第35話 休みあけて一波乱

 3日間の休養を経て、リナニエラは学園へと復帰した。教室に入ると、まず中にいた生徒の視線が集中してきた。


「あー」


 彼らの視線の意味が分かって、リナニエラは遠い目をする。

 トープと空を飛んだあの日、初めての空中散歩を堪能して(もちろん屋敷の上空からは出ていない)戻って来たリナニエラを待っていたのは、先ほど王城へ戻ったエドムントだった。彼は、ものすごい顔をしてリナニエラを見つめていた。


「リナニエラ……」


 地を這うような低い声で名前を呼ばれて、リナニエラはビクリと肩を震わせる。そして、その後みっちりとエドムントからの説教が行われた。

 父の話曰く、リナニエラが自宅の上空だから大丈夫と思ってトープと飛び上がったそれを、王城下の住民が見つけてパニックになったそうだ。すわ、ドラゴンが攻めてきただの、オースティン家の上空にいるから、屋敷が襲われただの大騒ぎになったらしい。王城にも勿論その情報が飛び込んできてエドムントは王城にやって来た直後とんぼ返りをして、こちらに戻って来たという話だった。

 頭痛を堪えるような顔をして、話すエドムントに、リナニエラは小さくなるほかなくて彼の小言を『はい、はい』と聞くだけだった。


 彼らの視線で、先日の出来事が思い出されてリナニエラは大きくため息をついた。そして、肩を落とす。


「災難だったわね。学園でも大騒ぎでしたわよ」


 クスクスと笑いながら声をかけてくるチェーリアを見てリナニエラは苦笑いをする。後ろを見れば、ステラが心配そうにこちらを見つめていた。


「チェーリア、ステラ様」


『おはようございます』と声を掛ければチェ―リアは笑いながらうなずくと、背後のステラに目をやった。ステラは自身の薄い茶色をした髪の毛に手をやった後、『おはようございます』とリナニエラに返して来た。


「それにしても、三日もお休みだなんて心配していましたのよ?」


 クスクスと笑いながら続いたチェーリアの言葉に、リナニエラは苦笑する。


「実は、自宅で魔力枯渇を起こして倒れてしまったから、休養のために休めと父から話がありまして」

「で、その間に騒ぎを起こしたと……」


 訳を離したリナニエラに突っ込みを入れるチェーリアの言葉に、リナニエラは無言で頷いた。うなずいたのと同時に、エドムントのキツイ叱責が頭に浮かんでリナに得rあは渋い顔をした。貴族子女としてあるまじき顔をしている自覚はあるのだが、今はそれに構っている余裕はなかった。


「うわ、顔しわしわだよ……」


 どこかの名探偵電気ネズミのような事を言われて、リナニエラの気持ちは渋い物になる。救いを求めるようにチェーリアの隣に立つステラを見れば彼女はふわふわとした笑みを浮かべているだけだ。


「でも、一体どうしたのですか? 三日間もお休みをなさるだなんて……」


 話題を変えるようにステラが話しかけてくるのに、リナニエラは苦笑いをすると口を開いた。


「実は……、お休みをした前日に魔力切れを起こして倒れてしまって……」


「まあ!」「えっ?!」

 

 この年齢になって、魔力切れを起こすというのは流石に恥ずかしすぎて、言葉に詰まる。普通、リナニエラ位の年齢になると、魔力の増加量も落ち着き、自分の魔力操作も随分安定しているせいか、目の前の二人は一体どんな反応なのだろうとおそるおそる顔を見れば、想像通りチェーリアは肩を震わせて笑っているし、ステラは目を丸くしている。それはそうだろう。自分だって他の人からこの話をされたら、驚く事が簡単に想像ができたからだ。


「全く……、三日も休んだと聞いたから何があったかと思っていれば――」


 チェ―リはまだ肩を震わせながらもそう言うと、リナニエラに笑って見せた。

 ステラの方は、信じられないというような顔をしながらリナニエラの顔をまじまじと見た後、何故か納得したように頷いた。


「そう言えば、先日よりも魔力が上がっているように感じます」

「え?」


 予想外のステラの言葉に、リナニエラは目を丸くした。ぱちぱちと目をしばたかせていれば、チェーリアが『ああ』と納得したような顔をして、説明を始める。


「リナニエラが学園を休んでいた時に魔法学総論の授業があってその際に、魔力の精密鑑定があったの。その際に、スキルも鑑定してもらえてね」

「ほほう」


『精密鑑定』という言葉を聞いて、リナニエラはピクリと肩を揺らした。魔力鑑定は先日自宅でも行ったが、スキルの鑑定は無かったのだ。それなのに、授業ではスキルの鑑定までできたというのだ。なにそれ! やりたい。


「あ、あの……」


 目がらんらんと輝いてでもいたのだろうか、ステラが少し怯えた様子で自分に声をかけてくる。それを聞いてリナニエラは我に返ると笑顔を取り繕った。


「それで、スキル鑑定はどうでしたの?」


 さっきまでの餌をつられていた犬のような態度から言ってみても全く説得力がないと思っていたのだが、自分の言葉は、チェーリアとステラの気を逸らす事には成功したようだ。


「それが、ステラ様は鑑定のスキルを持っていらしたの」

「鑑定スキルですか?!」


 リナニエラがじっとステラを見れば彼は照れた方に顔をほころばせる。それにつられるようにリナニエラもほっこりとした気分になった。


「ええ、父が商売を手掛けているので、手助けできるスキルが手に入って正直嬉しいです」


 そう言う彼女は表情を真顔に戻した。恐らく、彼女は実家の稼業を手伝う気持ちでいるのだろう。


「で、あなたに教授から伝言。学校に出てきたら一度研究室まで来るようにって伝言を預かっているわ」


 チェーリアの言葉に、リナニエラは目をしばたかせた。今の話の流れで行けば、きっと話の内容はリナニエラの魔力鑑定をすると言う事だろう。正直、自分のスキルには興味がある。緊張や不安よりはわくわくとした気持ちの方が上回ってしまって、リナニエラは頷いた。



「失礼します」


 午前の授業が終了して、午後の授業が始まるまでの間、この時間は一時間近い時間がとられているので、早々に昼食を終えたリナニエラは、朝、チェーリアとステラから聞いた魔法学総論の教授の研究室のドアを叩いた。一応、授業が始まる前にアポイントはとってあったから、ノックをした後中から『どうぞ』と返す声が聞こえた。それを聞いてから、リナニエラがドアを開くと頭を下げる。


 魔法学総論の教授は五十代位の深い緑色の髪を持った女性だ。眼鏡をかけていて見た目は温和な人のように思えた。


「オースティンさん。今日はすみませんね」


 にっこりと笑った教授はそう言うと、リナニエラに研究室の中にあるソファへ腰かけるように促す。それに礼をして、リナニエラが腰を下ろせば彼女は自分の机の上から水晶にプレートが付いているというどこかで見覚えのあるような機械を出して来る。


『来た!』


 内心ワクワクしながら、リナニエラはじっと教師が出した機械を見つめた。見覚えのあるその機会は先日父であるエドムントが出して来た機械によく似ている。少し違うのはプレートに備え付けられている水晶玉の色が水色か紫と違う位だろうか。そんな事を考えながら、リナニエラはじっと鑑定する機械を観察する。


「オースティンさんは授業をお休みされていたから知らないと思うのですけれども、これは魔力の方向性やスキルを鑑定する道具です。魔力の詳細を鑑定する物とは少し違うのですよ」

「――、そうなのですか……」


 心の中では完全に身を乗り出している状態なのだが、それを見せる訳にはいかない。侯爵家の娘としての体裁を保ちつつリナニエラは静かにその道具を見つめるふりをした。そんなリナニエラの様子も気にならない教授はにこにことしながら、自らのテーブルからバインダーに押さえつけられた紙を取り出した。


「後、魔力を測定していないのはオースティンさんだけなのよ。ほら、演習があるでしょ? その前にもう一度魔力とスキルを測定したくて――」

「あー」

 

 不意にリナニエラの頭の中に、先日班分けされた表が浮かんで来る。最近色々な出来事があってすっかり忘れていたが、そういえば自分はジェラルド王子と同じ班だった。ついでに言うと、乙女ゲームの攻略対象メインキャラと、ヒロインもだ。


『あー、嫌になって来た……』


 絶対厄介事しか起こらない想像しかできない状況に段々気分が落ち込んでくるのを感じながらリナニエラは虚無顔になる。その様子を見て、教授の方も何かを感じ取ったのだろう。慰めるように肩を叩かれた。


「あなたも……、苦労しているのね」

「……、ありがとうございます」


 優しい言葉に涙が出そうになるのを堪えながら、リナニエラは教授に向かって礼の言葉を口にした。


「それじゃあ、調べてみましょうか?」


 場面転換とでもいうのだろうか、ことさら明るい声でそう言われてリナニエラはうなずくとそのまま水晶に手をかざした。


『魔力量では無くて、魔法の方向性と、スキルか……』


 先日の結果を思い出しながらリナニエラは緊張しながら水晶へと魔力を流し込む。入学の時に魔力検査をした時よりも魔力量が多くなっているのは分かっているので、無茶をしないようにゆっくりと流し込む。ゆるゆると魔力を流し込んでいる間に、段々と手をかざしている水晶が明るくなっていくのが分かった。色々な色が輝き、そしてその光が目まぐるしく動く。


「まあ!」


 自分に魔力検査を受けるように言った教授が驚いた声を上げるけれども、魔力を検査している当の本人であるリナニエラからは何が何だかわからない。恐らく、このプレート部分に結果が表示されるはずだ。そんな事を考えて居れば、水晶部分の光を放っていたのが、小さくなっていった。恐らくこの後、このプレート部分に結果が表示されるのだろう。そんな事を考えながら目を落とせば、リナニエラの予想通り、プレート部分には、少し前に見た者と同じような図形やグラフが表示されていた。だが、自分の記憶にある結果とは少し違う。やはり、表示される種類が違うのだとこの時点でもわかった。

 暫くすれば、機会が振動をして先日見たステータスカードと同じような物を吐き出した。それを手を取ると、リナニエラは教授に向かってそれを渡す。


「こんな物が出ました」


 そう言って渡せば彼女はそれこそ穴があく位の勢いでカードをみる。


「あらあら、まあまあ」


 何が『あらあら、まあまあ』なのかさっぱり分からずにリナニエラは少し興奮気味の教授を見つめていれば彼女はコホンと咳払いをした後、プレートの脇にあるボタンを押した。そうすれば、A4サイズ程度の紙が出てきた。


「じゃあ説明してくわね」


 そう言うと、教授は先ほど出した紙(カードと同じものが書かれている。サイズがそのまま拡大された物だから目に優しいと思ったのは内緒だ)を指さしながらリナニエラに説明を始めた。


「まずここが、貴女の魔法の方向性ね。攻撃なのか、防御なんか補助なのかが分かるわ」


 そう言って刺されたのは丸が描かれている所に、線が引かれている。その線上にt点があり、そこから横の点へと線が繋がれていた。それが図形を形どっている。恐らくひかれた線が、魔法の方向性を表す項目。点が値なのだろう。昔見たグラフチャートのようなものだ。そんな事を考えながらリナニエラは見た。


『えーっと、私は攻撃寄りのオールラウンダーってところかしらね――』


 自分の描かれた図形を見てリナニエラは客観的に判断する。教授の話もおおむねそんな物で、自分の考えが間違っていなかった事にほっとした。そのまま項目を読み進めていけば、そこに書かれているのは魔法発動までの時間なども書かれていて、なかなかに面白い内容だった。

 そして、リナニエラはスキルの場所に目を落とす。ここにステラは鑑定の文字があったのだと聞いている自分は一体どんな事が書かれているのだろうか。

 ドキドキしながら、リナニエラはスキルの項目に目を落とす。だが


「あ……れ?」


 思わず声が漏れた。リナニエラのスキルの部分に書かれていたのは、『鑑定』や『隠匿』などといった文字では無く『※△□4ヲ1●』『◆■■$/?ン』などと訳の分からない物と、『□□□□□』とパソコンがバグを起こした時に見る文字化けのようなものだったからだ。

 この状態は一体とリナニエラは教授の顔を見上げるけれども、彼女は少し困った顔をしている。


「あの……先生……これは?」


 何となく嫌な予感がしつつも、リナニエラは教授に文字化けになっているスキル欄を指さした。


「これねえ」


 困ったわあと言わんばかりの顔で首を傾げる彼女の顔にリナニエラは少しほっとする。これが前例のない出来事だったら大騒ぎになる所だったけれども、前例があるならそこまで騒がれる事は無い。

 既に遅いのかもしれないが、リナニエラの理想の学園生活は魔法ともふもふ(今は2体だけど)を堪能しつつ平穏無事に学園生活を終える事だ。できれば学園生活の間に、第三王子であるジェラルドとはバイバイできれば最高である。

 そんな言葉を考えて、教授の次の言葉を待つ。教授は文字化けしているスキル欄を指でなぞりながらリナニエラを見つめる。


「こうやって、スキルの文字がおかしくなっている人って、過去に勇者とか聖女や、善かれ悪かれ何か歴史に名前が残っている人に多くみられるのよね。私も初めてみたわあ」


 そう言って自分の顔を見つめられてリナニエラは肩を揺らす。どうやら、自分の予想にに反して事態は更に悪い方向に働いているようだ。


『勘弁してよ……』


 心の中で毒づきながら、リナニエラはさらに出てきた結果を吟味している教授の姿を見つめながらため息を吐いた。

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魔法ともふもふが好きなんですそれ以外は勘弁してください もりした @undere-forest

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