第23話*閑話* リナニエラという人物

エドムント


 サロンの中、自らの召喚獣を侍らせてピアノを弾くのは、自分とナディアの娘で、三人目の子供となるリナニエラだ。

  彼女は幼い頃は、それこそ何に対しても余り興味を示さない子供だった。何に対しても無関心、余り感情が動かない子供のように思えた。貴族としてのマナーや、知識はちゃんと身に着けているのだが、どこかそれは形式として身に着けているだけで彼女の本質はどこか別のところにあるのではないかと良く思わされたものだった。

 どちらかと言えば、貴族の子女が喜ぶようなドレスや宝石には興味は示さずに、高級な薬草にの方に意識が向く。そういった変わった所があった。

 常にどこか達観したような所がある子供だったのだが、それが決定的になったのは、彼女が7歳の時、第三王子であるジェラルドとの婚約が王家から打診させた時だ。

 エドムントがリナニエラにその話をした時、リナニエラはまだあどけなさが残る顔だというのに眉間に皺を寄せて『それは政略結婚ですか?』と問いかけてきたのだ。七歳の子供の口から『政略結婚』の言葉が出てきた時は本気で驚いた。

 勝手なイメージだが、王子様と結婚というのは子供のあこがれだと思っていたからなのか、リナニエラからの口から出た『政略結婚』という世知辛い言葉に、エドムントは何を言えば良いのか分からなかった。そのまま腕組みをして、リナニエラは更に眉間に皺を寄せる。


『確か、第一王子、第二王子とも公爵家のご令嬢と婚約されたと聞いています。どちらも、軍部、政治の中枢の方だとか。そして、お父様は外務に携わっている……』


 ぶつぶつと彼女の口から出る言葉はおおよそ7歳の子供がする話からは程遠かった。


「リ、リナニエラ?」


 あの時は何が起こったのか分からなかった。だが、今となってはあの時の娘の態度で良かったのだとエドムントは納得をしてしまっている。

 リナニエラの婚約者であるジェラルドは最初から自分の娘に対して友好的な態度では無かった。しかも成人までに貴族は全員入学する事を義務付けられている学園内では男爵令嬢を常に傍に侍らかして好き放題しているというのだ。

 なまじ、第一王子、第二王子が優秀な分、ジェラルドの態度は悪い物に映る。しかも、婚約者を蔑ろにしている事から、王家派の貴族以外からも評判は悪いのだ。

 このまま、婚約状態を続ける事が本当に娘の為になるのか悩みどころなのだが、打診を王家からされたせいで断るのも難しい。その分、リナニエラには申し訳なく思っているのだ。


「随分、リナニエラの機嫌が悪いですね」


 思考の波に流されていれば、不意に隣から声を掛けられる。見れば、いつの間にか隣には我が家の嫡男であるクリストファーが座っていた。彼は紅茶を口にしながら、ピアノを弾くリナニエラに目をやっている。


「機嫌?」

 

 訳の分からない事を言われて、エドムントが聞き返せば彼は苦笑いをしながら肩をすくめた。


「ええ。最近気が付いたのですが彼女は機嫌が悪い時に、ああいった激しい曲を好んで弾いている気がします」


「ああ」


 息子の指摘に、エドムントは納得の声を上げた。確かにそうだ。彼女がピアノを弾くのが機嫌が悪い時が多いというのも確かなのだが、ジェラルド関係で何かがあった時に、こういう激しい曲を弾く事が多い。基本、貴族に好まれる音楽はもっとゆったりとした音楽だ。その為、彼女が弾く曲は『邪道』と呼ばれるか、『流行から外れているもの』として捉えられるだろう。だが、本当のところ彼女のピアノを弾く技術はかなりのものだ。ゆったりとした曲でも難しい曲はあると思うのだが、先ほどまで引いていた曲も、今の曲もとにかくフレーズに入る音の数が多い。


「なんていうんです? 例えるなら戦っている音楽みたいですよね」


 笑いながら話すクリストファーの言葉に、エドムントは頷いた。確かに言われてみればそうだ。クリストファーの言う通り、学園内でジェラルドと接する事で覚える苛立ちをあのピアノにぶつけているのかもしれない。そんな考えが浮かんだ。


「あ、勝った」


 不意にクリストファーがそんな言葉を口にする。気が付けば先ほどまでの張りつめるような音楽から一転して、曲調が明るくなっている。小気味よいリズムの曲を聞きながら、エドムントは手にしていたカップのコーヒーへ口をつけた。


クリストファー


「今日は随分機嫌が悪いなあ」

 

 鍵盤を滑らせながら奏でる曲の激しさに、クリストファーは一人呟いた。ピアノを弾くのは妹のリナニエラだ。彼女は趣味としてピアノを弾いている。本来貴族の子女は学園でも音楽を必修にしている事が多いのだが、この妹ときたら、学園では貴族科では無く、魔法科に所属していて、ピアノは授業としても取っていないのだ。

 それだけでもかなり毛色が違うのだが、彼女が弾く曲も貴族が好む音楽とは違っていた。技術が無いわけでは無い。だが、とにかく流行りの音楽ではないのだ。

 だったら、いっその事自分の作曲で世に発表すれば良いと思うのに、何故かリナニエラはそれを嫌がる理由を聞けば『チョサクケンガー』と謎の言葉を口にされた。

 その言葉が一体何なのかクリストファーは分からない。時々この妹は不思議な言葉を口にする事がある。ピアノが弾ける事を始めて知った時も、『スペックタカッ』と

妙な事を言っていた。自分の妹でありながら、一体どこを見つめているのか分からない時があるのも事実だ。

 だがそうは言っても、彼女は自分の大事な妹だ。他の貴族の女性とは違う魅力がある。たとえ、魔法が大好きで幼い頃は魔力枯渇で倒れたりだとか、購入する件を何度も折っただとかしても自分にとっては大事な存在だ。


『けど、リナニエラって一体どれくらいの魔力があって、どれだけの魔法が使えるんだ?』

 

 兄として、同じように魔法を使う者としての興味がある。実の妹とはいえ本気で戦ってみたいと思うのはやはりだめな話なのだろうか。

 そんな事を考えながら、リナニエラを見つめる。相変わらず彼女は激しい曲を弾いている。まるで戦闘を思わせる曲は正直自分の嫌いじゃない。それに、最後には勝利をしたような明るい曲が流れるのだ。

 もし彼女が弾く曲が世に流れたら他の人はどんな反応をするのだろうか。そんな思いが浮かぶが、今はこの家族限定のサロンだけで聞く事が出来る特権なのだと思いながらクリストファーはピアノを弾くリナニエラの姿を眺め続けた。


 

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