電車の北川

@real_de_yaruo

電車の北川

ASMRが流行っているらしい。

雨の音とか波の音とか、JAZZとか、色々あるらしいけど、俺流として、電車の音を選んだ。


 いわゆる、1/fの揺らぎと言うやつで、電車の中にいるときに現れる眠気を利用すれば、このうつ病ぎみで、将来に不安を持つ社畜の俺でも夜寝られるんじゃないかと思った。

 本当に、それだけの理由だ。


「なー。吉田。昼飯、どこ行く?」


「デニーズはイヤ。高いし。サイゼでいいだろ」


「ショウガネーナ。お小遣いは大変だな」


「…」


 北川は嫌味なやつだ。

 高校生ですでにアルバイトを経験していて、収益があるから懐に余裕がある。

 俺の親は教育熱心なので、塾に行くのは許すが、バイトをするのは許さないタイプだ。だから、日々、少ないお小遣いでやりくりをしている。


 俺はそんな北川の嫌味が嫌いだった。


「てか名駅でいいの? 大須の方が色々あるじゃん」


「俺はどっちでもいいよ。大須商店街にもサイゼあるじゃん」


「デニーズもあるぞ」


「ぜってーいかねー」


 俺がそう言うと、北川は愉快に笑った。


 坊主頭に、丸眼鏡を付けた北川。

 俺が高校生の時にイメージしていた彼の姿。


 ああ、そうだ。


 これはもう10年近く前に、高校生の時、北川と一緒に名古屋に遊びに行ったときの記憶だ。


 当然、これは夢の中。

 でも、明晰夢だったり白昼夢だったり、まるで夢のような光景であっても、それは幻想にすぎない。

 しかし、それが少しばかり納得できない程度に、隣の奴は、北川だった。


『次は~高蔵寺~』


 社内のアナウンスが聞こえる。

 ここは、JR中央本線。


 岐阜の田舎町から、名古屋に向かっていくこの電車は、窓の景色が次第に都会の色に染まっていき、人で埋まっていくところが面白い。


「なー。高蔵寺駅とか止まる必要あるか?」


 北川は意味不明なことを言い始めた。


「だって人いないじゃん。愛知の癖に田舎でしょぼいし」


 岐阜の田舎に住んでる北川が何か言えたことか。


「必要だろ。よくわからんけど、駅前にマンションとか多いじゃん。人も多いんじゃないの。知らんけど」


「えー。俺はいらないと思うけどなぁ……」


 北川は不服そうに呟いて、スマホを開いて音ゲーを始めた。


『次は~春日井~春日井~』


「なぁ、春日井っているか?」


「お前、電車がいちいち止まるのが嫌だからって、自分にとって都合が悪い駅に文句を言ってないか?」


 この後、北川は千種駅すら要らないとかアホなことを抜かした。

 あそこ、最寄りに河合塾があるからたくさんの受験生がお世話になってるんやぞ。

 俺も、高2の時に一回だけ夏合宿で言った覚えがある。

 

 流石に遠いから止めたけどな。


「やっぱさ~。どこへ行くにも、自分の足で行きたいよな」


「どういうこと?」


「いや、俺電車嫌いなんだよ。だってさ、これってコンベアで運ばれる商品みてーじゃん。他人が運転する車で、他人と一緒の空間を過ごさないといけないんだぞ? 嫌じゃね?」


「んー。別に」


「そうかなぁー! 早くバイク買いてーんだよなー! 一番いいのはさ、NINJAってバイクなんだけどさ! 緑でスポーティでめっちゃカッコいんだよ!」


 北川はスマホに表示された緑のバイクを俺に見せつけた。

 

 そう。

 卒業して、俺は大学へ行き、北川は就職した後の話だが、北川はバイクを購入した。


 一足先に社会人になって、アイツは忙しいながらも、ツーリングを楽しんでいたらしい。


 あー、今思えば。

 電車ってのは、北川にとって、最悪の移動方法だったな。


 きっと、今も苦痛に思ってる事だろう。


『次は~勝川~勝川~』


「なぁ勝川駅って要るか?」


「いい加減にしなさい」


 どうあがいても、勝川駅では停車するんだよ


「あーあー、でもま、まずは自転車からだな」


「ロードバイク?」


「そそ。今乗ってる自転車、ママチャリだぜ」


「言いジャン別に」


「良いわけねえだろ。

 やっぱ俺はさ、こんな、電車に揺られてただただ待つよりも、自分の道は自分で切り開いて、道路を爆走したいもんだぜ」


 北川は、まるでイキった中学生みたいに笑った。

 いつまでも、北川は、そう言うやつだった。


 

 そうして、時は経つ。

 

 いまでも、よく。夢に北川が現れる。。

 電車の音とともにした就寝をすると、いつも彼がいる。

 電車の中で、彼は高校生の姿をしている。


「吉田。お前もアイマスじゃなくてさ、ラブライブやろうぜ? 流行りに乗らないとかカッコつけてんじゃねえよ」


「別に、好きなものは俺の勝手だろ」


「なー! 痛車ってかっこよくね? 例えばこれとかさ、最高にイカすぜ!」


 彼はいつも、俺の夢の中で、彼の夢を語る。

 俺はそれを、半分聞き流しつつ適当に相槌をうつ。


 ふと、高校卒業後の事を、俺は思い返す。

 彼は高校卒業した後、ローンを組んで、中古のスポーツカーを購入したと話していた。

 そして、それを一か月もしないうちに、カーブを曲がり切れず、大破したことも、話していた。


 その後、バイクのレースに参加するため、バイクも購入したらしい。

 それもだいぶ、熱狂していた。

 週一で練習しに行っていたのが、たしか、ええっと……

 

 そう、一年くらいか。


 そして、それも事故でそのバイクも大破させた。


 不運だな、と、俺は話半分に聞いていた。

 正直なところ、俺は俺で大学の方が忙しくて、北川の車だとかバイクの話に興味なかったんだけど。

 少しくらいは、耳を傾けてやれば良かったと、今では思う。


 うぬぼれた、現実を知らず、己を知らず、調子物の北川は……

 

 自殺をした。


 練炭自殺だった。


 アイツは、大好きな車やバイクでも、上手くいかず、そして、仕事でも会社がブラックだとかで、思うように人間関係ができず、悩んでいるのを、話していた。


 話、聞いてやれば良かったな。


「~♪、~~♪~♪」


 今も音ゲーをしている北川を、俺はちらりと一瞥した。

 

 北川は今も、電車の中に囚われている。

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