鉄筐被り



 その霊的存在を便宜上、鉄筐被りと記す。遭遇者は秋篠祐一及び最遠まりの二名。祐一は死亡、この記述は生存したまりの証言に基づく。祐一はまりに一方ならぬ好意を寄せていたと私は思う。

 二人は雨に肩を濡らし、夜道を歩いていた。

 まりによれば、鉄筐被りは水面から生えたような腕を喪服の裾から露にし、小振りの斧に似た形の刃物を所持、名附けの由来となる鉄っぽい正方形の被り物をしていた。

「見ましたね」

 擦れ違った直後、前記の姿の鉄筐被りが、ぽつりとそう言った。

「よろしければ私と遊んでくれませんか」

 祐一に手を引かれ、離されつつあったのをまりは抵抗、鉄筐被りを正視した。

「何して遊ぶの」

 個人的感想として彼女の度胸はありすぎる。

 ここから先、まりの証言は判然としない。

 霧がかった視界の中、祐一の首が無造作に切り落とされた光景だけは何度も思い出せる程はっきり憶えている、という。

 祐一の死後、私見によるとまりは自分にも死が訪れる瞬間を意識的・無意識的に待っていた。しかしながら鉄筐被りはこの時ひどく昂奮した様子で何事か捲し立てており、その内まりが記憶する限りでは次のように言った。

「存在そのものに比すれば、個々の生存に知り得る存在など夢のようでしかありません。しかしその時空上の明滅の、なんて愛らしいことでしょう……」

 狂人のうわ言にしては気が利いている。

「また逢えますよ」

 と言寄る鉄筐被りの背後、首のない祐一が立っているという怪奇小説的情景を目の当りにした彼女の記憶は、ここで途切れている。


 ユレンは洋菓子をひょいとつまみました。カウンターの向うで飲み物の用意をしているウェルギリウスに、「そこにたくさん置いてある容器は日本の工芸品ですか?」と訊くと、「……安物だよ」と、彼は返事をしました。

「そうですか……。ところで、アレ読んでくれました?」

「アレ? ああ……『鉄筐被り』ですね。よく書けていると思います。作者のあなたにこんなことを言うのは失礼とは思いますが、ユレンは鉄筐被りというキャラクターをどう考えていますか? 非常に変質的な殺人鬼という感じがしますが、書き出しのところで、霊的存在といっていますね。もともとはこの世のものでしょう。ですが、亡霊、ないしは悪霊と呼ぶべき存在となってしまったものを、それでも人間と捉えるべきなのか、あるいはもう、人間以外の全く別のものと考えるべきなのか……」

「……死後、人は人であり得るのか――」

「いえ、そんな大層なことを言ったんじゃありません。ただ、既に死んだ者にこの世の倫理を踏み外さない理由はない。人間的意識をもちつづけることが果して可能かどうか。少なくとも鉄筐被りは……これはもう通り魔といっていい」

「……そうですね」

「しかしアレは、本文を書くためのメモというか、プロットみたいなものでしょう?」

「よくぞおっしゃってくださいました。実はそのことで、ウェルギリウスさんにお願いしたいことがありまして」

 ウェルギリウスに無言で手渡されたグラスを礼を述べて受け取り、ユレンは続けました。

「アレを短編の小説に仕上げ、誌上に発表していただければうれしいのですが……」

 ウェルギリウスは、「そうゆうことか」と心だけでつぶやきました。

「わかりました……なんとかしてみます。それで娘の捜索の件はどうなっていますか」

 ユレンはゆるやかにグラスを傾けました。

「教会の人間を動かせるだけ動かしています。じき見つかるでしょう。あまり心配すると、反って魔性につけ込まれてしまいますから」

 と言ってまた洋菓子をつまみ、「あ、これは美味しいですね」と、感想を述べました。


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