数字愛好家たちの昼食会

花野井あす

数字愛好家たちの昼食会

寿命間近の蛍光灯が、ちかりちかりと明滅する。

蛇口の閉められたシャワー・ヘッドから、水滴が音を立てて一滴、また一滴と零れ落ちた。

メアリー・ブラウンは電池式の体重計の上に足を乗せた。


「45キロ!」

昨日のこの時間は45.5キロだったはず。メアリー・ブラウンは満足げに、にっこりと微笑んだ。

愛らしくピンク色に染まっていたはずの頬はげっそりと影を落とし、

くりくりとしたハシバミ色の瞳の下には青白い隈が浮かび上がっている。

メアリー・ブラウンの身長は160センチ。彼女は十分に瘦せ細っていた。


しかし止められない。数字が減るのは実に気分がいいのだ。

軽くなればなるほど、服のサイズが小さくなるのも良い。「細くて羨ましいわ!」と羨望の眼差しを向けられるのも堪らない。

親姉妹や友人たち、そして恋人のジョンはもっと食べたほうがよいと頻りに言い聞かせてくるが、メアリー・ブラウンの耳には入らない。


メアリー・ブラウンは数字が減るのが大好きなのだ。



一台のノート・パソコンの前で、チャールズ・ジョンソンはにやにや笑いが止まらなかった。

画面には銀行口座の預金金額。

チャールズ・ジョンソンは倹約家だった。それも過度の。


鉛筆は小指の爪の長さになるまで使い倒し、車は持たず、隣町まで何時間もかけて歩いて行く。

レストランで注文するのは一番安い料理。飲み物は注文せず、水道水を飲む。

腹を壊すとよく心配されるが大丈夫。チャールズ・ジョンソンの腹は長年の節約生活で鍛え上げられている。

多少の虫や病原菌は屁でもない。


身に着けている衣服は何年も着古した古着で、襟元が伸び、裾が擦り切れているが、問題ない。

穴が空いても、縫って何とかなるのであればまだまだ現役だ。


妻のブリトニーは嘆願した。

「いい加減にして、あなた。そんなみっともない格好。」


娘のエイダは声を荒げた。

「わたし、もっとお洒落がしたい。パパのケチ!」


しかし誰もチャールズ・ジョンソンを止めることは出来ない。

チャールズ・ジョンソンは数字が増えるのをこの上なく好むのだ。



クリスマスのイルミネーションが瞬く街の一角。

恋人や家族たちが楽しそうに大通りの方へと歩いていくのが見える。

スポーツジムの前で、イザベラ・ターナーはお気に入りの手帳を開いた。


今日は12月25日。

イザベラ・ターナーは大きくチェック・マークを付けて、日付を消した。

12月も残り1週間を切った。カレンダーの日付が日に日に減っていく。


毎年、何か目標を決めて、それを実行した日に印をつけていくのが習慣であった。

今年は1日1時間、必ず汗を掻くこと。

出張であろうが、旅行があろうが、結婚式があろうが、イザベラ・ターナーは毎日1時間走ることを忘れなかった。

日付が消えない日があるだなんて信じられない。


何があっても決めたことを遣り遂げる。それが自分であると自負していた。

友人や同僚たちには、「1日くらいいいじゃない。」と言われるが、絶対に妥協しない。

カレンダーの数字が減らない日を作るくらいならば、死んだ方がましだ。


イザベラ・ターナーは数字が減っていくことに、義務感を感じていた。



メイソン・フォスターは街の精神科医。


この街で唯一の精神科の医院を営むメイソン・フォスターはいつも大忙し。

毎日、毎日、色々な患者やその家族から相談が寄せられる。

予約票はいつもいっぱいで、待合室の椅子が空くことは無い。

朝も昼も夜も。休む間がなく忙しい。


それでもメイソン・フォスターは休むことを知らなかった。

この街で彼らを癒せるのは自分だけ。

忙しいのは自分が頼られている良い証拠なのだ。

誰かに必要をされるだなんて、医者冥利に尽きる。


「私はなんて幸せ者なのだ。」

日々増えていく依頼の数に、メイソン・フォスターは大満足。

予約の空きがないと言われることに酔いしれた。

メイソン・フォスターは数字が増えていくことに、満ち足りた気分を感じていた。


彼らは数字愛好家。

今日も数字のために生き、数字のために死す。

なんと愉快な人生か!

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