第3話 ファンとして俺は

「……だけど、お前の好意は受け取れない」


 俺は静かに言った。

 彼女を傷付けないように、優しく。

 だが


「あっ、とりあえず台所借りていいですか」

「話聞いてるか?」


 紺は手を洗い始めた。

 確かに外から帰ったら大事だが、調子狂うな……。


「聞いてますよ、なんでですか?」


 さも世間話でもしに来たかのように尋ねる。

 分かってる。彼女はアンチコメすらスルー出来る猛者だ。

 その辺のヘラりやすいVtuberとは格が違う。

 だから言ってやった。


「……俺は、豚だから」

「豚さんですか……?」


 紺はポカンとしていた。


「え、どこが豚さんなんですか? 全然太ってもないし、見た目だってそんなに悪くないし、むしろ渋い感じが……えへへ……」


 話しているうちにオレンジスパチャが飛んできたかのような顔になっていく。

 分からないのか?

 こんなにオタクを食い物にしておいて……仕方ない、言ってやろう。


「俺はお前の配信を観ながらいつもブヒブヒ言っているからだ」

「ご視聴ありがとうございますっ♪」

「そうじゃない、聞け」


 お前は誰にでもお礼を言うコンビニ店員か。


「まず気持ち悪いだろう」

「いいえ、愛情表現だと思って受け取ってます」

「それに恩返しをされるほど大したことをしていない」

「だからさっき言ったじゃないですか、私はそれに救われたんだって」


 これで納得してくれないのか。

 そうか……あんまり言いたくなかったのだけど。


「……お前の一人のファンとして、接点を持っちゃいけないんだ」

「へ……?」


 俺と紺の間で考えの違いがあるのか。

 いや、彼女だって分かっているハズだ。

 配信業をやっているからこそ、やってはいけないことを。


「Vtuberってのはアイドルなんだよ、異性と関わることで発狂するファンがいる。だから交友関係には気を付けないといけないものだろ?」

「……そう、ですね」

「お前も知ってると思うけど、そういう奴らがSNSとかで叩いたりすんのは日常茶飯事だし、事務所によっては炎上しただけで即解雇になることもある。俺みたいなのが関わってみろ、きっと酷いことになるぞ」


 ちょっと言い過ぎたか。

 紺はしゅんとした様子だった。


「それは……嫌です」


 そりゃそうだ。

 俺の言う通りなら、この子は今すぐにでも事務所を辞めさせられるかもしれないし、下手すれば犯罪に巻き込まれてしまう可能性だってある。

 紺の方が俺よりも理解しているハズだ。


「お前にも立場や生活があるだろ、だからもう関わらない方がいい」


 俺は諭すように言った。

 すると彼女は自分の手をいじり始める。

 一体何なんだ……。


「あのー、豚さん」

「……何だよ、急に失礼だな」


 まぁ、俺が言い出した事だけど。

 すると、潤んだ瞳と上目遣いで尋ねてきた。


「私のこと、嫌いになりました……?」

「……!?」


 ……うっ。強烈な美少女の波動を感じる。

 しかも、声がASMR並みの耳障りの良さ。

 可愛い女にこれをされて弱くならない男がいるのだろうか。


「いや、別に嫌いになった覚えはないんだが」

「イヤらしいことを考えて私に近付こうとしませんよね?」

「あ、当たり前だろ!」


 こいつ、何を考えてやがるんだ?

 突然俺を誘惑してきやがって……。


「私シューチさんに、恩を感じているんです……」

「そ、そっか、ありがとな」

「だからこれを機に何かしたいと思っているんです」

「む、無理だと思うぞ……?」

「どうしてですか?」

「お、お前は俺のことを何も知らないだろ……」


 甘くてねっとりするような声に狼狽うろたえてしまう。

 そして、彼女は迫ってきた。


「確かにまだ知り合って日は浅いかもしれません。でも、貴方は本当に私のことをちゃんと考えてくれる人だってことくらいは、分かりましたから……!」

「え……」


 女の子にここまで言われたことは初めてだった。

 思わず言葉を失ってしまう。


「シューチさんの手紙を読んで安心する。声を聞いてると落ち着く。自分が落ち込んで立ち直れない時、シューチさんのことを考えたら……私はいてもたってもいられなくて……っ!」


 俺はなんて言えばいいだろうか。

 予習した所で正しい答えを出せるだろうか。

 いや、そんなことはない。

 だっておかしいのだ、こんな30過ぎのオッサンに美少女がおしかけてくること自体、夢オチでもない限り有り得ない。

 つまり、これは現実なのだ。

 俺は今、目の前にいる少女の好意を受けている。


「ごめんなさい、急にこんなことを言われても困りますよね……っ」


 彼女は申し訳なさそうにしている。

 違う、謝るのは俺の方なのに。

 悩んでいたところ、救いの音が鳴った。


「あっ」


 ぐぅぅぅぅ……。

 俺の腹の音が鳴ってしまった、しかも盛大に。


「ふ、ふふっ、あははっ……」


 恥ずかしい。

 まさかこんなタイミングでお腹が鳴るとは思わなかった。


「笑わないでくれ」

「すみません、なんか気が抜けちゃいました」


 そう言って、紺はクスリと笑う。


「そうだ、ご飯作ります。一緒に食べましょう♪」

「え、おい」


 止める間もなく台所に向かってしまった。

 まぁ、どうせ断っても聞かないのだろうけど。


「じゃあ、待っていて下さいね」

「……おう」


 俺は彼女の後ろ姿を見送るしかなかった。




——————————————―――――――――――



読者の皆様、読んで頂きありがとうございます。

早速ブクマと評価まで頂きびっくりしました。


ぼちぼちと書いていこうと思いますので、更新を愉しんで頂ければと思います。

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