金魚を殺した少年 その一


  金魚を殺した少年 その一



「僕は金魚を殺した。狐の化け物が棲む樹海に捨てたような気がするけれども—―余り憶えていない。金魚鉢に金魚の死体が浮いている腐ったような状態で『藻屑の回想』と、いう随筆を書くあいだに肩を摑まれたけれど気にしないようにした」

 と録音機に僕は台詞を吹き込んだ。

 午前零時ごろ、僕は妖しい狐と出会った。

 「あんた、こんな夜更に、何してんの?」

 と、狐は言った。

 僕の手提げ袋を、見詰めていた。その中に金魚の死体が在ること迄看破しただろうか。

 「死んだ金魚を埋めに来ました」

 僕は白状した。

 「埋めんの、手伝ってあげよっか」

 と、妖狐は言った。

 妖狐は掌を土塗れにしながら穴を掘った。

 「最近、人間の屍体が埋められたの、この山裾の片隅にね」

 「へぇ……」

 「興味ない? 人間が、人間を辞めるその瞬間とか、ね」

 「特に無いですね……」

 「情のない人殺しが愛されるなんて、酷く馬鹿げてると思わない? 人は死ねば不完全になる。存在は肉体を喪う、その為に」

 「そんなこと、古い価値観の人しか言ってませんよ」

 「要するに霊長類の霊は寂しいってこと」

 「何ですか、そのヒステリックな結論は」

 「あ、誰か来たよ、少年」

 一体、いつからこの山は、こんなに幻想に満ちたのだろうか。その幻想の藪から唐突に来た狸の、この山一帯の長老は、

 「お前ら、山に屍体を埋めた人間を探せ」

 そんなことは行政の業だと妖狐が言うと、長老は、一つ咳をして、

 「そうだ。お前らは見つけるだけでいい。そいつの身柄は行政に引き渡せ」

 長老はそう言って、徐ろに、胸ポッケから箱を抜いて、煙草に火を附けた。

 

 退屈な授業の間、僕は落書きをしていた。

 「あのさあ、今日、泊まっていい……?」

 と、岸田が言った。

 「え?」

 僕は少々面喰い、聴き返した。

 二度は言わなかった。ぶすッとして、沈黙した。岸田は寡黙な女子生徒だった。

 ノートには、ほぼ次のように書いた。

 「隘路に、美しい花が在る。それは、戦場跡に美しい花が咲く、と云うのは、常世の常であり、美しい花を愛でる余裕がある、それが素晴らしいのだ。それがもしも本能でも」

 放課後、妖狐と公園で合流し、怪しい中年の男性を追って、商店街に来た。男性はふらっとゲームセンターに入店した。男性は対戦格闘ゲームに興じていた。硬貨を筐体に投入した。

 「あなた山に屍体を埋めませんでした?」

 「ん? あれか。ドールだよ、ドール」

 と、男性は臆面もなく言った。

 「飲み物でも奢るよ」

 「いえ、結構です」

 と、妖狐は寄る辺なく返事をした。

 金魚のことが、僕の脳裡にこびり附いて、離れなかった。

 気が附けば、僕は山の奥処に立っていた。

 「金魚はそこに睡って何れ土に返るのよ」

 目前に、妖狐が居た。彼女は不確かな笑みを、浮かべていた。それは、確かに不確かな笑みで彼女の霊は寂しかったのかも知れない。  

彼女の行方は、杳として知れずに居る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冷切新星花外三篇 小松加籟 @tanpopo79

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ