに、ノエルが食べるよう促す。

 クレハは丁寧に手を合わせて一言。そして顔を輝かせて一切れ分のピザの耳を持ち、ゆっくりと持ち上げる。



「わぁ…………とろっとろだぁ!」



 とろり、ととろけたチーズが持ち上がったことでこれでもかと伸び、プツリと切れる。

 万人が食欲をそそらせるその光景にコメント欄は阿鼻叫喚。そんな視聴者を横目に、クレハは湯気の立ち込めるそれにぱくりとかぶりつく。



「……………………クレハ?」

「…………ノエルちゃん」

「なんだ?」

「最高」

「だろうな」



 薄いながらもふわふわの生地に乗った加熱されたトマトソースの旨みとチーズの暴力的なコク。そこにピーマンの奥深い苦味やサラミの塩気が合わさる。

 元日本人のクレハは、やはり炭水化物がメインの食事が基本。その中でもピザは、自身の体調もあり量こそ食べれなかったが、特別な日には両親にねだっていた大好物。


 あっという間に一切れ食べきったクレハは、続けて二切れ目に手を伸ばす。

 その様子に笑みを零したノエルは、新しいピザを窯に入れ、そのままの流れで一切れ持つ。



「いただきます……はむっ……うむ、美味い。流石師匠の生地だ。柔らかさが段違いだ」

「ごくんっ……やっぱり、違いって出るものなの?」

「当然だ。こればかりは長年の経験が物を言うからな……それに私は、料理人では無いからな」



 既に二切れ目どころか三切れ目も食べ終え、四切れ目に手を伸ばしていたクレハが、ピタリと静止する。

 どこか諦めを含んだその言葉に、思うところはあったのだろうが……それでもクレハは食事を続ける。

 ノエルはそんなクレハの様子に気付くことなく、二口三口と食べ進める。


 準備したピザは、まだまだ沢山あった。




────────────────





「はーい、それじゃあこの後ノエルちゃんとお話があるから、今日の配信はここまで! みんな来てくれてありがとうねー!」

「皆、また会える日を楽しみにしている」



 ぶちり、と配信を切ったクレハ。ノエルが作ったピザの七割は彼女の胃の中に収められており、普段だったらさっさと昼寝の準備を進めているのだろう。彼女は昼寝をするために生きているから、それ自体は何も不思議なことでは無い。


 しかし、彼女には昼寝よりも優先するべきことがいくつか存在する。



「はい、配信終わったよ。ノエルちゃん」

「うむ、お疲れ様だ。すまないな、急に押しかけた形になってしまって」

「いやぁ、あれは私が配信始めちゃってたのが悪かったからさ……ところで、話ってなんなの?」



 元々、今日彼女が家に来ると言うのは何やら話があるという事だったのだ。それが何故か共にピザを焼く配信をすることになっていたのだ。

 ぽかん、と一瞬呆けた表情を浮かべたノエルだったが、やがてポンと手を打った。


 そしてクレハに少し待っていてくれと告げると、おもむろに家の中に入っていく。待つこと数分、出てきた彼女の手にはなにやら書類が握られていた。



「すまないすまない。今日の本題はこれだ……先日話していたエルダーコッコの養殖の件。無事実験も終了して実用段階に入ったそうだ」

「ほんとっ!?」



 ノエルの報告にぱあっと破顔したクレハ。以前偶然入手して食して以来その味が忘れられなくなっていたクレハにとって、その知らせは僥倖以外の何物でもない。



「ああ。出荷体制が整うまではしばらく掛かるだろうが……その過程で生産された卵なら融通が効くらしい。ただし、許可が出るまで配信では使わないで欲しいとの事だが……」

「うんっ! 約束するする絶対するっ! ノエルちゃんのそれってその誓約書? ならサインするする絶対するっ!」

「落ち着け……ふふっ、そんなに喜んでくれるのなら、頑張った甲斐があったというものだ」



 実験施設の設置計画や資金管理、実験結果の報告やそれを元に作り上げた生産システム等々。

 伊達に教育を受けていないノエル。その手腕を存分に発揮していた。その敏腕ぶりを知っていたからこそ、クレハは彼女に自分の資産を預けられているのだ。



「ノエルちゃん、本当にありがとうっ!」

「はは、構わないさ。私がやりたいことだからな」

「…………」



 諦めを覗かせつつも、それでも覚悟の決まった表情のノエル。そんな彼女のことをクレハはじっと見上げる。



『それが本当にやりたいことなの?』



 この一言を言うことは簡単だ。しかし、考え無しに彼女に投げかけて良い言葉でも無いし、それがクレハならば尚更だ。

 この話については、とうの昔に解決済みなのだ。既に腹を割った話し合いを終え、クレハとノエルとメルの三人は全員で号泣するほど深くまで踏み込んだ話をした後。



「──本当に、ありがとうっ! ノエルちゃんっ!」



 だから、クレハはお礼を言う。


 だから、クレハはライオット家に多額の納税をする。


 だから、クレハは楽しむ。



「──これくらい、お安い御用さ」



 だから、ノエルは諦める。


 だから、ノエルは前を向く。


 だから、ノエルは手を尽くす。



 既に、彼女達の中では──終わった話なのだから。
























「で? 今日はこの後昼寝か?」

「あー、うん……しょうじきもうねむくって……のえるちゃあん……」

「……はぁ……分かった。今日は私ももう業務は無いし、少しだけだぞ?」

「やったぁ……つれてって……」

「分かった……全く、大きな子供だな」



 その後、炭水化物をたっぷりと食したクレハが睡魔に襲われ、そんな彼女を見かねたノエルが彼女と共に昼寝に勤しむことになったのだが……それはまた別の話。



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