第4話/登校どうでしょう



「やっ、おはよう右兵衛。朝っぱらから穏やかじゃないね」


「ふん、相変わらずゥ……暢気そうな顔をしているな。――あっちを見ろ」


「あっち? 校門が妙に混んで…………ああ、風紀員の持ち物検査だね」


「そうだ我らはきゃつらに、目ェをぉ付けられている。――ところで善人に貸すエロゲを持って来てんだよ今日、これってヤバくない??」


「右兵衛……、君はさぁ……またかい?」


 入手経路は不明だが、右兵衛はこの歳にしてエロゲマイスターを自称している。

 将来の夢は世界に轟くエロゲを作ること、モットーはエロが世界を救う。

 筋金入りのエロ小僧であるが、善人にとっては信頼と信用の厚いベストフレンド。

 ――二人は、校門からギリギリ見えない曲がり角で。


「友ォ……のピンチだァ、当然助けてくれるぅ……よな? な? どうせ善人もゲームとかマンガ持ち込んでるんだろ? ――頼む、今日の当番はアイツなんだ、兄として余は見つかる訳にはいかない!!」


「兄としてって、放課後はエロゲ三昧な時点で手遅れじゃない?」


「それでもォっ――、守りたい世界(エロゲ)があるんだァ!」


「うーん相変わらず二次元にどっぷりだねぇ、奈緒ちゃんも大変だ」


「クソォ、なんで奈緒は風紀ィ委員長になってんだよぉ。年々、余に対するあたりが強くなってるしさァ……、昔はお兄ちゃんお兄ちゃんって後をついて回ってさァ……」


 右兵衛は校門の方を睨みつつ、懐かしそうな顔をして。

 その姿に、善人としては苦笑しかない。

 ――奈緒、中丸奈緒は右兵衛の義妹で元有名アイドル、そして右兵衛に恋をしているクラスメイトで風紀委員長だ。


(さて、どーしようか。僕としては二人の仲を取り持ちたい気持ちであるし、とはいえ右兵衛を助けたいし、奈緒ちゃんの好感度も稼いでおきたいからなぁ……)


 彼女はルゥのたった一人のリアル友人であり、端的に言って善人の敵である。

 普段から昼休み校内ゲーム大会を無断で開いたり、放課後エロ本交換会など、楽しいがダメな青春を送る善人は風紀員から目をつけられており。

 更に彼女は、兄を変な道に進ませた張本人だと善人の事を思っていて。


「右兵衛、君はいい友達だったよ。でも僕の性癖にあわないエロゲを貸そうとするのがいけなかったんだ」


「見捨てる気だなァ!? つか敗因はそこだったのか……ッ!! くっ、盲ゥ点っだった、まさかアイドル義妹と爛れた同棲生活モノは全人類にドストライクだと思ったのにィィィ!! おっかしーなぁ余にはかなりビビっと来たのに、ほらサブに奈緒っぽいヒロインもいるんだぞ攻略できないけど」


「そういう所だよ?? もうちょっと自分と奈緒ちゃんについて考えなおそ??」


「奇妙ゥ……な事をいうな善人、余と奈緒はベストブラザーな仲。ま、アイツがアイドル時代に有名ィ……になれたのは余が色々教え込んだってのはあるかもだけどなァ!!」


「こりゃあ手の施しようがないや」


 彼女がアイドルになった理由が、当時の右兵衛の趣味がアイドルだったから。

 というのをルゥ越しに聞いていた善人としては、どうしてこうなってるのかと首を傾げるしかない。

 ともあれ、ここで喋っていても遅刻するだけであり。


「んじゃあ行こうか、――僕に秘策アリだ」


「おおっ、なァんと頼もすィーい男だ! 流石は校内一の問題児!」


「え、何ソレ初耳なんだけど!? そりゃあ校内で秘密基地を隠れて作ってる途中だけど、まだバレてないよね?? 僕は座古の名に恥じないザコな存在でいようと思ってるのに!!」


「それ以ィ前の問題だと思うぞ??」


 二人でお互いの自己評価はどうなってるのかと、ブーメランを投げ合いつつ歩き出す。

 すると早速、善人は右兵衛に右手を出して。


「ディスクだけ持ってきてるんでしょ? 僕が持っておくよ、上手いことやっておくから安心して欲しい」


「くぅ~~っ、まさか善人ォ自ら泥を被ってくれる気とはッ、恩に着るぜマイベストフレンド!!」


「礼には及ばないよ、ま、グッドラックって言っておくね」


「え? どゆことォ??」


 不審がる右兵衛を横目に、善人は持ち物検査待ちの列に並び。

 途端、それを目敏くみつけた風紀委員達がアイコンタクト。

 善人の番になると、次にに並んでいた右兵衛も一緒に円形に囲まれて。

 ――正面には、黒髪ロングでつり目のセーラー服美少女、もとい奈緒が仁王立ち。


「――よくも堂々と正面から来ましたね、座古善人、それから右兵衛も」


「あ、おはようっす先輩!」「バカこいつらは敵だろ、先日は助かったぜヨシト」「ウヘーちゃん後で渡すものあるから教室いくね」「よう座古、次の早弁大会はウチのクラスもやってくれよ」


「貴男達ッ、いい加減にしなさいコイツらは敵なの! ほら、とっとと手を動かす。絶対にゲームとか持ち込んでるんだから没収よ! ――座古君、貴男はアタシが直々にチェックするわ」


「はいはい、お手柔らかにね」


 ここまでは予定通り、と善人は余裕の笑みを浮かべた。

 公私の区別をつけるべく、彼女は必ず兄・右兵衛ではなく善人のチェックをするだろう。

 そして特別に敵視しているからこそ、他の者の手を借りず彼女自らの手で行う。

 ――奈緒は善人の通学鞄から、例のディスクを見つけて。


「ふふっ、ようやく尻尾をつかんだわ。これでアンタを正々堂々と罪人として生徒指導室に遅れるってものよ」


「あ、これ右兵衛の持ち物だからタイトルをよーく見てみてよ」


「チッ、でも貴男が持ってたことには――――ッ!?」


 その瞬間、刺々しかった奈緒の空気が一気にへにゃっと崩れた。

 あわわわ、と口は愉快に震え頬をうっすらと朱に染めて兄を肉食獣の眼光で睨む。


「こ、こここここんな物を見せられて、アタシにどうしろって言うのよ貴男……」


「取引をしよう、君はこれをコッソリ持ち帰る、僕はマンガを没収されるコトなくこの場を去る」


「このゲームも貴男のマンガも没収して教師に報告するわ、それが風紀委員長としての役目よ」


「そこに君個人の幸せはあるのかい? 例えば――このゲームを使って右兵衛を奇襲するとか。そうそう、右兵衛はこのゲームがドストライクって言ってたっけ。まだ無自覚みたいだよ、何のことか言わないけどさ」


「ッ!? そ、それは――」


 奈緒の表情が苦悩で歪む、手元には『義妹アイドル寧々花とドキドキ濃厚同棲ライフ』というエロゲのディスク。


(こ、これを上手く使えば右兵衛にアタシを意識して……だ、ダメよこれは悪魔の誘惑だわっ、で、でもぉ……)


「右兵衛の検査はもう終わりそうだ、時間がないよ奈緒ちゃん。――風紀委員会だって、意識して貰えればって思って入ったんだろう?」


「ぁ、っ、……こ、この、悪魔めっ、お兄ちゃんを悪の道に進めたばかりか、アタシにまで――」


「そろそろ僕らさ、手を組もうじゃないか。君は僕を見逃す、そして君は右兵衛の情報を僕から得る。ほら男同士だし親友なんだ……君にとっては有益な情報も多々あるって思わないかい?」


「あ、アタシは……ッ」


「姐さーん、こっち終わりましたぜー。パンツの中まで見ましたが何もありませんでしたーーっ」


「シクシクシクっ、余は汚されちゃったァん……もうお嫁にいけないぃ……」


「――――だってさ、どうする?」


 折れろ折れろ頼むから折れてくれ、善人はそう願いながら笑って見せた。

 マンガの一冊や二冊、没収されて怒られた所で平気だ。

 だがこれは、ルゥと一緒に過ごすための秘密基地の本棚に入れるためにも没収はできる限り避けたくて。


「………………こっちも検査は終わったわ、残念ながら今日は収穫なしよ。チッ、命拾いしたわね」


「今日は何も持ってこなくて助かったよ、ま、これも日頃の行いの結果かな?」


「バカ言ってないで右兵衛つれて早く教室行きなさいよ。――――情報は月海経由で教えなさい」


「はいはい、了解だよ」


「ふおおおおおおおおっ、余たち無罪いいいいいい!! 無ぅ罪ぃぃぃぃぃ!! やったな善人ォ!!」


「おわっ!? いきなり抱きつかないで右兵衛、そーゆーのは奈緒ちゃんにしてあげてよ」


「え、なんで??」


 こうして善人と右兵衛は、抜き打ちの持ち物検査を突破した。

 右兵衛は後日、善人に金髪幼馴染みがヒロインの恋愛ゲームを贈ると言ったが善人は丁重にお断りして。

 彼の趣味は理解するしそういったゲームも好きではあるが善人は三次元派で、何より月海が最優先であるからだ。

 ――――その日の放課後である、屋上近くの封鎖された空き教室もとい秘密基地に行ってから帰ろうとした善人であったが。


「ねぇちょっと座古、面かしなさい。……出来れば人目のつかない所で、渡したい物があるのよ」


 教室を出て早々、奈緒に捕まって善人は困惑したのであった。


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