第4話

もう二週間になる。結局瀬川はあれから学校に来ていない。

いくつかの科目の試験は授業中に既に終わっており、大学は試験期間に入っている。

去年までなら鬼電させてまでも試験だけは受けていたが今の瀬川に当然そこまでのモチベーションはない。「それでも卒業だけでもしたほうがいいぞ」そう言ってやりたいが果たしてこれが有効な意見なのか。同じ学生の自分に言われたところで聞き流して終わりであろう。少なくとも俺ならそうする。


試験期間の変則な日程を終えると学部事務室へと向かう。

「はぁ」思わず重いため息が漏れてしまう。ベンチも窓口にも人、人、人。想像以上に混んでいる。

最初は理由がわからないでいたが並んでいるうちに学生と事務員から聞こえてくる会話で少しずつわかってきた。

「すいません殿岡教授の連絡先を聞きたいのですが」

「申し訳ないけど教授の連絡先はプライベートな事柄ですのでお教えできないです」

今日だけで何度も行われたやり取りなのだろう。事務員の態度は疲労からか冷ややかなものだった。

それを聞いて自分の前で整理券を受け取っていた学生が落胆や怒りを顔に表しながら退席していった。

どうやら試験が救済措置をもらいに来たのであろう。試験期間中はほとんどの教授は学校に来ていない。

実はシラバスに連絡先が乗っていることがあるのだが見知らぬ落第生に教える義理も無い。


「すいません学生証をなくしてしまって再発行をお願いします」

千円払ってよくわからない機械で発行した書類を提出する。

「はい瀬川さんですね、では確認しますので少々お待ちください」

学籍番号は自分と下一桁が数個違うだけなので知ってるが住所と連絡先は分からないのでデタラメなものを並べた。

「瀬川さんですよね? あの……ですね、自主退学となっているのですが。ご本人で間違いないですか?」

事務員が手を止め訝しんだ目でこちらを窺っている。

「あれおかしいな、ちょっと確認してくるので待っててください」

そういうと足早に事務室の外に出て急いでスマホを取り出す。

もちろん誰かに連絡するためではない。思った通り退学してもすぐに学生の情報を削除したりしなかった。窓口からちらっと見えたパソコンには瀬川の個人情報が確認できた。

この際電話番号は必要ない、そもそも覚えられない。

だが現住所は番地は怪しいが大まかな位置だけは覚えることが出来た。


事務室に戻って言い訳しようかと思ったがほとんど顔を見ないで対応する事務員だったことだしこのまま逃げることにした。

仮に顔をしっかり見られたところで千人以上在籍する学生の中から自分を見つけ出せるともその努力をするとも思えない。きっと上司に報告したところで以後注意程度だろうしそう思い込むことにする。


「こんなことさせるのもお前のせいだからな」

今日二週間ぶりに瀬川から来た連絡は「大学辞める」とだけあった。こちらからどれだけ理由をただしても返信は一切ない。「的場という男を殺したのはおまえなのか?」そう打ち込んで送ろうかと思ったがギリギリのところで踏みとどまった。

瀬川と共にいた的場という男の死、その後大学を辞めるとなると疑うなというほうが無理だ。

でもなぜ俺はこんな警察や探偵のようなまねごとをするんだろうか?

単なる好奇心だろうか、それとも自分で思っている以上に瀬川に対して思うところがったのだろうか。

試験用の勉強道具の入ったカバンが肩に痛く食い込む。

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