便利屋ブルーヘブン、営業中。
卯崎瑛珠
便利屋ブルーヘブン、営業中。
都心から某沿線で片道三十分のところにある、ノスタルジックなアーケード商店街。
そこに、『ブルーヘブン』という名の小さな便利屋が店を構えていた。
「
壁際にはスチール棚が並び、掃除用具やらよく分からない段ボール箱やらが並ぶ。ガラス付き書棚にはファイルがたくさんあるが、入りきらない書類がファイルの上にまでぎゅうぎゅうに詰められている。
いつのものか分からないぐらい古い日に焼けた招き猫や、ご当地タペストリー。店内奥には、ねずみ色の事務机が一つ。
その上には、ジーコロロとダイヤルを回す、アナログな黒電話が乗っている。店を訪れた人は必ず「それは何?」と聞いてくるし、「電話」と答えると「どうやって掛けるの?」とまた聞く。客と打ち解けるための良い会話のきっかけになっているので、置いてある。もちろんスマホは別で持っているから、不便はない。
「おう、田中の爺さん。いいぜ」
気軽に返事をしつつ、ギシとぺったんこなパイプ椅子の音を立てて立ち上がる、
近所に住む高齢者の犬の散歩代行、迷い猫探し、引越しの手伝いから庭の掃除。
なんでもござれの便利屋は、天が一人で切り盛りしている。
背中の半ばまで長く伸びた鮮やかな赤毛は、緩いくせっ毛で、後ろで一つに縛っている。身長百九十五センチの分厚く屈強な体、白いTシャツとブルーデニム、その首や腕には様々なタトゥー。一見
「よっしゃ。ダイキチー。今日もいくかぁ~」
手慣れた様子で頭にタオルを巻いて、フンを回収するための道具が入ったトートバッグを、手首に引っ掛ける。
田中と呼ばれた老人が渡してきた千円札を、後ろポケットに突っ込んでから、天はリードを受け取った。
「ワン!」
柴犬っぽい雑種犬は、薄茶色の短い毛並みに、黒くてつぶらな瞳で見上げてくる。
もう慣れたもので、ふわふわのしっぽをぶんぶん振って歓迎してくれていた。
飼い主に見送られて店の外に踏み出すと、まだ早朝だというのに、もわりとした空気。
天は思わず顔をしかめる。
「うーわ。今日は暑くなる予感がするぞぉ」
「ワン!」
いつものルートを歩いて、近所の小さな公園へ向かう。もう少し歩くと大きな公園があるため、早朝はほぼ人がいない穴場だ。
そこでボール遊びをしてやるのが習慣なのだが――
「なんだあ」
ベンチの脇にうずくまっている男が、
気になった天は、思わず
それに気づいたダイキチが、ぴるるん、と耳を震わせてから
「オヒトヨシ」
と
「あー。はは。……性分だからな。すまねえダイキチ。ちょっと時間くれ」
「イーヨ」
天は大きく息を吐き、トートバッグからミネラルウォーターのボトルを取り出して、一口飲んだ。
なるべく威圧感を与えないように、ゆっくりとベンチに近づいてから
「どうした、具合悪いのか?」
と優しく声を掛ける。
男――よく見るとガタイの割りにあどけない顔だ――が、不思議そうに天を見上げてから「ハイ」と素直に答える。口の端に、流れた血がこびりついている。目の下に大きな青タン。顔だけでなく、腕や手の甲に切り傷や打撲痕が見て取れた。
ダイキチは、うずくまっているその彼に、身をすり寄せてみる。彼がためらった後、頭を撫でてきたその手つきは、優しい。『この子は悪い子じゃないよ』と天を見やると、頷かれた。
「ひっでぇ
ダイキチは今日のボール遊びを諦めたけれど、不満はなかった。
天がきっと彼のことも、笑顔にするはずだから。
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※こちらの作品は、『退魔OL参上! ~派遣先で無双します~』と同じ世界観です。
未読でも楽しんで頂けますので、ご安心くださいませ。
黒電話、ご存じでしょうか? 田舎のおばあちゃん家にありました。あのダイヤルで遊んで怒られましたけれど、好きでした。
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