身代わり

三鹿ショート

身代わり

 彼女は恋人である私のことを、召使いのように考えているらしい。

 恋人という地位を得ることができているものの、恋人らしい行為に及ぶことができていないことに、私は不満だった。

 だが、人気者である彼女に愛の告白をした際に、

「私の望みを叶えてくれるのならば、あなたを受け入れましょう」

 彼女が恋人と化してくれるのならばと、深く考えることなく彼女に頷いてしまった私が愚かだったともいえる。

 彼女の我が儘を一つ叶える度に、彼女の身体に触れることを許してくれるものだと考えていたが、彼女がそれを許すことはなかった。

 彼女と接吻することも出来ないのならば、当然ながら身体を重ねることなど夢以外の何物でもない。

 だからといって、彼女との関係を終わらせることを考えたことは、一度も無かった。

 何時しか彼女の気が変わり、私のことを本当の意味で受け入れてくれるのだと信じていたからだ。

 そのような願望を抱いていた私が愚かだったと気が付いたときには、既に半年が経過していた。


***


 己の内に蟠る欲望の処理に困っていたとき、私は街中で彼女を見かけて声をかけようとしたが、近付いてみると、相手が彼女に似ている別人であることに気が付いた。

 そこで、私はあることを思いついた。

 彼女本人が相手をしてくれないのならば、別の人間を彼女の身代わりにすれば良いのではないか。

 髪型や服装などを模倣することで、完全なる彼女ではないものの、私が彼女と考えて接することで、相手は一時的に彼女と化すのである。

 早速とばかりに、私は金銭を使って女性を雇い、擬似的な彼女を作り上げた。

 近くで見ると彼女ではないことが分かるが、遠目では判断が難しい。

 ゆえに、私は擬似的な彼女を作り出すことに成功したといえる。

 そのため、私は彼女に対して抱いていた欲望を、擬似的な彼女に発散することにした。

 最初に選んだことが、暴力を振るうことだったことを考えると、よほど彼女に対して怒りを抱いていたのだと思われる。

 歯が折れるまで顔面を殴り、胃の内容物を出すまで腹部を踏み続け、髪の毛を引き抜いた。

 その後、彼女の穴という穴を蹂躙し、満足したときには、既に日付が変わっていた。

 擬似的な彼女に感謝の言葉を伝えようとしたが、相手の反応は無かった。

 頬を何度も叩き、眼窩に指を突っ込んでも声を出さなかったため、そこで相手の生命活動が終焉を迎えていることに気が付いた。

 それほどまでの過激な欲望を自身が抱いていたことに驚く一方で、私は今まで味わったことのない満足感を覚えていた。

 動くことのない擬似的な彼女を見下ろしながら、私は思わず手を叩いた。

 本物の彼女に同じようなことをしていれば、一度しか味わうことができなかった。

 しかし、擬似的な彼女ならば、何度でもこの快楽を味わうことができるではないか。

 私は自分に拍手を送りたくなった。

 次なる擬似的な彼女に対する行為を想像しながら、倒れている擬似的な彼女を近くの塵置き場に捨てた。


***


 それから私は、何度も擬似的な彼女との時間を楽しんだ。

 本物の彼女に対する不満がすっかり無くなった頃、世間が騒いでいることに気が付いた。

 原因は、何人もの若い女性が殺害されているということだった。

 事件が広まったことは、死体を隠すことなく捨てたことが影響しているに違いない。

 だが、私には何の不安も無かった。

 己がどれほどの非道を行ってきたのかは理解している。

 ゆえに、然るべき機関に逮捕されたとしても、文句は無かったのである。

 しかし、私にたどりつく人間は皆無であり、私は犯行を重ねていった。


***


 やがて、彼女が怯える姿を見せるようになった。

 その理由は、己に似た人間が次々と殺害されているためらしい。

 不安に襲われるようになった彼女は、常に自分を守るようにと、私が自身の傍に存在することを求めた。

 弱気な彼女が珍しく、そして頼られることで私の気分は良くなったが、擬似的な彼女との時間を奪われたことに関しては、不満だった。

 彼女の不安を無くし、私の不満を解消するためには、どうすれば良いのだろうか。

 数日ほど考えたところで、私に妙案が浮かんだ。

 誰に狙われているか分からぬ日々に怯える彼女を、誰の目にも留まらぬ場所に匿い、そこで私が擬似的な彼女との時間を過ごせば良いではないか。

 この方法ならば、彼女も安心であり、私もまた、気持ちの良い時間を過ごすことができるではないか。

 早速それを実行したが、私の予想に反して、彼女は怒りを露わにした。

 だが、それは自由を制限されたことによるものだろう。

 そうでなければ、自分が私を相手にしなかったことが原因で多くの女性がその生命を奪われたにも関わらず、自らの保身を求めるわけがない。

 この生活に慣れれば、彼女も文句を吐くこともなくなるだろう。

 そう考えながら日々を送っていると、やがて彼女は静かになった。

 目を閉じ、耳を塞ぎ、何かを呟き続けているが、私にはどうでも良いことである。

 しかし、彼女が暇を持て余しては困るだろうと思い、私は擬似的な彼女から取り出した眼球を投げつけた。

 彼女は悲鳴をあげた。

 私は楽しかった。

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身代わり 三鹿ショート @mijikashort

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