第24話 タンスの角に小指をぶつけてしまえ
第二王子たちの謹慎が解けたらしい。
『らしい』というのは、リナニエラ自身が科が違って彼らの様子を見ていなかった事と、魔法科の教室の中でそんな噂を耳にしたからだ。
王子が謹慎などという前代未聞の事が起こったのだが、彼らの謹慎も解けてこれで表面上は元の学園生活に戻った。だが、平穏無事に行かないのが、ここ最近のリナニエラの常となっている。
「聞きました? ジェラルド王子が噂をしている内容?」
朝一番で自分の近くに歩み寄って来たステラから尋ねられて、リナニエラは顔を顰めた。間違いなく、自分の事を悪く言っているのかが想像できる。
「どうせ、私の悪口を言っているんでしょう? 想像できるのは、『オースティンが権力をかさにして、私と同じ班にしたのだ』とか言っているのかしら?」
首を傾げながら想像できる言葉をジェラルドの口調を真似て返事をすれば、ステラがプッと吹き出した。顔を横に向けて小さく肩を震わせる彼女を見て、リナニエラは自分の言葉が間違っていないのだと想像する。
「やっぱり……」
ため息まじりに呟けばステラは目尻に涙をにじませながら『まあまあ』とリナニエラを宥めてきた。クラスの中にもジェラルドの言葉を聞いた生徒がいたようだ。リナニエラの事情を何となく察しているからだろう。リナニエラに対して同情するような視線が注がれている。まるでかわいそうな子供を見るようなクラスメイトの視線に、リナニエラは余り面白くない。
彼らの言葉の元はリナニエラがジェラルドに好意を持っているという基本の上に成り立っているが、実際リナニエラにジェラルドに対する感情は何もない。
いや、あるとすれば『面倒なヤツ』というマイナスの感情ばかりだ。
「爪の先程でも王子に好意があって、権威を振りかざして班を決めたのだとしたらあの彼女を一緒の班にするような事する訳ないのに――」
苦々しい気持ちのままリナニエラが口を開けば、ステラとチェーリアは驚いたように目を見開いた後、納得したように頷いた。そして何をおもったのか少し声を張り上げるようにして言葉を口にする。
「本当にそうよね! もし好きな人と一緒にいたいなら、ライバルを同じ班にする事なんてありませんよね」
「うぉう」
大人しそうなステラの声が教室に響く。その声のボリュームにリナニエラは思わず声を漏らした。一体何の意図で彼女は半ば叫ぶようにあんな言葉を口にしたのだろう。そんな事を考えて居れば、自分達の会話を盗み聞きしていた生徒達が顔を見合わせているのが視界に入る。どうやら、ステラはリナニエラに話をしたというよりはクラスの生徒に先ほどの言葉を聞かせる事を目的にしていたようだ。彼女の意図にのったのだろう。チェーリアも大げさなくらいに手を叩いた後、『そうよねえ』と相槌を打っている。
「で、リナニエラは今回の班の編成についてはどう思っているのかしら?」
「え? 面倒臭い。あ……」
いきなりチェーリアに尋ねられて、リナニエラは殆ど脊髄反射で返事をした。二人の声が大きかったからなのだろうか、つられるように自分の声も大きくなってしまった。思わず本音を口にしてしまって、リナニエラは口元に手を当てた。正直、これは表立って口にしてはいけない言葉だ。
『面倒臭い』という自分の言葉を聞いて、教室にいた生徒達が小さくざわめくのが分かる。どうやら、第三王子の婚約者であるリナニエラが彼に対して、どちらかと言えば、マイナスの感情しか抱いていない事が意外だったのだろう。
やっぱり王子という立場に夢を見ている生徒は多いという事なのだろうか。生ぬるい気持ちになりながら、ひそひそと話をしている生徒達を見つめていれば、チェーリアが苦笑いをしながらリナニエラに近づいて来る。
「やっぱり、あなたが王子を好きだという印象は強いみたいね」
「えー」
チェーリアの言葉に、心底嫌そうな顔をして顔を顰めれば彼女はクスクスと笑みを漏らした。自分の反応がおかしくてたまらないようだ。そんなチェーリアを宥めながらステラは苦笑した様子で遠巻きに自分達を見つめているクラスメイトに視線を向けた。
「確かに、王子をすいているという印象は強いのですけれども、このクラスの人達はリナニエラ様が王子に抱いている感情が『好意』ではないというのは気が付いているみたいですけれど」
そう言われた言葉に、リナニエラは頷いた。確かに班編成を知った後のクラスメイトはどこか同情するような顔をしていたし、今だって自分が『面倒だ』という言葉を口にした時、うんうんと頷くような生徒もいた。
確かに、ジェラルド王子の印象は召喚獣の話もあるからか、魔法科のこのクラスでの印象は最悪だ。普通、ある程度王族に対してはみな畏敬の念があるはずなのだが、あれだけの失態と呼べるような事をやらかしてしまえば、その畏敬の念とやらも紙の様に薄くなってしまったのだろう。
「最近貴族科の友人から話を聞いたのですが、王子は貴族科の中でも色々と無茶をやらかしているらしくて、評判が良くないらしいんです」
声を潜めるようにして話すステラの言葉に、リナニエラは目を見開いた。てっきり貴族科の中ではこのクラスでペラペラになった王族の威厳とやらが幅を利かせているとおもっていたのだが、どうやら今までにやらかしているあれこれが貴族科の生徒の評判すら下げているらしい。
「そりゃあそうですわね。婚約者を蔑ろにして他の女子生徒にうつつを抜かした上、授業でも他の生徒の召喚獣を立場を利用して強奪しようとしたり、それに意見をした生徒には同じく権力で押さえつけようとしたんですから」
「そ、そうですね」
改めてジェラルドがした事をチェーリアは口にして列挙して見せる。改めて聞くとすごい内容だ。これで、王子だからといって尊敬しろとは到底言えない。はっきり言えば、やっている事は下衆極まりない事ばかりだ。
「そういうおばかさんは、タンスの角に小指でもぶつけてヒイヒイ言って欲しいですわね」
同意するように、リナニエラが言葉を口にした。表立って彼に反抗する事は出来ない。それだったら、誰にも責任が被らないようなちょっとした不運で痛い目に合って欲しい。そんな気持ちが思わず口から出た。そうすれば、それを聞いていた、チェーリアとステラは耐え切れなくなったのか、『プッ』と吹き出した。
「確かにー! 痛みでうずくまる王子なんて見ものかも」
「その上に、本でも落ちてきたら最高ですわね」
そんな事を言って三人で笑いあう。正直不敬だと言われても仕方ない話題だが、色々と被害を被っている自分からすればこれくらい言わないとやっていられない。
他の生徒も同じような事を思っていた生徒がいたのだろう。遠巻きに肩を揺らしている姿が見えた。とにかく、自分達は王子達の迷惑を被りたくない。そんな気持ちが教室の中に流れているなか、始業のベルが鳴る。
そこでその話は終了したかに思えたのだ。だが……
「オースティン様」
次の日の朝、教室に入り授業の準備をしていると、同じ魔法科の女子生徒が声をかけてきた。普段は、話もしない生徒だ。確か彼女は伯爵令嬢だったか?と頭の中でクラスメイトの顔と名前、肩書を思い出していれば、目の前の女子生徒が神妙な顔をして自分の顔を見つめていた。
「実は、貴族科の噂の生徒が聞いたのですが、ジェラルド王子が昨日の授業中に机の角で足をぶつけたらしいです」
「え?」
まさかの言葉に、リナニエラは目を見開く。その彼女は更に声を潜めて話を続けた。
「痛みに呻いている王子の上に、ぶつかった事で積んでいた本棚の本が頭に落ちてきて……」
そう続いた言葉に、リナニエラは天井を仰いだ。どこかで聞いた話だ。その彼女は心配そうな顔をして、自分の顔を見つめている。
「オースティン様は何かされたりしていませんよ……ね?」
「ま、まさか!」
こわごわと聞かれて、リナニエラはすぐに返事をする。その言葉に彼女はほっとした顔をしていた。
「よかったです。私てっきりオースティン様が……」
そう言われてちらりと顔を見られて、リナニエラの顔がひくりとひきつった。どうやら、今回のジェラルドの不運は自分が作ったと思われているらしい。確かにリナニエラは魔法は得意だが、呪いというものは門外漢だ。
前世の記憶も相まって『人を呪えば穴二つ』という言葉が浮かぶ為、呪いというものには忌避感がある。
それなのに……
『なんだかなあ』
ちらりちらりとこちらを見つめている生徒の視線を感じながらリナニエラは天井を見上げながら遠い目をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます