第17話 7月16日(金)
明朝。
学園はある噂でもちきりだった。
「ねえねえ、応援団の小野が露出癖ってほんと?」
「マジだって。中学時代に結構やらかしたらしいよ」
「夜の学校に侵入して、裸で写真撮ったりしてたんだって」
「え~なにそれ、ガチ変態じゃん、マジヤバじゃん」
そこかしこで、ひそひそがやがやと話される噂を確認し、僕はそそくさと音楽室に急いだ。
「やばいよ。みんな小野くんの噂でもちきり」
「……だれも加納さんのことは話してないんだな?」
「いや、うん、僕が確認した限りは」
「ならいい」
うんうん、とうなずく小野。
満足そうな小野。対し、いたたまれない表情の女子が一名。
「どうして、小野くんが、こんな……」
加納さんはひどく悲しい表情で首を横に振った。
「やめさせてください。そもそもあのとき、私がちゃんと小野くんを介抱しなかったから……」
「それは難しいかな」
加納さんに答えるのは、噂を流した張本人。我妻だ。
「流れてしまった噂を消すことは不可能。ましてやインターネットならね」
僕が『リコーダーペロペロ事件』の犯人だってことも、まだ完全には払しょくされていないのだし。
「だが噂を上塗りすることならできる」
我妻の策、加納さんの噂以上に注目させる、センシティブな噂を流す。という作戦は大成功した。
「この作戦に賛成したのは小野だ。なにもかも招致の上でね」
小野は首を縦に振る。
「ああ、そもそもこの噂。半分は嘘でないからな」
「「えっ??」」
僕と加納さんは小野から距離を取る。
「おい待て、勘違いするな。半分だ、半分」
「中学時代、夜の学校に侵入したのは本当だよ。でも、小野宗也は露出狂ではない」
我妻は例の手帳をめくる。
「小野宗也は限定的な場所で露出する、局所的局部露出変態野郎だ」
「へっへんたい?!」
「かくいう君も、左右対称でなければ気が収まらない、シンメトリー変態女子だけどね」
「ただの癖ですっ!」
加納さんは我妻の言葉におびえる。
なるほど、我妻はやはり小野も加納さんも、変態としてここまで情報を掴んでいるわけか。
「まぁ、あの潔癖な小野宗也が、露出狂な変態だと学校はもちきり。加納江美。もはや君の悪評に注目するものなど、いないも同然だよ」
にやぁ、と我妻は嫌な笑い方をする。
「そもそもこの事故。各々の変態な性質が組み合わさった結果生まれた悲劇なのだし」
「?というと」
僕は首をひねる。
「第一に、急いで服を脱いだだけで臀部が露出するだろうか」
「う゛っ」
「出……いや、うーん、トランクスなら……?」
僕は生まれてこのかたブリーフパンツなのでわからないが。
「ふふっ単純なことだよ、中田くん」
「パンツの話が?」
「そう、昨日の朝、小野宗也はパンツを履いていなかった。ノーパンだったのだ!」
「へー、そーなのかー」
知りたくなかった。
「それはっ、くっ、このさい何を言っても無駄か……」
諦める小野。ドン引く加納さん。
なるほど、局所露出癖の変態。公衆以外での露出が癖ということか。
パンツを履いていないことを一種の露出ととらえての結果なのだろう。
昨日や一昨日も履いていなかったのだろうか。僕は考えないことにした。
「そして第二に!」
まだ続くんだ。
「偶然、床にリコーダーが立っているだろうか!」
「偶然じゃなかったんだね」
僕は適当に返す。
「それは……うぅ、まさか、あんなことになるとは思わなくて……」
観念したように加納さんは肩を落とす。
「そう、あのリコーダーは加納江美によってあの場所に置かれた」
「ああ、シンメトリー」
僕は合点がいく。
シンメトリーな変態。
用は左右揃っていなければ落ち着かない。左右対称に固執する変態。
楽器という雑残としたものを相手にしている加納さんにとって、左右対称はなかなか難しいものだろう。だからごまかすように、常に楽器を整頓している。
よく見れば、この音楽室、椅子や机から始まり、様々なものが左右対称だ。
しかし左右対称は、物体が二つなければ難しい。
この音楽室の中で、一本しかないリコーダーをどうすればいいのか。
加納さんは考え、答えを出した。
中央に立てておけば、この音楽室内でも左右対称になると。
そういうわけで、応急的にリコーダーは床に立てておかれたのだろう。
そしてそれが無防備な臀部を傷つけたわけだ。
ん?臀部を?
まさかリコーダーはケツに……穴に……。いや、小野の名誉のためだ、考えないでおこう。
「実に不幸な連鎖だ。どちらか一方の要素が欠けていれば起きなかった悲劇。これだから変態は面白い」
そんなこと言っていると、いつか刺されるぞ。と僕は言いたくなった。
「でも……小野くんの噂は……」
加納さんは優しい人だ。
変態だから、という理由で名誉を傷つけていいということではない。
そんな考えが持てる人だ。
「気にするな」
一方の小野も、強い人だろう。
噂などはねのける精神を持っている。
「俺を見ず、たかだか昨日今日に流された噂を信じる者は、その程度だったということだ。俺は自身の潔白を知っているし」
露出癖ではあるが、公衆の前で露出しているわけではないし。
「俺の仲間たちも、真実の俺を知っている。それだけで十分だ」
事実、神崎団長をはじめとする応援団の生徒は、小野の露出癖を否定している。
仲間を持つことはこういうことか。ボッチが基本の僕にはまぶしかった。
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