第12話 第1種接近遭遇

「へえ、じゃあご家族は何も言わなかったのね。大騒ぎになると思っていたのに」

「へ? どういう事?」


 次の日の教室でリナニエラは、昨日の家族と召喚獣の顔合わせの話をしていた。

 ドラゴンにフェンリルというある意味過剰戦力である召喚獣をリナニエラが紹介して、問題なく家族が受け入れた事に、チェーリアは意外だったようだ。

 確かにリナニエラの召喚獣は1匹でも国を亡ぼす程の存在だ。それが二匹。怖がったり、受け入れられなかったりする事だってあるだろう。

 まあ、『捨ててきなさい』と言われても出来ないのだけれども――。


「とりあえずは、家族に紹介して受け入れてもらえたから一山は越えたかな」


 ふうと息を吐いてリナニエラは呟いた。

 だが頭の中には新しくできた家族に喜ぶ面々を横目に、父であるエドムントが虚ろな顔をして見つめていたのが浮かんで来る。

 きっと、父は自分が大きな力をもった召喚獣を二体も手に入れてしまった事によるこれからの影響を考えていたのだろう。

 大きな力を持った召喚獣をリナニエラが手に入れてしまった事によって、国内での貴族による派閥のパワーバランス、諸外国との戦力のバランスそういう色々な事が……。

 間違いなく父の胃を痛める原因を作ってしまったと思うと、リナニエラは申し訳なく思えてくる。そういえば昨日さりげなく胃の辺りをおさえていたのように感じたのは気のせいではなかったのではないだろうか。


『今日、父さんに胃薬でも買って帰ろうかな……。あ、それよりは魔法薬学の先生に薬を作ってもらうとか? 確かあの先生有料で魔法薬作ってくれるって噂を聞いた事が――』


 エドムントの胃壁を心配して、リナニエラはそんな事を考える。一体いくらなら、彼は薬を作る事を了承してくれるのだろう。もしかすると、材料費も含めればお高いかもしれない。


『でも、冒険者の報酬を使えば余裕だろうし――』


 頭の中で、冒険者カードの中に入っている金額の桁を思い出して、リナニエラはそんな事を考える。

 冒険者になってから今まで、必要な消耗品を買う以外にリナニエラはクエストの報酬を使っていなかった。そのおかげで今リナニエラのギルドカードにはかなりの金額が貯まっているのだ。教師を買収するようで心がひける所もあるが、本気で父の様子がダメなら先生に頼もう。そうリナニエラは決心する。


「でね、お母さまがクウの事をかわいいって言ってくださって」

 

 ふと耳に入ってきた言葉に、リナニエラは顔を上げた。見れば教室にいる生徒達が楽しそうに話をしているのが見えた。時々聞こえてくる言葉から、どうやら他の面々も家族に召喚獣を紹介したのだろう。あちこちから同じような話題が聞こえてくる。その顔もとても嬉しそうな顔だ。きっと、自分の家のようなやりとりが他の家でも繰り広げられたのだろう。その様子に目をやった後、リナニエラは隣に座るチェーリアに目をやった。そういえば、彼女の家での召喚獣の紹介はどうだったのだろう。


「そういえば、そちらはどうだった? エルクだったっけ?」


 ふと思い出して、リナニエラはチェーリアに話しかけた。彼女の召喚獣は大きなヘラジカのような姿だった。彼女のご両親は一体どんな反応をしたのだろうか。


 彼女の両親は、辺境の土地を収めている魔物との戦闘が尽きない土地だから、大型の召喚獣を連れて行っても、それほど怖がられないだろうと思いながら尋ねてみれば、彼女は少し微妙な顔をして顔を寄せてきた。


「それが、父さんったらエルクをみて、大きいけどおとなしそうな子だなーって言っていたわ。魔物と戦う戦力として考えるなら、戦闘力の高いリナニエラのマロとトープが羨ましいって」

「……、はは」


 所変わればという事だろうか、常に魔物との戦いの最前線にいる領地ではやはり、ヘラジカではインパクトが少なかったらしい。きっと、カインの狼やマロとトープのような即戦力になる召喚獣が喜ばれるのだろう。


「でも、エルクとマロ達が仲良くなれて良かったわ。授業が終わるまであそこで遊んでいてくれそうだもの」


 遠い目をして、リナニエラは口にする。初めて知ったのだが、召喚した召喚獣はこちらに呼んでいる間召喚魔法の授業以外では教室の中に入れてはいけない事になっているらしい。そのため、呼び出した召喚獣は学園の裏手にある広大な土地(これは召喚獣を召喚した生徒のみが使用可となっている)に放してあるのだ。そう考えると、兄が学生時代廊下で見たという召喚獣は、そこから教室に連れていく時に見かけたのだろう。なんとなく想像がついた。


「あー早く、マロとトープに会いたい……」

「あはは、すっかりマロとトープに骨抜きね」


 机の上に突っ伏しながら、リナニエラは小さくぼやくけば、チェーリアが笑ってそんな事を話しかけてくる。


「自分だって同じでしょう?」


 さっきからエルクの話しかしていないのにと返せば、『まあね』と照れた様子で返事が返ってくる。


「とりあえず、お昼はあの子たちと食べたいよね」

「そうね。ベンチもあったし、学食で何か調達してから行こうか?」


 お互いに話し合っていれば、授業が始まる鐘が鳴る。鐘が鳴るのと同時に、担当教科の教師が入って来た。とりあえず、自分の召喚獣の事は置いておいて授業に集中しようと、リナニエラは前を向く。そして、教師の言葉に耳を傾けた。


 午前最後の授業が終了し昼休みに入るの同時に、チェーリアとリナニエラは学食に向かうと、学食で販売しているサンドイッチとドリンクを購入した。そして、召喚獣が自分達を待っている場所へと向かう。よくみれば、同じように考えている生徒が多いのか、学食には自分達と同じように、外で食べられるような料理を買っている魔法科の生徒が何人もいた。

 初めての召喚獣を手に入れたばかりだ。傍にいたいのはみな一緒のようだ。リナニエラ達の意図も読めたのだろう。目があった生徒はリナニエラの顔を見て苦笑する。 

 それに頷いた後、再び歩いていればリナニエラの脳裏に電流が流れたような感覚が走った。


「ッ!」

「どうしたの?」


 チェーリアが尋ねてくるのに、先ほど走った感覚をリナニエラはうまく説明ができない。頭の中に、召喚獣であるマロとトープの事が浮かぶから、おそらく彼らからの何かしらのメッセージだと思うのだが、召喚獣の事をまだ余り学んでいないリナニエラからすれば、はっきりとした確証がないのだ。

 一体どう説明しようと言葉に詰まっていれば、再び電流が流れたような感覚が走る。それと同時に湧き上がる言いようのない不安感。何があったというのだろう。

 訳が分からずに、リナニエラは自分の腕を擦る。そんな様子を見ていれば、不意に自分達が召喚獣を放している場所の方向からけたたましい音が聞こえた。


「何!?」


 警報音といっても良い位のその音に、リナニエラ達は反射的に音がした方向に目をやる。他の生徒も同じようだ。いぶかしげな顔をして、音のする方向を見つめている。


「そういえば、許可されていない人間が入ったら警報が鳴るとかなんとか……」


 ふと、近くにいた生徒が思い出したようにそんな言葉を口にする。

という事は――。


「侵入者がいるという事?」


 近くにいた生徒がそう叫ぶと、裏庭の方向へ向かって走り出す。それに倣うようにリナニエラ達も裏へと走り始めた。貴族の子女が廊下を走るのは、はしたないとは思ったのだが、自分の家族ともいうべき召喚獣を傷つけられたりしたらかなわない。そのまま、校舎の外へと向かうと他の生徒たちと一緒に、召喚獣を放してある場所まで向かった。無事でいて欲しい。けたたましい警報音が不安を掻き立てるのを抑え込んで、リナニエラ達は音がする方向へと向かった。


「これは……」


 リナニエラ達が裏庭へと到着すれば、問題の広場の中には数人の人がいた。リナニエラ達が心配した通り、やはり召喚獣が放されている場所に、部外者が足を踏み入れたらしい。それを見つけた、生徒がその侵入者たちを諫めている最中の様だった。


「ここは、生徒の召喚獣を休ませている場所です。部外者の方の来る所ではありません」

「そうです! 召喚獣から手を放してお帰り下さい」


 数人の生徒が、侵入者に声を荒げている。その中の一人に、リナニエラは見覚えがあった。確か同じクラスの生徒なはずだ。確か、子爵令嬢だったと聞いた事がある。

 彼女は侵入者と対峙しながら、泣き出しそうな顔をしながらも前をまっすぐに見据えて自分の意見を口にしていた。本当なら怖いはずだ。それなのに、侵入者にはっきりと対峙している胆力にリナニエラは感心してしまう。


「うるさい! 私に口出しするのか!」

  

 だが、次に聞こえてきた言葉に、リナニエラは肩を揺らした。聞き覚えのある声だ。それに、よくよく見ればあの特徴のあるプラチナブロンドにも見覚えがある。


「この子かわいいです! 私が連れて帰っていいですか?」

 

 更に聞こえた言葉に、リナニエラは頭を抱えそうになった。

 気を取り直して、見ればこの場所に侵入してきたのは、自分の婚約者であるジェラルドと、ゲームの世界での主人公であるアリッサだ。

 ジェラルドはリナニエラの召喚獣であるトープの足を掴み、アリッサは無理やり抱き上げられて嫌がって暴れているマロにほおずりをしようとしている。


「うわぁ……」 

 

 思わずリナニエラの口から潰れたような声が漏れる。激しくこめかみが痛んだ。

 額を抑えながら、リナニエラは大きくため息をつく。

 この二人の侵入者をどうやって退場させるか、頭の中で素早く考えるものの、目の前にある光景を否定したくてリナニエラはがっくりと肩を落とした。

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