第2話 もしかしてストーカー?

 俺、菊川周知(きくかわしゅうち)は豚である。

 生物上の豚というワケではないが、豚と言っても過言ではない。

 Vtuberを推すことを趣味としている俺は、とんでもなく気持ち悪い自覚があるからだ。


 分かっている。

 ブヒブヒと推しの尊さに鼻息荒くしながら、その配信を眺める姿はとてもじゃないが観ていられない。


 だから、こんな美少女が家に押しかけてくるという事実を、俺は受け入れられていなかった。


「貴方が菊川周知さんですよねっ♪」

「あのさ、なんで俺のこと知ってんの……?」


 非情に怖い。

 フルネームだけでなく、住所という個人情報まで知っているのだぞ?

 そんな女が突然現れたら、誰だって怖くなるだろう。


「だって私は絹川コンだからですっ!」

「な……に……?」


 言われてみれば、確かに聞き覚えのある声だ。

 しかも、スタイルもカード開封という名の実写配信(顔は映さない)で見たまんまである。いや、だからといって本物なのか?


「あの、上がってもいいですか? ちょっと荷物が重たくて……」

「え、あ、はい……」


 よくわからないまま彼女を家に入れる。


 下心はないぞ。

 ただ腕をぷるぷる震わせている彼女を見て、見捨てるのは忍びないと思っただけだからな。

 とりあえずリビングへと案内すると、彼女が持っていたダンボールを置いた。


「これはなんだ?」

「お届け物ですよー! じゃじゃんっ!」


 彼女は勢い良く箱を開けると、そこには大量の野菜が入っていた。

 それはもう、ぎゅうぎゅうに詰め込まれている。


「おぉ……すげぇ量だな……」

「ふふんっ! どうですか? 凄いでしょうっ!」


 そう言ってドヤ顔をする彼女だが、正直ドン引きである。

 何この子、めっちゃ怖いんだけど……。


「えっと、これで俺を殺す気か……?」

「そんなことあるわけないじゃないですかっ!? 私は貴方に恩返しをしたくてやってきたんですよっ!」


 野菜を運んできた少女は言った。

 自分が誰かのために何かをしてあげたいという強い思いが伝わってくる。

 だが、俺は真っ直ぐに受け取れなかった。


「名前も素性も分からない奴から受け取れるわけないだろう」


 すると、彼女は驚くようなことを告げた。


「わ、私は榛原紺(はいばらこん)っていいます! 歳は19歳で、実家は〇岡にあって——」

「おーいおいおいおい! 個人情報をバラまいていくのはやめろ!?」


 紺ちゃんとやらの口を塞いだ。

 当然だが、見ていられなかった。


「どうしてですか、シューチさんっ!」

「ダメなものはダメなんだよ。ほら、わかったなら帰ってくれよ……」

「嫌です! 私はここで恩返しをするんです!」

「お前、馬鹿だろ!?」

「バカじゃなきゃ配信なんてリスクが高くて将来性があるかどうかも分からない危なっかしい仕事なんかしてませんよっ!」

「そういうこと言ってるんじゃねえよ!?」


 本気で心配になるレベルだった。

 こんなにも無防備だと、いつか大変な目に遭うんじゃないかと思う。

 しかし、彼女は一歩たりとも引かなかった。


「大丈夫ですっ! 私のことは信用してくださっても構いません!」

「こんなストーカーじみた事を受けて信用できるわけねぇだろうがっ!?」


 だが、彼女の口振りからは自信のようなものが感じられた。

 一体どこからその自信が来るのか、不思議で仕方がない。


「私に任せてくださいっ! 絶対に損させませんからっ!」

「……」


 俺はしばらく黙り込んだ後、ため息をつくように答えた。


「はぁ〜……分かったよ。そこまで言うなら聞きたい事がある」

「はい、なんでしょう?」


 自分の正体を明かしてこんな変な男の元に来るのだ。

 行動自体はリスキーだが、その覚悟だけは受け取ろうと思ってしまった。


「お前は本当に絹川コンなのか?」

「はい、そうですよ」

「それを証明するものはあるのか?」

「ありますよ」

「へぇ、どんなものだ?」

「これですね」


 彼女はスマホを取り出すと、俺に見せてきた。

 そこに映っているのは間違いなくコンちゃんの配信マイページである。


「本当だ……お前が絹川コンなのか……」

「そうですよシューチさんっ♪」


 相変わらず可愛い声だ。実在すると分かっていても頭が追いつかない。

 だけど、聞いておかなければならない事がある。


「……それで、恩返しってどういうことなんだ?」


 すると、真剣な眼差しで言うのだ。


「お米10kg……覚えてますか。貴方からの初めての仕送りです」


 この時点でツッコミたくなる発言だが、まぁ聞こう。


「私の家って本当に貧乏で……冗談やネタではなく生活に困っていたんです。でも、視聴者の皆は笑ってくれたし、きっと本気にしてないだろうなって思っていました」

「……」

「でも、貴方だけは違いましたよね。本気で食料を贈ってくれて……だから、あの時はとても嬉しかったです。今の私があるのはこの人のおかげだ、感謝してもしきれない! だから、今度は私が助ける番なんです」


 だが、俺は言い返す。


「いや、待てよ。俺が送ったのは食料だけだぞ?」

「ふっ、甘いですよシューチさん。貴方の仕送りのおかげで私の下積み時代を乗り切れたのです。お米10㎏なんて工夫さえすれば半年は持ちますからねっ!」


 ……あぁ、この語りは本当に絹川コンだ。

 次に来るのはこれだろう。


「——そこら辺の草を摘めばオカズとして使えますからねっ!」


 何度も聞いた自虐ネタ。

 過酷な状況でも笑って過ごす紺のメンタルは、道端に生えた雑草並みだ。

 だからこそ、俺は感極まってしまった。


「そうか、お前が本当にコンちゃんなのか……」

「よかった信じてくれたんですねっ」


 そうだ、俺の大好きなコンちゃんなのだ。

 コンちゃんは今日も可愛い。皆のアイドルである。


 だからこそ、俺は言ってしまうのだ。


「……だけど、お前の好意は受け取れない」

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