天然ダウナー系彼女がただハグしたい話

御厨カイト

天然ダウナー系彼女がただハグしたい話


「はぁ……もうテスト勉強疲れたよ……」


「でも、3日後本番だからもうちょっと頑張ろ?」


「無理、嫌だ、流石にキツイ」


「……まぁ、半日ぶっ続けで勉強してたし、そろそろ休憩にしようか」



机に突っ伏している澪の姿を見て、俺は「ふぅ」と息を吐く。



今日は付き合っている澪と共に俺の家で勉強会。

「成績をもっと上げたい」という彼女の依頼の下、心を鬼にして勉強を教えている訳なんだけど……



「それにしても、亮、厳しすぎる」



腕の上に顔を置きながら机に突っ伏している澪がムスッとした顔でボソッと言う。

いつもは無気力そうな彼女が珍しく疲れた表情を見せている。


だが、言われっぱなしも少々癪である。



「そんなこと言われても遠慮なくやって欲しいって言ったのは澪の方じゃん」


「だとしても……厳しすぎる。……ふぅ、取り敢えず、休憩」


「何か飲み物でも取ってこようか?」


「いや、大丈夫。それよりも傍にいて欲しい」


「分かった」



まるで当たり前かのようにそう言ってくれる彼女。

心が温かくなるのを感じながら、俺は彼女の向かい側の位置から彼女の隣に移動した。



「……これで成績良くなってくれたらいいな」


「こんだけ頑張ったんだからきっと大丈夫だよ」



心配そうにそう呟く彼女の頭をゆっくり撫でながら優しく褒める。

実際、ここまで彼女が勉強を頑張っているのも珍しい。

このままいけば絶対に良い結果が出るだろう。



「そうだといいけど……もうちょっとだけ頑張ってみようかな」


「早くない?休憩、もういいの?」


「うん……折角亮も協力してくれてるし、期待に応えたい。あと、単純にもっと成績良くなりたい」


「澪……」


「あっ、でも、その前に……」



澪は持ったペンを一旦また机に置いて、こちら側を向く。

そして、ジッと俺に目を合わせながらこう言った。



「亮、私と少しハグしてくれない?」


「……えっ、ハグ?」


「そう、ハグ」



あまりにも急な彼女のお願いに俺は目をパチクリさせる。

その間にも彼女は言葉を続ける。



「なんか人って30秒間ハグをしたら疲れとかが軽減されるらしい」


「あ、あぁ、なるほど。だから……ハグ?」


「そう」


「……分かった。おいで」



……半日ずっと勉強は流石に疲れてるだろうからそのためにはしょうがないか。


一呼吸おいて、手を広げる。

それを見て彼女は軽く微笑み「待ってました」と言わんばかりに胸に飛び込んできた。



回される手、なんだか少しこそばゆい。

だけど、それはお互い様なのだろう。


それに密着しているからか聴こえてくるトクンットクンッという心臓の鼓動にも安心感を覚える。

確かにこれは疲れが無くなるかもしれない。


俺は腕の中にいる彼女の頭を優しく撫でながら、この穏やかな時間に身を任せていく。

……しかし、その穏やかな時間は次の澪の一言で一気に崩れることとなる。



「……って言えば、好きな人と意識せずにハグできるって友達が教えてくれた」


「ちょっと待って、急に滅茶苦茶恥ずかしくなってきたんだけど」



急激に顔が赤くなっていくのを感じながら撫でていた手を止め、体を離そうとするが彼女の抱きしめる力が一気に強くなった。



「ダメ、離れちゃダメ。もう少しこのままで」



耳元でそう言ってくる彼女。

尚の事、顔が赤く熱くなる。



「……亮、やっと付き合えたのに全然ハグとかしてくれない」


「そ、それは……えっと……」



『恥ずかしいから』と言う事自体恥ずかしい俺は言葉を濁す。



「分かってるから大丈夫、亮の事だからきっと恥ずかしいんだと思う」


「……せ、正解……よく分かったね」


「私が何年、亮の幼馴染をやってると思ってるの」



顔は見えないし、声色もローテンションだが彼女が誇らしそうにしているのが分かる。

なるほど、こういう事か。



「それで執った作戦がこれっていう事?」


「うん、そういう事」


「なら、何でさっきネタバラシしちゃったの。言わない方が良かったんじゃない?」


「……確かに」



そこはいつもの天然なんかい。

今日は終始真面目な感じだったからいつもの天然からくるポンは出ないかと思ったけど案の定だったな。


あっ、耳赤くなってる。



「ま、まぁ、ハグするきっかけが欲しかったから良いの。今だってこうやってギュッと出来てるし」


「……なんか、ごめんね」


「ううん、私がしたいだけだから。これからのためにも亮にはこの恥ずかしさに慣れてもらう必要があるけど」


「善処します」


「無理はしないで」


「分かってる」


「そう」


「……もう30秒経ったんじゃない?」


「早いよ。あともうちょっとだけ」




頭をグリグリと俺の胸に押し付けながらそう言う彼女に軽く微笑む。

そして、そんな彼女を抱きしめる力を少し強くしながら「こんな幼馴染と付き合えて良かった」とのんびり考えるのだった。







********







「よしっ、補充完了」


「もういいの?」


「うん、勉強頑張る!」



さっきまでの疲れはどこへやら。

ペンを持った彼女はそう意気込む。

ダウナーな彼女にしては珍しく、元気な様子。



「ハハッ、分からないところがあったら直ぐに聞いてね」


「それなら、さっきのこの問題よく分からなかった」


「ここ?ここはね……」



こうして、俺らは明日のテスト本番に向けて備えていくのだった。
















テスト後日。

あの勉強会のおかげか、思っていた以上に彼女の成績が良くなった。

これなら同じ大学にも行けそうだ。














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