第30話 倒れたその後の話

今の状況を50文字以内で述べよ。(括弧、句読点を含む)


『魔力循環をしていて、調子に乗っていたら、枯渇してしまってぶっ倒れました。』

(まりょくじゅんかんをしていて、ちょうしにのっていたら、こかつしてしまってぶったおれました。)


『45文字だな』


 前世のテストでありがちな設問を頭の中でそんな事を考えながらリナニエラは自分の顔を心配そうに見つめるナディアを見上げた。自分の視界の中には、召喚獣であるマロと、トープの顔も映っている。


「気分が悪いとかは無い?」


 母の問いかけに、リナニエラは首を横に振る。


「大丈夫です。ちょっと身体の力が抜けているだけで……」

 

返事をすれば、ナディアはほっと息をした後、リナニエラの髪の毛を撫でた。ハシバミ色の髪を緩く結い上げて笑う母の顔は柔らかい。元々顔立ちが幼いせいか、笑うと更にそれが際立った。


「本当にびっくりしたわよ。もうすぐ食事だと呼びに来たら、マーサからお嬢様が床に倒れているって言われたから」

「はは……それは本当に申し訳なく……」

 

その時の事を思い出しているのだろうか、頬に手を当てて困った顔をする母親を見て、リナニエラは苦笑しながら再び謝罪の言葉を口にする。それを聞いてナディアは柔らかく笑うと、リナニエラの頬を撫でた。


「旦那様の言う通り、今日はゆっくりしていなさいな。後から夕飯を持ってくるわね」


そう言うと、ナディアは立ち上がるとベッド脇で心配そうな顔をしている召喚獣達に顔を向けた。


「マロちゃん、トープちゃん、この子が無茶しないように見ていてね」


小さな子供に言い含めるように、召喚獣達に頼み事をする母の言葉。神妙な顔をしてい話を聞いている。『お願いね』とナディアが言葉を紡げばマロとトープは『わかった』と言わんばかりに声を上げた。その声を聞いて、ナディアは笑顔を作ると部屋を出て行く。パタンとドアが閉じられるのを確認した後、リナニエラは大きく息を吐きだした。


「……やらかした」

『リナ、大丈夫?』

『主、平気か?』


 ボソリと呟いた言葉に、マロとトープが反応してくる。彼らもいきなり倒れた自分に驚いたのだろう。ベッドには飛び乗ってこないものの心配そうな顔をして、こちらを見下ろしているのが分かる。


「うん。大丈夫。ありがとう。マロ、トープ」


 そう言って、重い体を横にして、マロ達に手を伸ばせば彼らは顔を寄せてきた。暫くその身体を撫でていた後、リナニエラは自分の手を天井にかざした。魔力を動かそうとすれば、ずきりと頭に鈍い痛みが走った。


「ここまで魔力枯渇させるのも久しぶりだわ……」


 頭の奥から脈打つような痛みが生まれるのに、顔をしかめながらリナニエラは自分の顔をじっと見つめるマロとトープを見つめる。彼らは自分が倒れる瞬間もそばにいたのだ。きっと驚いただろう。その証拠に、マロはリナニエラの傍らに足をかける様子で顔を覗き込んでいるし、トープもベッドヘッドに足をかけるようにしてベッドの自分を覗き込んでいる。その瞳が心配そうに見えてリナニエラは苦笑する。


「そんな顔しなくても大丈夫だよ! 魔力枯渇なんて久しぶりだったから慌てたけど少し休んだら治るから」

『えー信用できないなー」

『同じく』

「えー」


二匹を心配させないように、元気な言葉を口にしたが、返って来たのはどこか連れない言葉で、リナニエラは思わず不満げな声を上げる。自分が主だというのに、何故こんなに信用が無いのだろうか。ぶすりとむくれた顔をすれば、さすがにまずいと思ったのだろうか、マロとトープが慌てた様子で自分の顔をのぞきこんできた。


『リナが無事でよかった!』

『そうだぞ!』

「ふーんだ。知りません」


あわあわとしながら機嫌を取るような言葉をかけてくる召喚獣達を無視して、リナニエラは身体を反転させた。


『ったく』


 むすりとしながらも、リナニエラは寝転がりながら自分の右手を目のまえにかざした。先ほどよりは、魔力が回復しているのだろうか、動かすのも億劫だった身体の動きが随分マシになっている。幼い頃は、一度魔力枯渇を起こした後は、暫く動けなくなるのだが、今回は思った以上に回復が早い。


『年齢が上がったせいかしら? それとも体力が上がったから?』


手を握ったり開いたりしながら、リナニエラは今までの魔力枯渇の状態の時と今の状態を比べる。今までなら、魔力が戻るまでに身体に力も入らなくて、ベッドで数日寝込む事が多かったのだが、今回はそうはならなさそうだ。だが、今日に限ってはこのままベッドで寝転がっていた方が良いだろう。そうリナニエラは判断する。


『まあ、お父様の言葉の通り今日はゆっくりしていようかしら。明日は様子を見て動けるなら、既にルーティンワークと化している運動や魔力循環を行うのは良いかもしれない』


そんな事を考えながらリナニエラは目を閉じた。


結局その日は、夕食を食べた後リナニエラは早々に床に就いた。少し前のいざこざが後を引いていたのか、召喚獣達は食事中もリナニエラの様子をチラチラと窺っていたが、敢えて気にしない振りをして眠る事にした。


『明日は、身体がちゃんと動けばいいけど……』


ぼんやりと考えながら、リナニエラはゆっくりと眠りに落ちて行った。



次の日、リナニエラが目を開けば既に部屋の中は明るくなっていた。ぼんやりとしたまま目をしばたいていれば、窓の外から鐘の音が聞こえた。


「一の鐘……か」


鐘の音が一つであるから、一の鐘……、朝の七時位だろう。

ボソリと呟けばかすれた声がリナニエラの口から漏れた。頭の中がぼんやりとしたまま、ベッドに寝転がりながら手を動かしてみる。昨日感じていたような手の重さや、軋むような感覚は無い。それを感じながらほっと息を吐いた後、リナニエラは身体を起き上がらせた。


「ん?」


 やけに体が軽い。普段なら、身体を動かすのも億劫なところだが、今日は動かす腕がやけに軽い。不思議に思いながらリナニエラはベッドの上で身体を動かすと、立ち上がる為に床に足をついた。


「おぉ!」


 昨日とは雲泥の差で身体が軽い。自分の身体の動きを確かめる為に、リナニエラは足を動かす。そして、その場でジャンプしてみても、身体に異常は見られなかった。

普段と違う身体の状態にリナニエラは目を輝かせる。マーサが来るよりも早く服を着替える。学園の制服に手を伸ばそうとした所で、リナニエラはハタと手を止めた。


「あ、そっか……お休みするんだ」


 昨日の父からの言葉を思い出して、リナニエラは呟く。そして、制服の隣にあるワンピースに手を伸ばすと、服を着替える。もうしばらくしたらマーサがやって来るだろから、その時に昨日マーサに心配をかけた事を謝ろうと心に決める。部屋に入った時に自分が倒れていたのだから、彼女の驚きと心配は想像以上だろう。もしかしたら、顔を見て泣かれるかもしれない。


『ちゃんと謝らなくちゃ』


心の中でそんな事を考えると、リナニエラはパンと自分の頬を手で叩いた。そして、手を肩の高さで拡げると、身体をツイストさせるようにして動かした。


「やっぱり身体が軽い」


動かした身体は、昨日よりもひどくスムーズに体が動く。それが気持ち良くて、リナニエラはそのまま、普段行っているルーティンワークを行う事にした。腕と足を動かして身体を動かした後、柔軟体操も行う。そして、十分に体が温まった後、リナニエラは昨日の夕方と同じように、肩幅に足を開いた後、手を大きく上げた。

腹の丹田に溜まった自分の魔力を一気に手先まで移動させる。


「?」


 その移動速度が普段よりも早くて、リナニエラは首を傾げた。何だか、昨日までの自分とは微妙に、いや随分違う。やはり昨日の魔力枯渇が原因で、何かしら自分に変化があったのだろうか。頭の中でそんな考えが浮かぶなかリナニエラは手先に集中した魔力を更に指先へと集中させた。そして、腕を下ろすと窓際にある花瓶に向けって指先を向ける。


「バン! なーんてね……」


笑いながらそんな事を言って体勢を元に戻そうとすれば、視界の先にあった花瓶がバリンと音を立てて砕け散った。原型をとどめず床に落ちていく破片を見ながら、リナニエラは目をしばたかせる。


「あ、あれ?」


床に割れて落ちた花瓶と自分の指先を見つめながらリナニエラは顔を引きつらせる。何だか昨日と自分の身体の様子が違う。自分の手のひらを見つめながらリナニエラは顔をひきつらせた。

その直後、ドアがノックされる音がして、『お嬢様、起きていらっしゃいますか?』とマーサの声がする。その声をきいて、リナニエラはさて花瓶を割った(多分自分んだろう)言い訳をどうしようかと頭を巡らせた。




◇ ◇ ◇


ここまで読んでいただいてありがとうございました

どうにか30話までこぎつけました。

いつも反応をいただけて本当に嬉しく思っています

感謝を込めて


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