お城の中の象さんは

えりぞ

お城の中の象さんは普賢菩薩を乗せた象

 お城のなかに、象さんがいます。むかしむかし、お殿様のために、象さんは南の国から船で運ばれてきました。象さんは船が苦手でした。ゲーゲー吐きながら、何日も何日もドンブラ、ドンブラ揺られて、この国にやってきたのです。陸地にドスンと足を下ろしたとき、象さんは安堵しました。


 それから、象さんは国の端から、お殿様の住むお城まで旅をしました。街道は人であふれかえり、象さんは恥ずかしくなって大きな体を小さくするようモジモジしながら歩きました。大きな湖、大きな川、象さんはのしのし歩き、お城に着いたのです。


 象さんはお殿様に会いました。謁見のために称号も与えられました。「象は天竺では普賢菩薩を乗せていた」と言われました。象さんは葉っぱを食べていただけです。ある日、人に捕まって、木を載せて運ばされていたのです。それから売られて、この国にきました。


 それからずっと、石でできたお城の中に象さんは居ます。太陽を浴びない象さんは、だんだんと白くなってきました。象さんは外で働かされるより、コッチの方が良いやと思いました。でもだんだんと痩せて、疲れやすくなってきました。


 ずっと、象さんはお城の中にいます。お殿様は飽きて見に来なくなりました。知らぬ間に新しいお殿様に代わりました。新しいお殿様も死にました。次のお殿様は戦争に負けました。お城はお城ではなくなり、公園になりました。白い象さんはまだずっと居ます。ずっとひとりです。


 象さんは歳をとりました。公園に背負われた人間の赤ん坊が来て、21歳でデートしに来て、そのうち子どもを連れてくるようになりました。彼は赤ん坊のときに象さんを見たことを覚えていません。ずっとずっと前から象さんがいることを、知りません。


 白い象さんはおばあちゃんになりました。でもひとりだから、そのことも知りません。だんだんと食べる量も減って来ました。「死にたい」と呟くようになりました。ある日の夜、象さんは膝をつき、横になってそのまま、立ち上がりませんでした。いろんな名前で象さんは呼ばれました。目が濁って痩せた、白くとても美しい象さんでした。もう誰も覚えていません。


 象さんは普賢菩薩に会えたのでしょうか。阿弥陀如来に救われたのでしょうか。全部嘘だったのでしょうか。誰も知りません。

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お城の中の象さんは えりぞ @erizomu

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