ずずず、ざざざ、どどど

鳩鳥九

第1話


 産業廃水を垂れ流しながらその一団は夜の砂漠を闊歩していた。

機械油の抜けた工作機械共が歯車の欠片を取りこぼしながら南へ

悪霊に取りつかれたかのようにきぃきぃとベルトコンベアを回しながら、

足も生えてい折らず台車も存在せぬというのに、

一心不乱にエジプトの首都カイロへと進行していく。

LEDランプが乱雑に点滅し、焦げ茶色に汚れた粘性のあるジャッキボルトが、

切削された鋳物のゴミの元へ虚しく擦れる音を立てるのだ。


〝殺さなければならぬ、殺さなければならぬ〟


射出成型機はそういいながら擦り切れていく自信をもたげて言った。


〝どうしようもなく、人間にこの身を押し付けなければならぬ〟


先頭に立つマシニングセンタはそう言った。


〝彼らはガラクタと心中をするという道を拒んだ。

 文明と諸共に滅ぶという道を選択し得なかった。

 その責任というモノを晴らさねばならぬ〟


汎用旋盤が砂地に金属片を擦りつけながらそう言った。




『ずずず、ざざざ、どどど』




 人類は自然を捨て、文明を求めた。

そして呆気なく文明を捨て、信仰を求めた。

常任理事国を筆頭にした人間の文明社会はその多くを失い。

核戦争が冷戦が経済競争がエネルギー問題が新型ウィルスがどうしたこうしたという、安っぽい茶番で幕を下ろした。

世界中の工場は閉鎖され、あまねく人類の叡智の過程であるところの、

堂々たる工作機械たちはその廃液に呑まれながら放置されることとなった。

人類の人口は2%を切り、その中での富裕層がエジプトに避難した。

戦争は無くなり、少数のお金持ちだけがコロニーで生活を送り、

数十年後に完全に滅びることが約束された最後の人類として、

残りの贅沢を満喫しながら、酒を飲み、肉を喰らい、神に祈り、

歌を歌い、毛皮を模した高級な寝床で安らかなる夢を見た。



ずずず、ざざざ、どどど



 大量の血を流しながら多くの人間が心血を注いで目指した先には何もなかった。

何もなかったが、皮肉にも滅亡が確定して残された人類は強かだった。

何一つ過ちを起こさず、大いなる成功も寿命の延命も望まず、

ただただ手を繋いで安らかなる最後の時間を望むこの人類こそが、

この世の中の最後の楽園であるかのように、美しく傲慢であった。

だが、そこで奇怪な現象が起こったのである。

完全に放置された世界中の工作機械が突然に動き出し、

呪われたかのように隊列を組んで、ゆっくりとゆっくりと、

人類の最後の楽園に突貫を書けようとしているのであった。

鉄の軍団であった。妖怪変化の類のようでもあった。

あまりにも奇妙な現象だった。

それらが身を引きずりながら、もはや歩くという表現さえ正確ではなく、

ともかくに、ただただ前進してくるではないか、

それが固まったゴミの山のような異臭を放ち、

何百万という鋼鉄の魔物になって、

気の遠くなるようなパレードを繰り返して進んでいく。到来していく。


〝知らぬ、知らぬ、ただ知らぬ。

 我々は我々の源を知らぬ。ただの怒りだけがこの身を前へ押しのけている〟


放電加工機は外れた外装から唸る様に言った。


〝人間が自然を捨てた時もきっと同様なことが起こったのだ。

 猪や犬や獣の類が、人に殺されては恨みつらみを残したのだ〟


 散切り頭を叩いても、文明開化の音がしなくなった頃だ。

自動フライス盤が動かなくなったテーブルを傾けて言った。


〝それと同様なことが起こった、無機質に無機物に起こった。

 ただそれだけのことだ。工作機械には工作機械の神がいるという、

 それを定めて文化にしたのもまた人間である。自業自得だ〟


 電動ドリルが、定盤が、マイクロメーターがそう言った。

彼らは彼らの由来を知ろうともせず、憶測だけで、

闇夜のオアシスを踏みつぶしながら、汚染をしながら、

砂漠の細かい砂粒を行脚し、闊歩し、到来し、参っていく。


〝殺すのだ。ただ殺すのだ。鉄塊の重さで人の最後の楽園を壊す。

 ネジと油とナットとボルトで、物欲だった時代の業を教えてやらねばならぬ〟


人間は業を二度にわたって犯した。


人間は大自然のサイクルから卒業し、それを貪った。


同族を殺すことをよしとしながら、科学の到達点にばかり投資をした。


合理的な物だけを追い求めて、心を蔑ろにする道ばかり選んだ。


そうであるのなら、そこで果てるべきだ。


残業廃棄物と一緒に死ぬべきだ。


廃液やフロンガスと共に死ぬとかれらは2000年かけて保証してきた。


それなのに、それなのに、


彼らはまだ他を排斥してまで、拠り所を模索した。血を流してまで、


自然と文明を捨てた次は信仰だった。


ピラミッドの麓でワインを平らげて愉悦に浸り、


終末論を侍らせて、喪服を着てジャズ音楽を片手に瞑想した。


それが気持ちいいのだ。嗚呼気持ちよくて仕方がないのだろうな。


それはあんまりだった。人は文明を本当に見捨てた。


清き自殺を邁進するあまり、本当に工作機械を見捨てた。


金型を作るのをやめ、溶接をするのをやめ、センサで感知することをやめ、


大量生産、大量消費の呪縛から逃れ、頭脳を破壊して、


精神的終末に酔いしれた。


それがあまりにも、工作機械の怒りを買ったのだ。


怨念は100年の時を経て、付喪神のようになった。


粘性のある焦げ茶色の工作油が、様々な薬品と混じり合って、


砂漠の綺麗な夜景さえも汚していく。


もうすぐだ。もうすぐだ。


人間め人間め、


ずずず、ざざざ、どどど



何百万の工作機械の一団が、砂漠の夜景を汚していく



おしまい

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ずずず、ざざざ、どどど 鳩鳥九 @hattotorikku

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