第29話 7月19日(月)
「リコーダーの毒ってなにさ」
「リコーダーの吹き口に仕込んでいた毒さ。正確には下剤」
なぜ下剤とわかるのだろう。
というか、仕込んでも服毒するのに時間かからないか?
リコーダーを吹く機会は限られるし。
「いや、それがそうでもないんだよ」
僕の心の声に答えないでよ。我妻。
「中田くん。君のリコーダーはどこに落ちていた?」
「音楽室……あ」
「そう。音楽室に置き忘れていた、あるいは落とされていたリコーダー。それを仮に、教師に見つかるなり報告がされるなりすれば?」
「授業でリコーダーソロをやらされる」
指名されるのは教師の気分だ。しかし、楽器の管理を怠ったりした生徒はほぼ確実に対象になる。
つまり、意図は関係なく、音楽室にリコーダーを放置した僕は指名され、リコーダーを吹く。
そして服毒する。
「下剤を服用し、腹を下させ、恥をかかせて学校に来れなくする。この段階では殺意が低くてまだましだよ」
「この年齢で漏らすの嫌だけど」
学校どころか家の外に出ることもできないのではないか。
想像して僕は顔を青くする。
「で、でも」
おびえている場合ではない。僕は即座に顔色を戻し、反論する。
「それを花宮さんがやったという証拠がないじゃないか」
「いやいや中田くん」
ひらひらと我妻は手を振る。
「あの日の朝、なぜ花宮美由は君と一緒にいたんだと思う」
「え、そうなの?僕花宮さんといたの?」
記憶がないので、そもそもそんな事実は知らない。
「そういえば忘れてたんだったね。まあとりあえず、なぜ、君と共に音楽室にいったと思う?」
「それは……音楽室に用があって。朝だし、たぶん、楽器の調整とか……」
「当時花宮美由は楽器を持っていたか?」
僕にはわからない。
「いいえ」
代わりに答えたのは加納さんだ。
「持っていませんでした」
加納さんは確信をもって答える。
「私は、他人の容姿を確認する癖があります。片手だけに物を持っていると、アシンメトリーな姿に特に目を引き、記憶に残ります。ですがあの日の花宮さんはそうではなかった」
「ありがとう。加納くん。さて、花宮美由は道具も持たず何をしたのかな?答えは単純。中田くんのリコーダーを中田くんに拾わせないためだ」
僕のリコーダーを僕が拾えば、教師に報告はいかず、僕は指名されない。
花宮さんの行動は、花宮さん自身の犯行を示唆していた。
「もっと証拠が欲しければ、じっくりといくらだって調べてやるさ」
花宮さんは答えない。
僕も沈黙で返した。
「とはいえ、その目論見も、小野加納夫婦に阻止されたわけだ」
「誰が夫婦だ!」
小野と加納さんはそろって顔を赤くしている。
「あの『ケツリコーダー事故』により、毒リコーダーは中田くんの手に渡らず、塗られていた下剤は小野くんが腸から吸収することとなった。毒の種類は不明だが、小野くんの症状からして、下剤であることは確か」
「小野くん、本当にご迷惑をおかけしました」
僕は改めて申し訳なくなる。
「大丈夫だ。もう俺はなにも感じない」
小野くんの表情は、無、だった。
「しかし、突発的なトラブルに対する切り返しは感服したよ」
我妻は軽く嗤った。
「花宮美由は、失敗した自身の計画を逆手に取り、加納江美を排除しようとした」
「まさか、加納さんの噂を流したのも、花宮さんだというのか?」
当然だと我妻は答える。
「花宮美由は加納江美が逃亡する瞬間を目撃していた。加納江美犯人説を流したのも、花宮美由だろう。加えて、加納江美の悪評。あれの発信源は、花宮美由のファンクラブだ」
我妻はトークの記録を示す。
「でも、花宮さんが行ったとは……」
「直接は、言っていないだろうね。だが、それとなくほのめかすことはできる」
ファンクラブの力はよく知っているだろう? という我妻の言葉を僕は否定できない。
「そうして、部活内でライバルである加納江美を排除しようとした。無論、それもこちらが止めたが」
主に小野が被害を被ることで。
「さて、『ケツリコーダー事故』以前にも、小野くんには助けられている。私も多少頭を下げておこう」
我妻は少し首をかしげる。一応頭を下げているのだ。わずかな角度で
「特にあの森林公園の一件は、私も危うかったさ」
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