1:はじまりの出会い

第5話 子弟

 イズワス大陸の北方、カラスンからその南のルイべーユへくだる道を、旅人と思しき二人組が歩いていた。

 一方はかなり小柄で、足取りも軽く楽しそうに、道の脇の草木に関心を示しながら歩いている。もう一方は、やや高い背をぴんと伸ばして、周囲を警戒するように見回しながら歩いている。いずれも針葉樹の森のような深緑のマントに身を包んでいて、頭はフードに覆われていた。


「どうしたんですか、師匠?」

 急に道端で立ち止まった小柄な方に向けて、長身な方が声をかけた。少し幼さの残る青年の声だ。

「これ見なよ、リアム。ここから先でたくさん枝が折れてる。何かあったんだよ」

 そう言って、師匠と呼ばれた方は道の脇、藪の向こうを指さした。高い声は少女のそれだったが、口調は落ち着いている。彼女は目深に被っていたフードを少し上げると、首を伸ばして藪の奥を見た。緑の双眸が一瞬、日の光を受けてキラリと光った。


 冬は雪に覆われるこの辺りは、人の手がほとんど入っていない深い森が多い。その昔は妖精が住んでいた、とも言われる森だ。今でも時折、聞こえないはずの声を聞いたという者がいたり、一人で出掛けた者が姿を消したりする、そんな場所である。


「ここ、ずいぶん乱れた足跡もあるね。こっちで何かあって、森に逃げ込んだのかな」

「ま、まさか盗賊ですか……!? 急ぎましょう、師匠!」

「そうね、急いで行かないと」

 そう言うと、師匠と呼ばれた少女はぱっと荷物を地面に放って、藪の中へ飛び込んでいった。

「ちょっ……!? なんでそっちなんですか、危険ですよ!」

 突然の師匠の奇行に、青年は非難の声を上げてわたわたと周囲を見回した。しかし、自分たち以外に通る者がいない様子にため息をつくと、しぶしぶといった様子で師匠の後を追っていった。


 がさがさとナイフで藪を切りながら進む少女は、かなりの勢いで森の奥へと突き進んでいた。後を追う青年は、足元の悪い中を大股で付いていくのだが、それでも追いつけないでいた。やがて青年からは少女の背中が見えなくなったところで、前方から「あー……」と落胆の声がした。


 ようやく青年が少女の背中を視界に捉えると、そこで藪は途切れていた。ぽっかりと開けたその先では、小さな湖が広がっていた。その湖の手前、二人の足元の地面に、何かが落ちている。少女はそれを拾い上げて、日の光にかざした。

 割れた白い陶片だった。元は穴が開けてあったもののようで、同じような欠片が他にも地面に散らばっている。


「笛、ですか?」

「そうみたいね。何に使う笛か知ってる?」

「僕が知る限りでは、旅芸人の方たちが使っていたものですよ。これで演奏して、舞い手が躍るんです」

「ふぅん。ただの楽器なの?」

「そうだと思いますよ。僕もたまにしか見たことがないので、それ以上は知りませんが」

「そっか……」


 少女はその場にしゃがんで、他に落ちているものがないかしばらく辺りを調べて回った。しかし他に落とし物らしいも物も、服の一片も見つからない。湖にも波一つ立っていない。何もかも湖の中へ消えてしまったかのようだった。

 やがて諦めたように立ち上がった少女は、手に持っている陶片に視線を落とすと、すっと目を眇めた。


「前回もその前も笛だったよね、あの時も割れてたし」

「あ、そう言えばそうですね。あれは狩人たちの使う笛でしたけど」

「どうも気になるね……」

「笛を集める盗賊でも出たんでしょうか? 何が目的かは分かりませんが」

「何かのために笛を集めてるなら、こんな風に壊したりしないでしょ。壊すことが目的なのか、また別の目的があるのか、そこが気になるのよ」


 言うと、少女は腰に巻いているベルトから、硬い皮の袋を取り外した。チャリンとかすかな音を立てて拾った陶片を入れると、再びベルトに結び付ける。

「次の町でいろいろ聞いてみないとね」

 独り言のようにつぶやくと、少女は来た時と同じくすたすたと街道へ戻り始めた。

 辺りを探っていた青年は、それにしばらく気づかずに置いて行かれそうになって、慌ててまた少女の後を追いかけていった。

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