浮気した女は捨てられ地獄を味わう。浮気した女はいつ許してもらえますか?

バカヤロウ

浮気した女は捨てられ地獄を味わう

『私はとんでもない過ちを犯した』


 この一文で言い終えれるほど優しいものではない。


 一生を掛けてこの代償を支払うことが決まってしまった。


 私は三ノ輪鏡花みのわきょうか25歳


 どこにでもいるOLなのだけど、職場に行けばすれ違う人が全員白い目で私を見てくる。



「やだ……ウザッ」


「まだ会社辞めないなんて……キモッ」



 このように陰口を叩かれるのは日常茶飯事。


 だけど、これは自業自得であることを自覚してそれを受け入れていた。


 陰口なんて私は気にしない。でも、彼と会えないことが一番辛く、思い出しただけでも涙が出てくる。






 私の彼氏は小さいときに一緒に過ごした幼馴染、大山田大和おおやまだやまと25歳。


 中学卒業後は高校も別ということで疎遠になっていた。


 だけど大学を卒業後、今の会社で再会した。面接会場でばったりと出会ったので大和がこの会社を受けていることを知った。


 内定を貰うと同時に大和に相談して一緒に入社、それがきっかけで付き合うことになった。


 交際は順調で相思相愛な二人として同期からもからかわれる。でも、それが嬉しかった。大和も「やめてくれ」と言っている割には幸せそうな顔。


 ただ、一人だけ私たちの関係を疎ましく思う女性がいたらしい。


 らしいというのは、風の噂程度でしか聞いてなく面識もなかったので特に問題なしと思っていた。


 でも、その噂を聞いた時、女性が美人であることを知り最初は大和が浮気しないか気が気でなかった。


 しかし、大和は浮気なんてせずに私の事だけを見てくれる。


 だからこそ、今でもどうしてあんなことをしてしまったのか自分で自分が嫌になる。


 絶対に離れたくない離したくない彼を自ら手放してしまった。






 ある日、会社の飲み会で年の近い同僚の男性と下ネタで話で盛り上がり



「俺って結構サイズに自信があるんだぜ!」


「へぇ」



 と最初は素っ気ない態度を取っていたけど



「大和ってどうなの?」


「さぁ、私、大和しか知らないから比較対象がないよ」


「じゃあさ、この後比べてみてよ」


「えーいやだよ」


「ホテルで見るだけでいいから」



 この時、私が同僚の男性を断っていればきっと大和と幸せになれただろうと思っている。大和のサイズよりも大きな男性シンボルという今となってはどうでもよいものに私は興味を持ってしまった。


 そのまま、酒で酔った勢いで同僚の男性と身体の関係を持ってしまう。



「どうだった?」


「別に……」


「素っ気ないなぁ、気持ちよかったでしょ」


「……ええ、まあ」



 この時、あまりの違いに驚いたというのが正直な感想。気持ちいいかと聞かれたら、もちろん気持ちいい。


 しかし、事が終わった後にくる激しい罪悪感に押しつぶされそうになるので今後は仕事以外で会話しないように同僚の男性と話を付けた。


 その後、大和とも体を重ねるがどうしても物足りなさを感じてしまう。




 それを知ってか知らずかもうお互いに会話すら避けようと約束したというのに同僚の男性は何度も私を誘うのだ。



「ねえ、今度どうよ?」


「もう話しかけないで」


「ええ、別に会社の同僚として話しかけてもいいじゃん」


「それもダメ」



 もちろん、最初は断っていた。


 でも、同僚の男性は諦めてくれなかった。何度も何度もしつこく私を誘ってくる。あと一回だけ……そんなことは絶対にないはずなのに……。



「ねえ、このままホテルどう?」


「……避妊してよね」


「よっしゃ!」



 普通なら興味ないとはねのけるのだが、不幸にも一度関係を持ってしまい気持ちよいことも知っている私は誘惑に負けてしまう。






 ある日のこと、大和に抱かれているときに



「俺とのエッチは気持ちいいか?」


「えっ?どうして?」


「なんていうか、鏡花が全然気持ちよさそうに思えないから」


「き、気持ちいいよ」



 私は咄嗟に作り笑いをして大和を励ました。だけど、あまりに唐突だったため焦っていた私の笑顔はすぐにウソだとばれてしまう。


 もしかして、浮気しているのがバレてしまったのかも?っと血の気が引いたが、意外な大和の提案に私は驚いた。


 それは大人のおもちゃを使ってもよいだろうか?という申し出だった。



「それ……痛くない?」


「痛かったら言ってね。すぐやめるから」



 大和はすぐに大人のおもちゃを実行に移す。おもちゃを使っている最中にずっと私を気遣うその言葉に大和の優しさを感じていた。


 また、おもちゃが私の相性に合っていたことと自分に若干のマゾヒズムがあることで



「大和……大和……やまと」



 何度も大和も求めてしまった。驚くことにその夜は何度も大和の腕の中で果てる私。また、大和に抱かれているという安心感にこれ以上ない幸せと気持ちよさを同時に感じていた。


 また、普段温厚な大和がこの時は少し強気になるのでそのギャップがまた良かった。



 同僚の男性は確かに男性のシンボルには自信があったのだろう。


 ……だけど、それだけ。


 大和は私を包み込んでくれる包容力がある。


 それ以降、私は同僚の男性に「もう無理」ときっぱり断り距離を取った。


 今更ながら私には大和だけいればよいというのを改めて思い知った。それに体の相性は結局二人の努力でどうにでもなることを知ってしまったから、他の男なんて私には必要なかった。



 私は最高の幸せを手に入れたと思っていたのだが、私の今までの行いによってすぐに地獄へ叩き落されることを私は知らなかった。








 ある朝、いつも通りに出社すると何やらオフィスが騒がしかった。


 どうしたのだろう?と思いつつもいつも通りに自分の机に座るが、どうにも視線が私に集まっている事に気が付く。


 不思議に思いながらパソコンを開くと大量の画像が添付されたメールを発見。それは私と同僚の男性が体を重ねている最中に撮られたものだった。


 この時、頭の中は真っ白になり何も考えることが出来ずにパソコンの前で地蔵のように固まっていた。



「……わくん……のわくん……三ノ輪くん!」



 課長に何度も呼ばれて我に返る。



「えっ……は、はい」


「……ちょっといいか?」



 かなり不機嫌な課長についてくるように言われてついていくとそこには同僚の男性と人事の課長が応接室の長椅子に座っていた。


 尋問のように問いただされる私と同僚の男性。私が言葉が見つからずに黙っていると同僚の男性は俯きながら全てを話し始める。



「三ノ輪さんのことが好きで……大山田に取られたことが悔しくてやりました」


「……え?」



 同僚の男性の言葉に耳を疑った。まさかこのメールを会社全員に送った犯人は私の浮気相手でもあるこいつだった。


 あまりの出来事に怒りを覚えるも……すぐに大和のことが気になった。


 思考停止状態からようやく動き出した私のおバカな頭はやっと気が付くことに……このメールは会社の全員に送られていること、それが何を意味するのか……私は血の気が引く。


 大和に……見られている……。



 人事の課長が少しの間、私たち二人に自宅待機を命じた。


 自分のデスクに戻り私はすぐに大和を探した。だけど、どこにも見当たらない。同じ職場の人に声を掛けるが全く相手にしてもらえなかった。


 もしかして、既に帰っているかもと私は帰宅後すぐに大和の部屋を訪れる。


 合鍵で玄関を開け中に入るとそこにはトイレで吐き出している大和がいた。



「大和、大丈夫」


「触るな!」



 大和の背中を擦ろうとしたが、強く払いのけられて私は尻もちをついてしまう。大和からの強い拒絶。


 心臓を抉られたような痛みで息が出来ない。本当なら強く打ち付けたお尻が痛むはずなのに胸のほうが痛い。



「帰ってくれ」


「大和……」


「帰れって言って……いるだろうが!」



 今までの温厚な大和とは違う。大声を出して、肩で息をする大和。今、目の前にいるのが本当に大和なのか私には分からなくなるぐらい大和は感情を私にぶつける。


 その日、私は大和に無理やり家から追い出された。



「お願い大和、話を聞いて」



 玄関のドアを叩くも大和は返事をしてくれない。合鍵も大和に取り上げられたので入ることが出来ない。



 それからも私は大和に直接会って謝罪をしたいため毎日、大和の部屋に通った。ただ、インターホンを鳴らしても応答してもらえない。だから、大和の迷惑にならないようにと15分ぐらいで切り上げて帰っていた。


 通話もブロックされているので一切の連絡が取れなくなり二週間が経った。



 私は職場に復帰して驚愕の事実を知る。大和が自主退職していた。今回は異例で引継ぎなどはオンラインミーティングにて行われるので今後、彼が出社することがない事を耳にする。


 更に浮気相手だった同僚の男性も自主退職するとのこと。だけど、彼の場合は引継ぎをしっかりとすると上司と約束しているらしく朝から晩まで必死になって仕事をしていた。


 同僚の男性は私と目が合っても話しかけては来なかった。私としても彼のやったことを許せるはずもないので話をする気もなかった。



 私は職場復帰してなんとか通常業務を行っている。



 だけど、周りが私を普通に扱う事はなかった。当然だと思うが、周りからの扱いが日に日に酷くなっているため業務が滞っている。


 それは業務の変更があり全員提出する資料があったのだが……



「なんで君はやってないの?」


「いえ、連絡が来ていません」


「おいおい、そんなことはない。連絡網で回っているだろ完了を確認しているだぞ」


「いえ……」



 こんな感じで連絡が回ってこないことがよくある。




 そして、冒頭に戻る。




「ねえ、まだいるよ。あの尻軽」


「また別の男と盛ってるんじゃない」


「きゃはは、言えてる」


「にしても、いつまで会社にいるだろう?」


「まだ自主退職しないなんてどんだけ顔の面が分厚いでしょ」



 本日の給湯室から聞こえてくる雑談。私がいることを分かっていて私に聞こえるように雑談してくれるものだから嫌でも耳に入る。



「あ、ごめーん」



 わざとやってますと言わんばかりの間延びした謝罪をしながらある女性がお茶を私の足元に掛ける。熱湯の為に当たったら火傷をするので私は反射的に避ける。しかし、そのせいでバランスを崩して転んでしまうと。



「「クスクス」」



 見て周りの同僚たちが笑い始める。



「あらあら大丈夫?ケガしたんじゃない?会社辞めた方がいいのでは?」


「……」


「そうね、危ないからやめた方がいいよ」



 会社に私の味方は一人もいなかった。


 私は会社が終わると毎日、大和の部屋のインターホンを鳴らす。出てくれないことを分かっていても日課になるほど通い詰めた。


 休日は会社の出社時間にインターホンを鳴らした。


 大和の迷惑にならないようにインターホンを押して15分反応がなければ帰る決まりを自分の中で作っている。


 私はこの日課のお陰でどこかでまだ大和と繋がっていると思いこんでいた。




 だけど、一度も大和に会うことはなかった。それから3か月ぐらいして大和の隣の部屋の人が私に教えてくれた。



「あれ、そこの部屋の人は引っ越しましたよ」


「えっ?いつですか?」


「一昨日?だったかな。廊下ですれ違って話を聞いたんで」


「……そう、ですか」



 私は頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。その後、覚束ない足取りで家に帰ったが、その日は大和がいなくなった事実を受け止めることが出来なかった。


 私は会社でいじめを受けようと陰口を叩かれようと平気だった。だって、私にはまだ大和がいるって信じていた。大和の部屋に毎日通う事で大和と繋がっているように感じていた。


 まるで通い妻だななんて最近は思っていた……いや、そう思わないと自分が壊れてしまいそうだった。


 案の定、大和の引っ越しから数日して私はまともに仕事が出来なくなるどころか会社で倒れてしまう。



 医者が下した診断はうつ病だった。



 そこから一か月ぐらいは休職届けを出したが独りで生活するのが困難になってしまい会社を辞め実家に帰ることになる。



 私は自分の行いで実家にまで迷惑をかけていることを帰ってきてすぐに思い知らされた。


 実家に帰り玄関で母親に会うなり母親は涙を流しながら「帰ってきたのね」と言われた。あまりの言葉に私はどう受け取って良いか分からなかった。


 実は大和と付き合うようになり元々仲の良かった親同士でまた交流があったと聞いていた。それすらも私は自分の愚かな行為によって壊していることに気が付いてしまう。


 また、相手の両親からうちの両親に対してこんなお願いもされていた。



「うちの大和とお宅の鏡花さんを会わせないようにして欲しい」



 それを聞いて私は呼吸ができなくなった。一生懸命に息を吸おうとするのだが、息が吸えない、ヒューヒューと音はしているが苦しい。そのまま私は倒れて救急車で運ばれた。


 私が病院で点滴を打ちながら大和のことを聞いて息苦しくなったことを両親に話をすると父親は呆れていた。



「そんなにも思っているなら何で裏切ったりしたんだ……お前は男を一番傷つける行為をしたんだ、分かっているのか?」


「私はそんなつもりは」


「鏡花……惚れた女の一番になりたいのが男なんだ」


「うん、私は大和が一番だった」


「そうか、大和君はどうして深く傷ついているか分かるよな。お前を好いていてくれたからだ。」


「うっ……」


「お前の事がどれだけ好きだったかよく分かっただろ?今回、これだけ大和君がお前を避けているのは完全に愛情の裏返しだ。もう許してもらえるなんて思わない方がいい」



 私は父親の言葉に何も返せなかった。そして、大和が私をどう思っていてくれていたかのか再確認をしてしまうことで胸の締め付けがより一層強いものになる。



「私……私……」


「俺はお前の父親だ。俺だけは許してやる。だから早く社会復帰をしろ。それまでは家にいていい。苦しいだろうがそれがお前の背負っているものだし、忘れちゃいけない背負い続けて歩いて行くんだ。」


「……うん」



 父親は許してくれた。



 だけど、世間はそうはいかない。私が実家に帰省してから連絡を取ろうとしていた昔からの友達のほとんどが疎遠になっていた。


 これは友達全員が私の事と大和の事を知っているからだと思っていた。


 そのせいで近所のスーパーではいつも白い目で見られる。陰口は聞こえないがヒソヒソと話している近所の人を見ると自分の悪い噂をしているのではないかといつも怯えていた。


 その後、私は近所を出歩くことすら出来なくなった。


 ただ、両親は噂話や白い目で見られることを特に気にすることもなく堂々としていた。


 後から分かったことだけど、私が出歩く事が出来なくなったのはうつ病特有の症状だということ。


 近所のスーパーでの視線のほとんどは私に興味がなく目がたまたま合っただけ。しかもそのことを気にして私は他人の目を見るから尚の事、目を合わす頻度が増えていただけであった。


 ただ、私の友人知人は本当に疎遠になっていた。それでも私をまだ友人として見てくれる人もいた。高校時代に親友だった涼香すずか


 なんとかうつ病の症状が軽く出歩くことが出来る日は彼女とカフェやファミレスでおしゃべりをした。


 彼女の持ってきてくれる話題は家に引きこもる私には新鮮なものばかりだった。ネットでは絶対に分からない涼香の友人の話だったり色恋沙汰の話だったりと聞いているうちに私はどんどん元気になっていった。



 そんなある日、彼女の話題は大和の話になった。



「あ、そうだ!大和くんってかなりの美人の恋人がいるみたい。この間、腕組んで歩いてるとこみたよ」


「そ、そうなんだ……」


 涼香の言葉に私は動揺を隠せなかった。平然を装ってはいるが心はざわつき息苦しくなる。



「涼香?大丈夫?」


「う、うん」



 どうして、涼香はこんなにも大和の事を私に話すの?私は大和の事がまだ忘れられないってことを涼香にも話している。だから、話題は避けて欲しいのに……。


 しかし、その日に限らず、涼香は大和の話題ばかりを持ってくる。



「そういえば、大和君ね、この間また見かけたよ。やっぱりあの美人さんと付き合っているみたい。ほらこれ見て」



「えっ……」



 そこには大和が黒髪が綺麗で顔立ちの整った女性と腕を組みホテルから出てくる場面があった。



「やっぱりこの二人は絶対にそういう関係だよね。もうラブラブって感じ」


「だ、だね」



 この後も涼香は私に大和の近況報告を受けることに。それは地獄だった。好きだった人の幸せを喜ぶべきなのに醜い嫉妬心を覚える。


 それと同時にせっかく治り始めていたうつの症状が発症して出歩くことが困難になり始めていた。


 その後は涼香に誘われても断っていた。少しばかり距離を置きたい……涼香とも大和とも……


 だけど、涼香は会わなくなった私に対してラインを送ってくれる。しかし、そのラインの内容は全て大和に関することだった。



『大和君のキスシーンを見た』



 こんなラインが出来たと思ったらすぐに証拠の写真も送られてくる。


 それを見ながら私は涙を流す事しかできなかった。


 今でも大和の事が好き……どうしようもないくらいに……。


 本来なら涼香のラインをブロックすればよかったのに何故かそれを既読スルーする日々が続いた。



 何度も私は自問自答して心の整理を行った。


 大和との思い出を思い出すたびに息苦しくなり呼吸困難に陥る。


 だけど、不思議にもある日、その気持ちを整理することが出来た。それは大和の結婚の話。


 大和が幸せそうにしている顔を思い出した。



「大和……今、幸せなんだろうな……」


 

 今まで大和の事を考えず自分事ばかり考えていることにようやく気が付く。大和の幸せを考えれば私はいらない。もう大和とは別の人生を歩む必要があると。


 なぜ、大和の気持ちを考えていなかったんだろう?自分事ばかりで恥ずかしくなる。


 最近、やっと大和の幸せを願うことが私の罪の償いだと思えるようになっていた。



「大和、幸せにね」



 私は涼香のラインに呟いた。見上げた夜空は流した涙でぼやけている。


 悲しい……でも、この一言で私は前を向いて歩ける。



 そう……思っていた……。



 後日、涼香は二枚の写真を送ってきた。


 一枚は幸せ一杯の大和の結婚式の写真。



「大和……やっぱりカッコイイな……次の写真は……えっ?」



 しかし、もう一枚は私にとっては忘れたい、忌まわしい過去……そう、同僚の男性との体を重ねる写真だった。


 写真添付後、涼香は一言。



『やっと捨てられたね、この浮気女』



 ここまで私は嫌われていることを知らなかった。けど、この後に送られてきた一文で涼香の本心が分かった。



『これ、私の元カレ。どうだった?気持ちよかった?私から彼氏を奪って気持ちよかった?ねえ、教えて?』



 血の気が引いていく。顔面蒼白になっているのが自分でもわかるぐらい。


 なんと私が浮気した同僚の男性の当時の恋人だったのが涼香なのだ。



『やっと大和に捨てられたね。ざまぁだよ。あんたがまだ大和に未練があるのは知っていたから。それじゃあ、お達者で浮気女のユル股ビッチさん』



 その捨て台詞以降連絡をブロックされて音信不通になった。


 興味本位で体の関係になった……それがどれだけの罪深いことだったか私はまだ知らなかったということだ……。



 涼香との一件から更に外に出るのが怖くなり引きこもり生活をしていたが、一年後に妹の旦那さんが地元に戻って活動をするということで実家に住みたいというのだ。


 両親は孫も帰ってくるので大喜びなのだが、私が邪魔であることは火を見るよりも明らか。


 母は口には出さないが居心地の悪さは感じていた。そして、自分でも分かっている、出ていかなくてはいけない。



 しかし、40歳近い女性がこれから独りで生きていくにはどうすればいいのか分からなかった。



 どこか部屋を借りて一歩も出ずに出来る仕事はないかと探すのだが特にこれといったスキルなんてないものだから仕事なんて得る事すらできない。


 そうは言ってもまだ出ていかないのだろうかと母親は無言の圧力を私に掛ける。


 そんな時に運よく住み込みでの仕事を見つける。それも家政婦サービスらしくどうやらお金持ちの家だ。家から出る必要はなく大きな家の一室で寝泊りできるのだ。


 これはチャンスと私はすぐにその仕事の面接を受けることにした。


 なんとか採用面接のときに対面する人を見て私は驚いた。


 この時に出会った奥様はひまりさんと言ってかなりの美人さん。近くで見るが本当に同年代だろうかと疑うほど若々しく見えた。そして、このひまりさんは大和の結婚式で大和の隣にいた人。


 そう、大和のお嫁さん。


 という事はここは大和の家という事になる。


 奥様と私は面識がないから知らないだろうが、大和が知ったらどう思うだろう?そんな思いを隠しながらも面接を受けた。


 家事を一通りこなして奥さんに採点してもらう。


 派遣会社などを通しているわけでもないので決定権は奥様の一任。


 その他にも面接を受けた人はいるが、どうやら採用されたのは私。後日、主人との顔合わせとして三者面談が行われた。



「き、鏡花……」



 大和は私の顔を見るや否や驚愕の表情で出迎えてくれる。



「あら、貴方の反応を見る限りもしかして、彼女が?」


「ああ、そうだ」


「そう」



 どうやら奥様に私の過去は知られていると思って間違いなさそう。ここで多分、お別れだろうなっと思ったのだけど



「それじゃあ、正式に採用させてもらいますね、鏡花さんが良いならですが」


「え?いいんですか?」



 意外な回答に私は驚いた。



「ちょっと待て、俺は……」


「いいじゃないですか、家事スキルは一番高かったんですよ」


「それは分かっている」


「あら、貴方がこの人のことを分かっているなんて、嫉妬しますよ」


「そんなことはない、俺はお前が一番だ」


「うふふ、知ってますよ」



 この一連のやり取りだけで大和が尻に敷かれているのがよくわかる。多分、奥様のひまりさんの意見が採用されるのだろうと確信した。






 それから私は二人の仲睦まじい様子を見ながら家事をすることに。2歳の男の子と生後半年の女の子の面倒を見ている。


 大和夫妻の二人目は最近生まれたばかりだった。


 それと、最初は家政婦二人体制。


 と言っても住み込みは私一人。もう一人の方は高齢の為に次の人を探していてその後釜が私という事。


 そして、家事育児をしない奥様はというと大和の仕事を手伝う重要なパートナーで既に働いていた。そのために住み込みの家政婦を雇っているとのこと。


 家事は私にとって最も得意なものなので困らなかったが育児は経験がないために先輩家政婦さんに最初は頼っていた。


 そして、三年が経ち引継ぎはもう大丈夫と言って旦那さんの待つ実家へと帰られる。


 それから私は独りで家事育児をすることに……正直、目が回るほど忙しかった。だけど、育児はやりがいがあった。男の子は大和の小さいころにそっくりで可愛くて仕方ない。


 でも、本当に困ったことは家事育児ではなく別の事だった。



「ひまり……」


「あなた……私を……めちゃくちゃにして」



 住み込みという事もあって夫婦の営みを聞いてしまう事がある。これが苦痛で仕方なかった。まだ、女を捨てていない私は好きな人が別の女性を抱いている事に嫉妬する。



「ひまり……愛してる」


「私もよ、あなた」



 かすかに聞こえてくる声に私はうずくまり両手で耳を覆いかすれた小さい声で



「やめて……大和……」



 醜い嫉妬心が私の頭をかき乱す。



 それ以降、夜の寝室には近寄らないようにしている。



 だけど、寝室を掃除する時にどうしても匂いが気になってしまう。大和の匂いに耐えれず私は何度か泣いてしまった。


 どうして私じゃないのだろう……自業自得……ですよね。



 それに、大和はまだ私の事を許せない感じで時々棘のある言葉が降りかかる。


 ある日、寝室でベッドメイクをしていると



「なんだ、こんなところにいたのか」


「はい、すみません。すぐに支度しますのでそのままでしばらくお待ちください」


「いや、すまないが二人きりで一緒の部屋に居たくない。完了したら携帯で連絡をしてくれ」


「……は、はい」



 こんな感じに距離を取る大和。そこにすぐさま駆け寄って私に助け舟を出してくれるひまりさん。



「もう、そんなにも邪険にしないで、一緒に生活してる人なんですから」


「まあ、ひまりがいいなら俺は構わないが」



 大和の横暴な振る舞いを奥様のひまりさんは咎めてくれる。いつでも私のことを庇ってくれる心強い存在。



「あ、ありがとうございます」


「もう少し時間が掛かりそうだから大和と向こうの部屋に行ってるね」


「わ、わかりました。すぐに終わらせます」


「お願いします」



 そのまま大和の腕を組んで出ていくひまりさん。こんなことを繰り返していくうちに私は大和の伴侶が奥様のひまりさんであることに納得し始めていた。



「敵わない……な」



 少し涙目になりながらその後も作業を続ける。それだけが私の唯一出来る事なのだから。





 それから大和の子供たちが成人して巣立つほどの月日が流れた。





 私は結婚などはせずに大和の家の住み込み家政婦として生活をし続けた。


 バカな女はたった一人の男を忘れられない。


 それに大和の世話をしているだけで幸せだった。私に振り向いてくれることはないのは分かっている。報われないことも知っている。それでも、離れられないバカな女。


 そのことに奥様のひまりさんも気が付いていた。だからこそ奥様のひまりさんは何度か見合いの話を持ってきてくれた……が全てお断りした。


 お見合いを初めて持ってきてくれた時でも私は既に50歳を過ぎていたのでもう女として生きる気はなくなっていた。それにほとんどが還暦を過ぎた男性ばかりで後は老後の面倒を見なくてはいけないことが目に見えているので、それなら独身の方がましである。


 まあ、今となっては私も還暦を超えていて、このまま大和とひまりさんの二人の面倒を一生見ている方が余程有意義だと感じている。



 そんなことを思っていたのだが、ひまりさんが床に伏せってしまう。大和の秘書として伴侶として懸命に一人の男性を支えてきたひまりさんに無理が来てしまった。


 先日、余命宣告までされてしまった。末期がんだった。


 大和はやせ細っていくひまりさんの手を握り毎日祈っていた。私も今まで良くしてもらったことを考えると胸いっぱいの思い出が溢れ出してくる。



「あなた……鏡花さんと二人きりでお話させてもらえない?」


「俺がいたらダメなのか?」


「ええ、ガールズトークよ」


「……わかった」



 弱り切ったひまりさんの頼みとあればと大和は席を外す。



「奥様……ガールズトークですか?」


「そうなの、可愛い話ではないけど……あなたに謝りたいの」


「謝る?奥様が私にですか?」


「……鏡花さんの人生を潰したのはこの性悪女なの」


「えっ?」



 この時のひまりさんの話は信じ難いものだった。なんと同僚の男性が浮気写真をばら撒いた時、その行為をそそのかしたのはひまりさんだったのだ。


 更に、涼香に情報を提供したのもひまりさんという事だ。


「ごめんなさい、私……鏡花さんが憎かったの。最初は浮気なんてやる女は地獄に落ちろって思いながらも軽い気持ち。でも、その後の大和の反応を見て本当に地獄に落としたくなった」



 いつも優しいひまりさんが目の前にいるはずなのに、いつも通りに私に接してくれる態度のひまりさんなのに……喋っている内容と喋っている人の容姿がまったく嚙み合わない。



「本当に鏡花さんが憎いわ。あの人の中にはずっと鏡花さんがいるの。インターホンを鳴らしても出ないように引き留めた。謝罪なんてさせてあげない。もう会わせたくない。私の大和をこれ以上傷つけるわけにはいかない」


「奥様……」



 何か作り話でもしているかのような錯覚に陥ってしまう。



「鏡花さんを許せないのは何年経っても変わらない。10年以上経ってもあなたが立ち直って仕事しようとしていた時に思いついたの。好きな人が別の人と幸せに生活している様子を見せつけようと」


「う、うそ……ですよね」



 信頼に値する人、私の事を気にかけていつも優しくしてくれた人。その人から向けられる憎悪の感情に私はその場で立つことが出来ないほど腰が抜けてしまった。



 ペタンと座り込むと白い床の冷たさが体の芯を冷やしていく。



 ベッドから見下ろすひまりさんはそんな私に容赦なく冷たい視線を送ったまま話をつづけた。



「本当の事よ。でもね、鏡花さんが我が家に来て私たちの幸せを見せつけているというのに私は次第に後悔することになった。だって鏡花さんが作った料理をあの人は美味しそうに食べるの。鏡花さんが来てからあの人は笑顔が増えていった。本当に許せない」


「……」



 最後にキッっと睨む、しかし、次の瞬間に顔面蒼白な私に笑顔を向けるひまりさん。



「それでね、こんな私なんだけど、お願いがあるの」



 先ほどまでとは真逆の穏やかな顔、私が知っているひまりさんの顔になっていた。でも、先ほどまでの会話の内容から察するに……



「そ、それは……出ていけということでしょうか?」


「いいえ、逆よ。勝手ながら大和と最後までいてあげて欲しいの」


「そ、それはどういうことでしょうか?」


「そのままよ、あの人ね、意外ともろい人なの。私がいなくなったら絶対に誰か支えてあげないと壊れちゃう。だからそれを鏡花さんにお願いします」



 ひまりさんは頭を深々と下げてくる。


 私はどうすればいいのか分からなかった。現状を飲み込めない。態度がコロコロと変わるひまりさんについていけていない。



「これ以上、私は鏡花さんとの話はないわ。それに時間がないの……鏡花さん、悪いんだけどあの人を呼んできてくれない?」



 その言葉がひまりさんの最後の言葉だった。




 翌日、大和と子供、孫に見守られながらひまりさんは旅立つ。




 その後、葬儀の準備などに追われて私は悲しむ暇がなかった。


 ひまりさんの初盆を迎えるころには平穏が戻ると同時に日常生活の中で考えることはひまりさんのことばかりだった。


 ひまりさんは最後になぜあのような話をしたのだろう?贖罪のつもりなのだろうか?それとも作り話?ただ、大和を最後まで面倒みるのはひまりさんに言われなくてもそのつもりでいる。


 だって、ひまりさんの話を聞いていたら大和の事を放っておけない……ん?もしかして、私を奮い立たせるためにひまりさんはあの話をした……?


 真意はもう分からない。でも、ひまりさんに騙されたとしても大和の面倒は私が見る。


 良し!と少し痛む腰を庇いながらガッツポーズを取っていると大和に声を掛けられた。



「鏡花、ちょっといいか?」


「はい、なんでしょう」


「その……なんだ……ひまりからのお願いなんだが……いや、今更ってのもあってな」


「どうなされました?」



 何故か大和は口ごもって会話が成り立たない。起業してからというもの大和ははっきりと物事を口に出す。誤解があってはいけないからとあまり濁した会話や物言いをしてこなかった。でも、急にどうしたんだろう?ひまりさんに何を言われたの?



「なあ、鏡花……俺の事、どう思う?」


「えっ?どう……というのは、どういうことでしょうか?」


「こんな死にかけのジジイで寡男だけど」


「……あ、あの私でも良いのでしょうか?」


「……鏡花がいいんだ」



 その言葉に私は心がざわつき平常心でいられなくなった。とっくに干上がったはずなのにまた降りてくるんじゃないかと言うほど感情が揺さぶられる。


 嬉しいというよりも空っぽの容器という私が満たされていく感じ。


 声がうまく出せない。私の体と感情がまるで別人のようにかけ離れていた。それでも何とか大和の問いに答えるために私は



「不束者ですがよろしくお願いします」



 その夜、大和と同じベッドで寝た。もう子作りなんてするような歳ではない。だけど、彼の温もりを感じながら寝るのは天にも昇る心地良さがある。


 私は幸せだった。40年もこの温もりを待っていた。だけど、それは3か月で終わりを迎えた。



「大和……大和……」


「なあ鏡花、あの時、俺が許していたら違う人生になっていたんだよな」


「ごめんなさい、私のせいでごめんなさい」



 40年以上経っても無くならない傷……そう、私よりも大和の傷は深く治ってもその痕はもう消えないのだろう。浮気はした方よりされた方が傷つく。そして、もう他界してしまった父曰く、愛情の深さが傷の深さになる。



「鏡花、俺……お前の人生をダメにしたのか?」


「ううん、違うよ大和。私は幸せだよ」


「ひまりのこと聞いたんだけど、出ていきたいと思わなかったのか?」


「絶対にそんなことない。大和とひまりさんの傍が私の居場所なの」


「……なあ、鏡花」


「ん?」


「俺、お前の事、ずっと好きだったんだ」


「……ありがとう、大和……その言葉だけで私の人生は幸せだよ」


「なんだろう、やっと言えた。あの時、言えなかった。拒否されたらって思うと怖くなって自分で拒絶してしまった。でも、好きな人に想いを伝えてスッキリしたよ。どうしてだろう……眠くなってきたよ」


「大和……やま……と……私もずっと愛していました」



 大和の手を握っていたが、私の言葉を聞いてすぐに大和の手が急に重たくなる。すぐにナースコールにて応援を呼ぶが、翌週、大和は帰らぬ人になった。


 やっと大和と幸せになれたと思っていたが……わずか3か月という大和との生活が幕を閉じた。



 結局籍を入れる前に大和は私の前から消えひまりさんの処へ行った。どうやら私と大和の相性は良くないのだろう。



 ……違うかな。



 裏切った罰なのだろう。



 でも、最後は大和に許してもらえた……もう、十分だよね。



 その後、私は大和の後を追う事にした。

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浮気した女は捨てられ地獄を味わう。浮気した女はいつ許してもらえますか? バカヤロウ @Greenonion

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