並べて崩れてまた並べる

小説はお姉ちゃんが書いてた。

 実はうちのお姉ちゃん、本を出してるの。小さい頃から近所の子に読み聞かせては「楽しいから書いてみて」って言い回ってた。


 文字ばっかり。漫画の方が躍動感もあるしわかりやすくて面白いじゃんって思ってた。


 そんなことをあたしが言うと、お姉ちゃんは決まってこう言うの。


「それは、秋音がホンモノを知らないからだよ」って。


 お姉ちゃんがおすすめする本を読んだけど、結局その言葉の意味はわからなかった。本を読んで鳥肌が立つ。そんなことは絶対にない。


 そう思っていたのに、あたしはあの日、度肝を抜かれた。


 あたしの学校の文化祭は地域でも有名なほど規模が大きい。


 露店が充実していて、活気に溢れてる。部活からの出店やイベント企画もある。逆にクラスからの催し物は限られていて、任意らしい。反りが合わないクラスでやるより、部活仲間と一緒のほうがやりやすいのはよくわかる。


 ただ、それぞれの才能を持ち寄って一つの形を作るのも個人的には面白いと思うから、中学生までのクラスの一致団結感は嫌いじゃなかった。芸術に長けてる人は教室の飾りつけをして、音楽や演劇が好きな人はステージ発表を盛り上げて、クラス一丸のあの感覚はたぶんこの先の人生では経験出来ない。

 

 きっと職に就いて企画を成功させるのとは違うと思う。


 美術部は絵画の展示をしていた。まるで美術館に行ったときのことを思い出す。色彩豊かだったり、黒一色でデッサンされていたり、授業のレベルとは一味違う。


 将棋部は将棋の連勝企画をやってた。誰でもいいそうで、一般開放の日は将棋のプロが来るとか来ないとか。でも地味だ。


 一緒にコーラスしてるのはあれ、合唱部かな。素人も混ざってるっぽい。ハモってもらえて楽しそう。


 放送委員は校内ラジオを開いていたり、保健委員は衛生管理をしていたり、委員会もそれぞれ動いている。部活と両立している人は大変そう。


 料理部は料理大会、その隣の教室で茶道部がお菓子とお茶を売ってる。おいしそう。あとで来よう。


 まだまだ1日ではとても回り切れないほどのイベントをやってる。

 ところで、そういえばあなたはなんで一人なの? と、訊かれたら。あたしは、友達みんな恋人の元に言ってしまったからと答えるようにしてる。本当はただ一人で自由に色々なところを見て回りたかっただけ。部活に入っていないから暇だとも言える。


 ずっとざわざわと賑やかだったこともあって静かな場所に行きたくなったので、あたしは一度本校舎から出ることにした。


 廊下を抜けて、その先にある階段を上がる。上がって上がって、3階。休憩室が用意されていると聞いている。別世界みたいに物静かで涼しい場所だった。


 不思議な感覚だった。

 学校中が祭りで賑わっているのに、ここだけがいつもとなんにも変わらない。


 他にもいくつかひっそりと新聞部とか手芸部が入っている。どうやら展示物はここにはないらしく、作業部屋として使われているらしい。と、その奥に看板を見つけた。


『文芸部。学校誌、販売しています』


 毎年ここで売られてたんだ。幻の学校誌。 噂にはなってたけど、この歳にもなると本を読む人がかなり減っているのか持っている人は見たことがない。当然あたしもあまり興味はなかった。

 

 ただ、せっかく見つけたし無視する理由はない。ので、あたしはひとまず教室の中の雰囲気を確認してみることにした。横戸は開いていた。そして、そこから話し声が聞こえてきた。どうやら店番を任されている二人らしい。


「そういやさ、あいつの作品読んだ?」

「あーけいのやつ?」

「あれ恥ずかしくないのかね。部内でもウケ悪かったし顧問もだんまりって感じだったろ」

「地味で盛り上がりがねー。流行に乗ってないっていうか、無駄なこだわりがあるっていうかさ」


 咄嗟に身を引いてしまった。


 ぎゃははと馬鹿にしたように笑ってる。うわ、悪い人だ。

 そう思って、あたしは入るのをやめた。怖い人は苦手。まあ、当たり前か。


 そろりそろりと足を滑らして後ろを振り向く。と、なにかにぶつかった。男の人だった。


「え、あぁ……」

「あ、ごめんなさい。大丈夫ですか」


 ぶつかった拍子になにかを落としてしまったみたい。学校誌だった。というのはいいんだけど、そうじゃなくて。


 拾って渡そうとすると、その相手は走り去ってしまった。

 

 一応文芸部に届けようかな。そう思ってしかたなく行ったら、いらないからもらってくれと言われた。ラッキー。変な絡みがなくてよかった。


 どうせならと思って、あたしは休憩室でそれを読むことにした。無料で読めるならちょうどいい。


 室内は一般教室をそのまま置いた感じで、とても雑だった。ホントに休憩室か怪しいくらい。


 まあいいやと、読み進める。

 学校誌というだけあって色んなことが書いてある。けど正直、2ページくらいで飽きた。


 でも、やっぱりさっきの悪口が気になる。から、小説の部分だけでも読もう。


 同情してるわけではない。ただ、読まずに「けい」って人の作品をつまらないものと認識するのは、自分の性に合ってない。


 読むのは苦手なので、ゆったりと丁寧に読む進めていく。


 うんうん。ふんふん。あれ、意外と読みやすい。


 難しい単語が並んで読めない漢字も多くて、なんか想像しづらいなって思ってたけどそうでもないみたい。なんだろう。 お姉ちゃん、小説好きが好きな小説って感じのしかおすすめしてくれなかったんだなって。軽いの読みやすい。


 現代文の教科書にあるようないかにも文学ですって作品よりは、国語の教科書にあるような、『アリとキリギリス』くらいわかりやすく単純な文章と展開。


 読む手が止まらないだとか、笑ってしまうほど面白いだとか、そういうのはないけど、自然にすらすら読める感じ。


 プロが書いた本って、堅苦しくて重たい感じで読みづらい。でも、この『けい』って人が書いた作品は読みやすかった。


 なんかね。自分でも変な表現だなって思うけど、これを読んで思ったのは、文章がダンスしてるみたいだなって。書いてる人の顔を想像すると、とても楽しそうなんだ。感覚だけどね。気持ち悪い表現かもしれない。自分でもびっくり。



 同じ高校生が書いたんだと思うと、素直にすごいなあって思う。


 自分には無いものだから、少し羨ましい。

 ちょっとだけ、この人のおかげで読むことが好きになれた気がする。そんな感想を胸の中にしまい込んで、あたしは茶道部にでも行こうかなと立ち上がった。そしたら、入れ違いに人が入ってきた。


 あたしたち以外は誰もいない休憩室。大きく盛り上がる声が遠くに聞こえてきた。あ、このシチュエーション、恋愛ものっぽい。冴えない男の子と見知らぬ少女のボーイミーツガールだ、なんて。小説を読んだからかな。感化されちゃったみたい。


 立ち上がろうと踏ん張った足は止めて、あたしはまた席にぽつりと座った。


 よくみると、さっきの男の人だった。 背はあんまり高くなくて細身。なにやら紙に書きなぐっていた。作文用紙が埋まるたびにくしゃくしゃと丸めて、頭を抱えて、泣きだしそうな表情でまた書きなぐる。


 さっきの悪口、きこえていたのかな。ひょっとしたら、この人がけいくん?


 しばらくしたら疲れたのか、こっちを見向きもしないで出て行ってしまった。

 こっそり、その人が捨てた紙を拾って読んでみた。よくないよね。でも気になって。許して。


 書いていたのは小説だった。この雰囲気、『けい』っぽい。他のいくつかの作品と比べてみたけど多分合ってる。いや、絶対。


 やっぱり、内容はそうでもなかった。なにもかもつまらない。書いてる姿も楽しくなさそうだった。


 紙が破けそうなくらい黒の濃い線。文章にもならない文字の形をした何かの羅列。小さな子どもがクレヨンで塗り潰して台無しにしてしまった絵のような、読み解くのも難解ないくつもの紙。


 辞めてほしくない。そう思った。でも、突然知らない人に「やめないで 」って言われても。


 それでもあたしは言いたかった。あなたの作品が好きだって。もっと楽しそうに書くあなたを見てみたいって。


 追いかけた。けど、見つからなかった。


 見つからなくて、諦めた。でも、そしたら余計に会いたくなった。


 一目惚れでもないのに。会いたいが積み重なっていった。


 なかなか勇気が出せずに話しかけられなくて。廊下ですれ違っても目を逸らしちゃって。そして、月日が流れること4月の始業式。


 そこにはけいくんがいた。

 まさか同じ日に遅刻するとは思ってもみなかった。


 これも頑張って話しかけようとした努力が実ったのだと思って。


「これからよろしくね、けいくん」


 あたしは、必死に取り繕ってそう笑いかけたのだった。


 けいくんは口では小説は書いたことがないというけど、教えてくれる知識はどれもタメになるもので、本気で小説家になりたかった人なんだなって思った。だから、ホントは書いてたでしょとは、最初の一度以外は深く聞かなかった。いつかまた書いてくれたらいいね。


 あたしは、昔のけいくんの作品から小説を勉強した。

 内容は面白いって褒めてくれたから、あとは自分が好きだって思ったけいくんの書き方を取り入れたら完成するんじゃないかなって。


「けいくん、ちょっと文章直してみたから読んでくれない?」

「ああ、いいよ」

「ねえ、どう? きいてる?」


 それ以来、けいくんは小説の話をしてくれなくなった。


 そうして気づいたら、部長はあたしになっていた。

 小説が嫌いになっても部をやめることがなかったけいくんが退部した。あたしに原因があるんだろうなって思ったけど、どうしていいかわからなくて。

 それからあたしは文化祭に小説を出してもらうことになった。というより、顧問に半強制的に。

 

 これが意外とウケた。自分でも意外なほどに反響がよかった。でも、彼は何も言ってくれなかった。彼の言葉がなにより嬉しかったのに。


 そこからは誰かがレールを敷いてくれて、電車に揺られるままに書いた作品が書籍化されることになった。学校誌から書籍化されるケースがあるかはわからないけれど、今時ネット小説があるし媒体はどこからでもいいんだと思う。


 彼はいつか言っていた。

 天才はドミノを崩さない人のこと。崩しても諦めずに踏ん張り続ける人が本当の成功者なんだって。


 そして彼はそのどちらでもない、諦めてしまった人なんだって。


 あたしはその気持ちがわからない側の人だったのかもしれない。


 でも、辺境の教室で、彼と過ごした数か月は幸せだった。


 理想を描いたフィクションなんかよりずっと面白くない人だけど、それでもあたしは咲良恵の作品が読みたかった。


 だからあたしは、彼に会いに行くことにした。

 あれから3年後の春の日。


「けいくん、久しぶり」


 時間はかかってしまったけど、絶対に伝えるよ。


 あたしはあなたの作品が大好きだ、ってね。

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