第49話 メンヘラちゃんはやってきた




【中性的な女 ゆう 廃墟】


「…………大好きなんですね。そのバンド」

「ええ……そうです。バンドをしてくれていることに感謝したこともあります」


 何度、つらい時にメンタルディスオーダーの曲に助けてもらったことだろうか。記憶がない間もきっと何度も助けてもらったはずだ。


「あなたのバンドのファンも、きっと解散してほしくないって思っていると思いますよ。恋愛って理性でどうにかなるものじゃないですけど……好きじゃなくなったら何も残らないとかって、頭では分かっているんですけどね」


 彼女は何度か瞬きをして、再度廃墟の風景に視線を戻す。


「……私もそう思います。好きなバンドが解散したら悲しいですし。はぁ……もう誰かを好きになったりしたくないんですけどね」


 同じような悩みを持っている人は沢山いるんだな。

 私と彼女は数秒の沈黙を迎える。

 しかし、不思議と気まずさはない。なんだか、私たちは少し似ている気がした。

 その沈黙を割くように、遠くから男の声が聞こえてきた。


「あぁ……少し落ち着きたかったのに。もうお迎えが来ちゃったみたい」

「?」

「私の悩みの種ですよ」


 余裕そうに彼女は笑う。

 走る足音が、かなり近くまで近づいてくる。

 固唾かたずをのんでそれを見守っていると、金の長い髪で細い長身の男が現れた。金髪なのは左側だけだ。色合いはアミちゃんの髪に少し似ているが、金でない方の右半分髪はショートカットにしている。


 私は彼をよく知っていた。


「おい、探したぞ緋月ひづき。こんなところで何してんだよ」


 ――え……緋月?


 緋月と呼ばれた隣の女性を私はまじまじと見つめてしまった。


「別にオフの時に私がどこで何していても、レイには関係ないでしょ」

「はぁ? あるに決まってんだろ」


 やっぱりそうだ。レイと緋月って。

 人違いじゃない。メンタルディスオーダーのメンバーだ。


「……って……お前誰だよ」


 レイと呼ばれた男性が、私の方を向いてそう言ってくる。どちらかというと、ガンをつけてきているという表現が正しいのかもしれない。


「こら、レイ。失礼でしょ」

「いえ、大丈夫です」

「? なんだ、お前女だったのか。てっきり緋月のまとわりの野郎かと思ったぜ」

「レイ……失礼だってば」


 いいです。慣れていますので。貴方より失礼な人が周りにたくさんいるので。

 とは言わなかったけど。


「さっき偶然知り合ったの。友達だよ」


 友達だなんて言われて、私は言葉を失うほど驚いた。憧れているバンドのヴォーカルが私を友達だなんて。まるで夢みたいだと思った。


「失礼ながら、名前を名乗っていませんでしたね。私は緋月。まぁ、バンドの方を知ってたら自己紹介は不要ですかね?」


 緋月と名乗った女性は、かぶっていた帽子を取った。それと同時に隠れていた腰の下まである長い銀髪が現れる。美しい銀色の長髪。白い髪だと思っていたが、良く見ると銀髪であった。

 マスクを取ると、その真っ白な肌が露わになる。

 そして緋月の一番の特徴、顔にある左頬の四本の痛々しい傷痕。特殊メイクではない、本物の傷痕だ。

 何故ついた傷なのかは公式にも非公式にも一切公表していない。

 先ほどまで彼女は、私の一番好きなバンド『メンタルディスオーダー』のヴォーカルの緋月だった。

 レイと呼ばれた片側金長髪の男はギターのひかり


「メンタルディスオーダーの緋月……さん」


 長い銀髪の髪をなびかせながら、緋月さんは私に向き直り話始めた。


「一番好きなバンドだって言ってくれてありがとうございました。騙すつもりはなかったんですけど、言うほどのことでもないかと思いまして」

「あ……あの……失礼なことを……」


 私は事情も素性も知らず、ずけずけと立ち入ったことを言ってしまった気がする。


「とんでもない。話せて良かったです。少し気が楽になりました。少しこっちも話し合いをしたいと思います」


 私と2人で話をしていると、光さんは痺れを切らしたように話に割って入ってきた。


「何の話をしてたんだよ」

「ふふふ、レイの話」

「俺の話?」


 そう言われた光さんは少しだけ嬉しそうにも見えた。

 そうか、光さんは緋月さんが好きなんだ。そうだよなぁ……こんなに綺麗な人、そうそういないと思うし。


「もう少ししたら行くから、レイは外で待っていて」

「もう少しって、どのくらいだ?」

「いいから、外で待っていて。終わったら今日はレイに付き合うから」

「……約束だぞ」


 レイ……――――光さんは私の方を一瞥して出ていった。片方の金色の髪をなびかせながら。


「あれが私の悩みの種の、ご存知の通りにうちのバンドのギターの光。いろんな噂があると思うけど、私はレイとは何もない。ただのバンドメンバーなんだよ」


 緋月さんは一度出した髪の毛を帽子にしまいながら、私にそう言う。


「失礼かとは思いますが、バンドメンバーのスキャンダルは興味ないので……特に何かあっても他言はしませんけども……」

「そうですか。そういう人だと思っていました」


 緋月さんはニコリと微笑む。


「やりたいことやって、それで誰かが喜んでくれるのはすごく嬉しいです。でも、有名になれば色々と制限がかかる。恋愛も自由にできないですし、少しでも異性といるだけですぐに噂が立ってそれが独り歩きしてしまう。正直それにもうんざりしてました」


 帽子に再び長い銀髪が綺麗に収まる。そして元通り、マスクを着用する。こうして隠されると意外と分からないものだなと感心する。やはりメンタルディスオーダーの緋月と言えば長い銀髪と顔の傷が印象的だから、それを隠されると誰なのか分からない。


「私はあなたが思っているよりも、素晴らしい人間じゃないです。普通……か、どうかは置いておいてもそんなに素晴らしいものじゃない」

「それでも、私はあなたに何度も救われました」


 過去に何度も、つまづきかけた時に私を支えてくれたのは彼女の詩、彼女の曲、彼女の声だった。それが偶像崇拝と罵られてもいい。私は彼女を尊敬しているんだ。


「短絡的に解散を考えていたけど……私もあなたに救われたのかもしれませんね。レイも悪い人じゃない。色々言われているのは心苦しいです。レイのこと、何も知らないのに言いたい放題ですよ。世の中は」


 確かに光さんの話は悪い話をよく耳にする。確かに乱暴なところはあるように感じたけど。でも緋月さんがそういうのなら、そうなのかもしれない。


「ネットとか、メディアのそういうのはいつも真実を伝えるのではなくて、自分たちが得するようにしか伝えない」


 緋月さんのつらそうな横顔が私の脳裏に焼き付く。

 その気持ちを、私は解ってあげられないけれど、その悲痛そうな顔からはいつもの堂々としている彼女は見えなかった。


「私は、今日逢って話をした貴女が真実だと思います」


 そんな言葉しか、私は緋月さんにかけてあげられなかった。


「私も今日逢った貴女は、その貴女が真実なんだと思います。たとえ昔の記憶がなくても。もしあなたが記憶のない間に何百人も殺しているシリアルキラ―だったとしても。私から見た貴女が、貴女であることには変わりありません。過去より、今を見てください。できることからやっていくしかないですよね」


 その緋月さんの言葉を聞いて、私は我に返った。

 過去の自分がどうであったとか、そんなことは関係ない。今の自分がすべてなんだと。そう尊敬する彼女が言ってくれたなら、私もそう確信を持つことができる。


「よろしければ名前を教えてください」

「あ、ごめんなさい。私は松村悠といいます。悠久とか悠長とかの悠です」

「悠さん」


 なんとも歯がゆい気持ちになる。


「あぁ……えっと。その……おそらく同い年ですし、さん付けはやめてください」

「ならお互い敬語はやめましょう。悠」

「でも、緋月さんのことは尊敬していますし」

「友達なんだから、敬語はやめてほしいな」


 緋月さん……いや、緋月はそういって笑った。その言葉になんだか心の奥底から救われて行く気がする。

 これが誠の神か。


「そう言ってくれて嬉しい……友達だなんて言ってくれて」


 大好きな、憧れのバンドのヴォーカルと友達になるなんてまるで夢でも見ているようだ。

 私が若干天に召されている間に、緋月がポケットから携帯を取り出した。


「良かったら、連絡先を教えてほしい。また話がしたい。同じような悩みを抱える者同士、これも何かの縁だと思うし。こんな廃墟で会うなんて驚きだけど」

「えっ、あぁ、もちろん。喜んで。いやぁ、足音が聞こえたときはここを根城にしてる半グレか何かかと思ってぶっ飛ばそうとか考えたよ」

「ははは、ぶっ飛ばされなくて良かった」


 そういって、緋月の連絡先を教えてもらった。相変わらず携帯には鬼のように着信やメッセージがきてるけど、私はこれにこれから向き合わなければならないという決心がついた。


「じゃあ、レイが下で痺れを切らしているだろうから行くけど、一緒に行く?」

「うん、行く」


 一緒に一階まで降りたら、光さんがいた。彼は少しイライラしているような感じだ。でも、緋月を見たらパッと一瞬表情が明るくなった。


「緋月、おせえよ」

「ごめんごめん」


 緋月は適当にあしらう様に光さんをなだめた。多分、緋月が光さんをうまくコントロールしているんだろうと思う。


「じゃあ、お互い頑張ろう。連絡するよ」


 そう言って、緋月は光さんと一緒に遠ざかっていった。

 私はそれを見送って、私は私の方の問題を解決するべく、とりあえずホームレスしてる場合じゃなくて、話をしなきゃいけないと思った。


 ――まず、誰から話そう……


 自分の決意は? 逃げていても問題を先延ばしにするだけだ。私は携帯の鬼連絡をながめた。




 ***




 私は1番にアミちゃんに連絡することにした。隼人とたかやさんはある程度情報を掴めているが、アミちゃんについては完全に未知数だったからだ。

 それに、私は同性愛者ではないし、何故ここで女の子が出てくるのか不思議に思っていたし。


 アミちゃんに連絡したらすぐに繋がって、私の居場所を伝えると、すぐに彼女はやってきた。


「記憶を戻す手助けをしてほしい。アミちゃんがきっかけで思い出せそうだと思うから」


 アミちゃんは少しの沈黙の末に


「解りました……」


 浮かない顔で返事をした。


「あと、アミちゃんさえよければ」

「亜美でいいです。前はそう呼んでくれてました」

「そう…………アミ……さえよければ、しばらく私と過ごしたところとか何をしたかとか一緒に回ってほしいんだけど……」


 そう言うと、暗い表情をしていたアミは、明るい表情を浮かべる。


「本当ですか!? また亜美と一緒にいてくれるんですか!?」

「え、あぁ……うん? ……うん」


 なんとも歯切れの悪い返事で私はそう言った。何か、大きな問題のはき違えをしているような感じがするが……。


「最初はどこに行きますかユウ様♡ 亜美は地獄の果てまで付き合いますから」


 地獄の果てまでついてこられる方が地獄なんだけど。

 とは、言わなかったけれど。


「じゃあまず、出会った場所から行こうか。どこで出会ったの?」


 私は私にべったりとくっついてる女の子と、一緒に記憶を取り戻すための旅に出ることにした。私はこれで思いだすことができるんだろうか。

 思い出せたら、この子の為に命をかけた理由も思い出せるんだろうか。



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