第11話 新しい家族ができました

「えーっとこういう訳になりました」


 言葉を濁しながらリナニエラは帰宅後、今日召喚した召喚獣二匹を父の目の前に見せた。普段あまり表情が変わらない父の頬の筋肉がひくりと動いたのがわかる。


『まあそうだろうな』


 叫びださないだけマシなのだろうと思いながら、リナニエラは学校から帰る時に街で調達したバスケットに入れたマロの姿を、蓋を開けて父に見せる。トープに至っては、先ほどから自分の周囲を飛び回っているから言うまでも無いだろう。


「王宮からも連絡を受けていたからある程度覚悟はしてこちらに戻って来たが、まさか本当にフェンリルとドラゴンを召喚するとは……」


 ぼそぼそとつぶやきながら、エドムントは手を顔に当てたり腕を組んだりとせわしない。傍らにいるナディアは、『まあ』と楽しそうに笑うばかりだ。


「これが、フェンリル? あの一晩で一国を亡ぼすっていう」


 姉のミルシェはバスケットの中で寝息を立てているマロを見て信じられないといった顔をしている。弟のカミルは先ほどから周囲を飛び回るトープに釘付けだ。何とか触れようとリナニエラの周りをぴょんぴょんと飛び上がっている。


「この子たちを家で面倒みる事は分かったけれども、ご飯はどうすればいいの? ドラゴンなんて沢山食べるんじゃない? 生肉なの?」


『食費足りるかしら?』とおっとりと首を傾げて見せたナディアの言葉に、エドムントが頭を抱える。こんな場面でも全く動じる様子も無い母の様子はある意味豪胆だ。父が母の尻に敷かれているのが分かる。

 ワイワイと騒がしい居間の中、リナニエラは召喚魔法の教本を手にしながら、召喚獣についての項目を読み上げる。


「えーっと、召喚獣については、召喚した術者の魔力を餌にするので基本は食事はいらないそうです。時々趣味で食事をする個体もあるそうですが、それはよほどの物好きらしいので滅多にないかと……」


 そう言えば、『そうなの?』とナディアが残念そうに返してくる。さっき、食費云々といっていたはずなのに、その反応は何だろうと疑問に思いながらリナニエラは頷いて見せた。

『そうみたいですよ』と返事をすれば、どことなくエドムントの顔がほっとしたように見えたのが分かった。確かに元の大きさのドラゴン一匹の食費なんて考えただけでもぞっとする。父の反応も尤もだと思いながらも、リナニエラはバスケットに入ったままぷうぷうと寝息を立てているマロへ目をやった。


 マロはといえば、名前を付けた後から、ずっと眠ったままだ。子犬は確かに眠っている事の方が多いけれども、これは眠りすぎではないだろうか。そんな事を考えながら、ぎっしりとバスケットに詰まっている毛玉を見つめていれば、先ほどからマロに興味津々だったミルシェがリナニエラの顔を見上げた。


「ねえ、このフェンリル抱いてもいい?」


 眠っているから起こすのが忍びないのだろう。声を潜めて尋ねてくるミルシェにリナニエラは頷いてみせた。いい加減起きて欲しいとおもっていたから、ミルシェが抱いて目を覚ますのならちょうど良いだろう。そんな事を頭の中で考えた。

 リナニエラの言葉に、ミルシェは顔をパッと明るくすると、そっとバスケットの中へと腕を伸ばした。そして、白い毛玉を中から出す。


「思ったよりも重いのね」


 そう言って、抱き上げたマロを彼女は自分の腕の中へ入れると抱きしめた。


「ふわふわ。柔らかい」


 嬉しそうにそう言うミルシェの顔に、リナニエラは小さく笑う。マロの方は、ミルシェに抱かれた所で、目を覚ましたようだ。ピスピスと鼻を鳴らした後、うっすらと目を開く。


「あ、起きた」


 そう言えば、周囲を見回したマロの目が大きく見開かれる。目が覚めた時に見慣れない場所だという事が慣れないのだろう。きょろきょろと周囲を見回している。


「マロ、ここは私の家です。マロを抱いているのが、姉さんのミルシェ」


 自分の顔を見つけてじっと見つめてくるマロへと説明をすれば、言葉を理解したのか、マロは自分を抱き上げているミルシェの顔を見上げた。そして、ふんふんと匂いを嗅いだ後、体の力を抜く。緊張していた体から力が抜けで重みが加わったのか、ミルシェの身体が少し傾いたのが分かった。


「姉さん、マロを床へ下ろしてくれる?」


 この大きさのフェンリルが一体どのくらい動けるのかわからなくて、リナニエラは試す意味でもマロを自力で歩かせてやろうと考える。むくむくの毛玉を床の上に置けば、マロはじっとリナニエラの顔を見つめた後、よたよたとしながらこちらへと歩み寄ってきた。どうやら、弱々しいながらも、自力で歩く事は出来るようだ。それを確認してほっとした後、リナニエラは足元にまとわりついてくるマロを抱き上げた。


「お前、歩けたんだねえ」


 そう言ってやれば、面倒臭いとばかりに、くあとあくびをするマロ。それに苦笑した後、リナニエラは自分達のやり取りを見ていたクレイグに視線を向けた。


「クレイグ、悪いけどこの子たちの寝床ができるような籠を探してきてくれる? 後クッションや毛布があったらそれも」


 そう言えば、察しの良い彼は気が付いたように頭を下げると部屋の外へと出ていく。これでこの二匹の召喚獣の寝床は完璧だろう。


『トープ本来の大きさだと寝床を作る事自体が苦しいけど』


 最初に見たトープの大きさを思い浮かべながら、リナニエラはそんな事を考えた。トープ自身はドラゴンの成獣としては完璧な体躯をしていた。それを小さくして自分に付き合ってくれているのだから、申し訳なく思う。ドラゴンは誇り高い一族だと聞いている。それなのに、自分の希望に合わせて体を小さくしてずっといてくれているのだ。元のサイズに戻りたいとかないのだろうか。

 召喚獣は一般的に一旦契約すれば、呼び出すまで一緒にいても、彼らの好きにさせてもどちらでも良いらしい。それなら、トープは必要な時だけ呼び出した方が良いのではないだろうか。


『それなら、こんな小さな体でいる必要もないし』


 そんな事を考えながら、カミルの頭をよじ登っているトープを目で追った。そうすれば、自分の視線に気が付いたのだろうか、トープがこちらに顔を向けた。


『主よ、気に病む必要は無い。我はこの体でいる事に何の不便も感じていない』

「え?」


 頭の中に直接響いてきた声に、リナニエラは目を見開いた。どうやら、トープが自分に語り掛けてきたようだ。きょろきょろと周囲を見回しても、他の家族には聞こえていないのだろう。全く気にした様子は無い。どうやら聞こえているのは自分だけらしい。召喚獣とは意思疎通ができると確かに教本にも書かれていたけれども、こういう方法だとはまさか思っていなくて、リナニエラは目をパチパチとしばたかせる。


『トープ?』


 頭の中で念じてみる。そうすれば、カミルの頭の上にいたトープがパタパタとこちらへと飛んできた。そのままリナニエラの腕を掴んだトープはじっと自分を見つめてくる。その瞳はなんと形容して良いのかわからないほど複雑な色をしていた。ぎゅっと自分の腕を掴んで離さないトープの体にリナニエラは振れる。


「あったかい……」


 ドラゴンは爬虫類と同じだと思っていた為、てっきりひんやりとした感触だと思っていたのだが、鱗の感触はあるものの、その体はほのかに温かかった。その体を撫でれば、トープは喜んだ様子で顔を寄せてくる。その一人の一匹の様子を見てやきもちを焼いたのか、マロが近づいくるとリナニエラの足元にまとわりつく。まるで猫みたいな動きだが、それはそれでかわいらしい。


「ふっ」


 笑いながら、リナニエラはマロとトープの体を撫でた。その日からオースティン家には2匹の召喚獣が家族として加わったのだった。


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