第3話/恥ずかしがる女の子は可愛いってそれな



 善人が一緒に登校したい、そう言う気持ちは月海とて理解できる。

 出来るならば彼女とて、四六時中ずっと彼と一緒にいたい。

 けれど無理なのだ、知らない誰かと話すと思うと、見知らぬ誰かの視線があると思うと。


「むーりーぃーーっ!! ヨシトの頼みでもそれはダーメっ! 死んじゃうっ! 恥ずかしすぎて死んじゃうってソレぇ!! っていうか何で今そんな提案するんですかっ!!」


「ログボ実装の流れで荒治療もオッケーしてくれないかなーって」


「なーにが荒治療ですかっ、ヨシトは私と制服デートしたいだけでしょ! 私は外に出ませんからねっ!!」


「まぁまぁ、冷静になって考えようよ」


「将来の為だとか、そーいう話なら聞かないもーんっ」


「話は変わるけど、羞恥プレイって興味ある?」


 はて、と彼女は首を傾げた。

 言葉の意味が脳までじわじわと浸透するまで三秒間、白い首筋まで顔を真っ赤にして。


「いきなり何を言い出すんですかーー!? しかも絶対それ話変わってませんよね!? 親しき仲にも礼儀アリッ、実行するなら警察呼びますからね!!」


「そっ、そんな御無体な御奉行様ッ、アッシはただ……スーパー美少女な嫁さんを見せびらかしたいだけなんでさぁ!」


「ええいっ、ならぬならぬぅ! それがしは確かに超の付く美少女で教科書を一度読んだだけでテストは満点を取れる天才肌であるがッ!! 只人の十倍以上は視線に敏感で恥ずかしがり屋なのはそちも存じておろうっ!! ――――その訴えは却下させて貰う!!」


 時代劇のような口調でビシっと善人を指さしたルゥであるが、はたと気づく。

 もしかしたら、これも前に進む切欠なのかもしれないと。

 だから、目の前の存在を信じて。


「だが私も鬼ではない……少しばかり温情をかけてやろう……ッ!!」


「本当ですかいオヤビン!!」


「へっへっへぇっ、子分を労るのも親分の役目よ。――具体的にはログボのウィークリー報酬を決めたいと思いまーすっ!」


「おおー、ぱちぱちぱち。で? 昨日は後回しにするって言ったよね? 言えッ、なんの裏があるんだ!」


「あー……、いえ、そのー、ね?」


 たはー、とルゥは視線を泳がした。

 少しばかり気恥ずかしいが、ここは素直に言うべきだろうと勇気を出す。

 それを敏感に感じ取った善人は、茶化さずに聞くべきだろうと言葉を待つ。


「私もね、思うわけですよ。毎日キス一回だけじゃあ恋人としてヨシトに申し訳ないし、私自身も成長しないよなーって」


「なるほど」


「そこでですねっ! 登校するにはまだ勇気とか色々、克服しきれないので、せめて夜っ! ウィークリーは夜に一緒にお出かけ三十分ぐらいでっ!!」


「おおっ!! やったぁ!! 素晴らしい選択だよルゥ!!」


「なお、ウィークリー報酬には条件があります。キス券7つ分で一回使用可能っ!! なんて太っ腹なんでしょう……!! しかもっ! その三十分間だったらキスし放題!! いやー、これは惚れ直されちゃうなーっ!」


「うおおおおおおおおっ!? 嬉しいけどなんだよそのクソ条件!? 鬼畜運営!? 人の心はあるんか?? ウィークリー使うには一週間分のログボ貯めなきゃいけないとか、それ進んでるの下がってるの!?」


 これは苦渋の選択かもしれないと、善人は戦慄した。

 リターンは大きいが、日々オアズケをくらう。

 それに己は耐えられるのか、否、断じて否である。

 ――――ならば。


「ふっ、受け入れようその提案!! だが僕にも条件があるぞルゥ!!」


「なんとぉ!?」


「イベントを要求する……キス券が追加で貰えるイベントだ!! 正直ちょっと不公平だよね??」


「うぐっ、た、確かに私も言っててそう思ってた!」


「でしょ? ――イベントは僕と君、交互に考えて実行する、報酬はキス券一枚追加が基本で。君はそれに追加で報酬を自由にくれてもいい」


「なるへそ……、イベントという名の突発勝負をして。私の発案だった場合は報酬にキス券一枚にプラスして何か、って感じてもいいと」


 確かにこれは公平な条件かもしれない、ルゥはそう考えたが。

 しかして油断をしていなかった、だってそうだ他ならぬ善人の言い出した事。

 よからぬ裏はないだろうが、覚悟をするべきだろう。


「じゃあさっそくだけど……、ここで突発イベントだ」 


「オラァ、バッチコーイっ! って言いたいですけど、ぼちぼち遅刻しますよ?」


「うん、だから君が僕の出す課題をクリアできるかによって遅刻が決まる! 最悪のケースとしてズル休みも覚悟してるよッ!!」


「な、なぁんて邪な気迫っ!? もーーっ! これ絶対ヘンなコト言い出すんでしょーーッ!!」


「今回のルールは簡単、君が僕が学校に行きたくなるようにスッゴイ媚び媚びで応援してくれぇ!! 出来なかったらルゥの負けだっ!!」


「それ勝っても負けてもヨシトにメリットしかないじゃないですかーーっ!?」


「別に棄権してもいいけど……まさか君ともあろうお方が、なんだっけ? SNSじゃゲームチャンプって名乗ってイキってるんだっけ? そんな君が僕との勝負から逃げるなんてないよねぇ~~??」


 瞬間、ルゥはぐぬぬと唸り、金色の長い髪を逆立てる勢いでふしゃーと威嚇する。


「躊躇なく煽ってからにぃ~~っ、チクショウやってやりますよっ!! 私にメロメロになりすぎて腰抜かずほど媚びっ媚びな応援してやりますよォ!!」


「合意とみてよろしいですね?」


「おうよっ! やったらぁ!!」


「ところでシンキングタイムいる?」


「あ、くださいください。流石にないと不利なんで」


 考える猶予は与えられた、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべて善人は待ちかまえている。


(思い出せっ、善人はどんな感じのが好みだった? 善人の好み=で私!! ……いや分からんてそれぇ!!)


(ふっふっふ……勢いで言ったけどどーしよコレ。もし性癖にドストレートなの来たら……理性が持たないよね確実にさあ!!)


(ヤンデレ……ツンデレ……いや違う、普通に応援? いやそれじゃあ善人に届かないッ、ここは最高のエールを…………いや待て、待って、別にエールを送らなくてもいいのでは??)


(…………もし、もしもだ。お姉さんキャラでいいこいいこと甘やかしで来られた場合、わき腹チョップで妨害しないと耐えられないかもしれない)


 なんて恐ろしいイベントを思いついてしまったのか、何故、どうして、己の理性を削ってしまうような内容にしたのか。

 善人は一瞬前の自分を、誉めたいような殴りたいような気分になったが。

 すぅ、はぁ、と深呼吸するルゥを見て心を引き締めた。


「かかってこいよルゥ!!」


「こほんっ、じゃあちょっと失礼して……」


「なんでベッドに?」


 この行動を止めなければ、そんな第六感が善人を襲ったが。

 しかし興味の方が勝って、足が動かない。

 ルゥはベッドに入ると、ぽんぽんとベッドマットを叩いて。

 ――刹那、彼女の空気がガラリと変わった。


「ね、ヨシトォ……今日はぁ~、休んじゃいませんか?」


 鈴が鳴るような清楚な声が、とても甘ったるくて。

 元気で溌剌とした青い瞳は蠱惑的な輝きに変貌し、吸い込まれていきそう。

 見慣れてる指先が、妙に艶めかしく。


「――ぁ」


「きもちーですよ? お布団でぬくぬーくしましょう?」


「そ、それは……っ」


「なにもしないって約束してくれるなら……耳元で子守歌を歌ってあげます、……ね? 一緒にサボっちゃおうよ」


「わ、わか…………っ、い、いやっ、ぼ、僕は――ッ!?」


 ぐらりと音を立てて理性の塔が崩れていく寸前、辛うじて善人は踏みとどまった。

 このままでは不味い、非常に不味い、学校に行くどころかこの部屋から出られなくなりそう。

 彼は歯を食いしばり深呼吸をひとつ、冷静さが今は必要である。


「あったかいお布団で、ぽかぽーか、しちゃいましょ?」


「うううううううううっ、い、いや僕はッ、学校に行く!! 断じて、なんと言われてもッ!! 学校に行く!!」


「…………よおおおおおおおしッ、私の勝ちィィィィィィィ!!」


「っ!? しまった、そうだった!!」


 負けた、そう善人は項垂れる。

 よくよく考えれば、媚び媚びであれど応援ではなかった気がする。

 だが、肝心なのは学校に行くと強い決意を善人がした事だ。


「…………認める、僕の……負け、だ」


「いえーいっ!! フゥ~~! フゥ~~! ま、私にかかれば、こんなもんですよっ!!」


「仕方ない、今のは録音しておいたから学校行きながら鬼リピするよ」


「わーーーーっ!? 何してれてんですかヨシト!? 貴男って何時もそうですよね!? 抜け目なく録音してたり隠し撮りしてたり!! プライバシーの侵害って言葉を覚えてください!!」


「安心してよ……、ルゥにだけさ」


「安心できないっ!! 覚えろビーームッ!! ちゃんとプライバシーの侵害をしちゃいけないって覚えろビーーーーーム!!」


「なにそれ可愛い、――ああ、今回の勝負はこの覚えろビームを聞くためにあったんだね」


「わ、わわわわわ、忘れろビーーーーム!! 今の忘れてよおおおおおおっ!!」


 またも顔を茹で蛸のように真っ赤にしたルゥが、ドタバタと襲いかかるも。

 サッと回避した善人は、また放課後にと走り出す。

 鼻歌交じりに足取りは軽くもう少しで校門が見えてくる、そんな時であった。


「――――待ぁーつのだ善人ォ、その先には罠が待ち受けてェ……いるッ! 行ってはならぬぞ!!」


 目の前に立ちふさがるは、言葉遣いがおかしな男子学生。

 短いポニテで、学生にしては渋すぎる声が特徴的な自称・エロゲ系侍ボーイ。

 親友である、中丸右兵衛(なかまる・うへえ)がそこに居たのであった。


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