第15話 メンヘラちゃんはまだ状況を知らない




【中性的な女 ゆう


 そのレストランは私が来るのが場違いなほどの豪奢な飾り付けがしてある。アミと一緒に行ったレストランも豪華だったが、それが霞んで見える程の超高級レストランという感じだった。私のような者は足を踏み入れるのもはばかられる。

 紅いカーペットが階段に敷かれているし、周りを見ると綺麗に着飾ったドレスを着た女の人と、スーツの男性がやけに色っぽく腕を組み中に入って行っている姿が見える。

 いい加減な恰好をしている私は明らかに場違いだ。


「ふむ、そういえばドレスコードをしてもらわないといけなかったな。お前の体型で合いそうなドレスをいくつかもってきている。そこで着替えてこい」


 おもむろにタクシーのトランクから、今まで着たことのないような艶やかなドレス、美しいドレスが出てきた。


「えっ……」


 何を言っているんだ。

 そもそも、なんでこんなもの着なくちゃいけないんだ。食事をするだけなら普通のファミレスのようなところでもよいではないか。わざわざこんなドレスコードが必要な店を選ばなくても……と、考えている内にひょろメガネから追撃の話がされる。


「心配するな。羽織るものも持ってきているし、お前の胸のなさを考慮したドレスをもってきたつもりだ」


 こいつ、ちょっとこの前少しばかり会っただけだというのに、私の胸のサイズまでチェックしているなんて、とんでもない変態野郎だな……と、蔑視の目をひょろメガネに向ける。


「どうした、着方が解らないのか? 私が着せてやって――――」

「な……何言って……!?」


 このド変態が!! と、心の中で存分に詰った。こんな高級なレストランの前で大声でそんなことを言うとあまりにも場違いが過ぎるので、私は心の中では怒声であったが口にはしなかった。これならセーフだ。

 ドレスなんて着たくはなかったし、食事も正直、かなり、途方もなく面倒くさかった。しかし、ここまできて帰るわけにもいかない。ただ、帰りのタクシー代がないという情けない理由だが。


「お前の身体に合うようなドレスだ。問題ない。お前は胸がない以外はスタイルがいい。ドレスも似合う」


 ――なっ……なんでコイツにそんなこと言われないといけないんだよ……!?


 ほぼ初対面の人間に、ここまで言う人間がこの世にいるとは思わなかった。初対面なのに、まるで遠慮がない。言いたいことは何でも全部言う性格らしい。


「靴もこれを履け。それから化粧とヘアメイクもしてもらえ」


 ――なんなんだこいつ、私の足のサイズまで解っているのか……? 


 深読みはしないでおこう。あらゆる恐怖に苛まれてしまう。私は深く考えることをやめ、大人しく従ってやり過ごすことにした。


「……ちょっと待っていてください」


 ドレスをいくつか持ち、私は着替える場所専用のスペースに入った。服やの試着室よりも広く、鏡も大きい。


「…………」


 さて……ドレスはどれを着ようかな。

 青い薔薇状に布があしらわれている大人びたドレス。

 赤い情熱的な上品なフリルの重ねられている挑発的なドレスか。

 黒いスリットのきわどい艶めかしいドレスか。


「…………………………」


 私は、もう二度とこんなドレスを着る機会はないだろうと考えた。

 ならば、多少きわどいドレスを着るのも挑戦的だ。まぁ、たまにはこんなドレスを着てもいいだろう。

 私は黒いドレスを選んだ。

 本当に、驚くほど身体にぴったりで、スリットの入っているドレスで左の脚が大きく露出する。


 ――なんだかやはり恥ずかしい……


 ヒールは五センチアップくらいのお上品なヒールだった。


 168cmから173cm。上から目線ひょろメガネよりもヒールを履くことで身長が高くなった。


「お着替えはお済ですか?」

「え、はい」


 どこからともなく、化粧道具を持った女性が現れた。


「お化粧いたします。端正なお顔立ちですね。より一層お綺麗になりますよ」


 メイクなんてほぼしたことがない私は、顔を弄繰り回されて気持ちが悪かった。

 髪の毛も弄繰り回されて、まるで着せ替え人形になった気分だった。


「できました。とてもお綺麗ですよ」


 ――本当かよ


 と思い、鏡を見た。

 そこには誰なのか解らない程の美女が映っていた。


 ――うわ、誰だよこれ。めっちゃ美人がいるわ


 それが素直な感想だった。

 まるで自分じゃないみたいに見えた。記憶喪失になって、自分が誰か解らなくなったらこんな感覚なのだろうか。

 色っぽいドレスを着て、綺麗に作った顔、綺麗に整えられた髪。これではあまりにも別人過ぎるとすら感じる。


「あ……あぁ、どうも」


 化粧とヘアセットをしてくれた人にお礼を言い、私は歩きなれないヒールで上から目線ひょろメガネのところに歩いて行った。


「これでいいですか……?」


 振り向いて私を見た上から目線ひょろメガネは、戸惑ったような表情をした後に、すぐさま視線をそらし腕を組み、手で自分の髪の毛をいじり始めた。


「………………似合っているじゃないか」


 なにやら照れているひょろメガネは、最高に気持ち悪いと思った。


「さ、さぁ、行こう。私と食事ができることを光栄に思うがいい」


 そういう照れ隠しかよ。ツンデレってやつか?

 そう思いながら私は血のように紅い絨毯を踏みしめ、上から目線ひょろメガネと階段を上っていくのだった。




 ***




 煌びやかだ。やけに緊張する。

 通された席は、やたらに広く、そして椅子もテーブルも美しかった。テーブルの上には綺麗にたたまれたナプキンが置いてある。私が感動していると、


「一番いい席をとっておいた。感謝しろ」


 という台詞が飛んでくる。

 こいつのこの態度さえなければ、素直に感動できるのだが。

 付き合う人間は考えたほうがいいなと、こういう時にこそそう思うのだった。


「あのさ……こんなこと聞くのもどうかと思いますけど、あなたいくつなんですか?」


 横暴なこの男に私は質問する。随分さっきから横暴な態度をとられているが、いったいコイツは何歳なのだろうか。


「私は26だ」


 その回答に酷く私は動揺する。


「お……同い年……!?」


 私は今年で27歳だが、今は26歳だ。1年程度の誤差はあったとしても、もう学生ではないのだし、数か月の範囲内は誤差の範囲だ。

 つまり、ほぼ同い年ということ。


「なんだ、そうだったのか。年下かと思っていた」

「どこをどう見たら年下に見えるんですか……?」

「考え方や行動が幼い」

「は?」


 どこまでも失礼な男だ。同い年だと知った途端に尚更苛立ってきた。


「このご時世、暴力で何かを解決しようとするなんて幼い証拠だ」

「……好きで暴力を行使したわけじゃない」

「そうか? 少なくとも私には、好んで暴力を使用しているように見えたがな」


 …………否定はできない。

 できれば穏便に済ませたいと思う反面、ろくでもないやつは暴力でねじ伏せたいと思うことは多々ある。世の中、適度な暴力も必要だと思う。

 私がモヤモヤとして答えあぐねているうちにスープが運ばれてきた。

 私はアミと一緒にレストランに行ったときのことを思い出す。そういえば、アミとレストランに行った時もスープが出てきて……あの時ケーキまで全部食べたんだっけか。

 それと同時に、ものすごい眠気に襲われてアミを家に泊めたことまで思い出した。

 今日は絶対にそうならないようにしないとならない。こいつまで私の家に転がり込むことはないとは思うが…………眠い時のことをあまり覚えていないのは危ない。食べ過ぎないようにしなければ。


「暴力には暴力で答えるのが一番手っ取り早い。バカには言葉で言っても解らないからな」


 こんな上品なレストランで、私はなんて品のない話をしているのだろう。

 幸い周りの席と離れていたから周りに聞こえることはなかった。


「一理あるな。だが、暴力をふるうならそれなりの覚悟が必要だ。それに、せっかく綺麗な手をしているのにもったいないぞ」


 ――お前、手、綺麗だな――


 自分の手を見ると、そう言われたことを思い出す。それに、ひょろメガネにそんなこと言われても嬉しくもなんともない。


「別に、見てほしい人もいないし……」

「世の中には、綺麗でない人間などいくらでもいる。ましてそもそも手のない人間もいるしな。奇形もいる」

「…………下方比較はあまり好きじゃない」

「ほう、下方比較などという言葉を知っているとはな。少し驚いた」


 一々癇に障る男だと私は眉間にシワを寄せる。この世の全てを見下して生きている様子だ。別にそれは構わないが、私を見下して挑発してくるのはやめてほしい。私にもプライドらしいものくらいある。


「……人を見下しすぎだろ」

「実際に下の人間しかいないのだから仕方がない」

「君がどんな地位や権力があるのか解らないけど、人としては最低野郎だな」


 スープが美味しいとかそういう感覚よりも、こんなやつと食事をしている嫌悪感が勝って全然美味しいと思えなかった。


「何とでも言うがいい。私の存在を脅かすことなどできない」


 淡々と、クソひょろメガネは食事をしている。こんな嫌味など、聞きなれているかのように。その態度がますます気に食わない。


「私は医師だ。部長をしている。それに両親ともに権威ある医師だ」


 医者かよ。

 医者もこんなのばかりじゃないんだろうけど、医者の品位というものをおとしめているのはこういう高慢な医者なんだろうと、目の前の男の残念さに落胆する。


「親の権威もあったかもしれないが、それとは別で実力で学部長までになった」

「そりゃ、お偉いことで」


 そんなことには心底興味がなかった。

 他の女はどうか解らないけれど、医者だろうがフリーターだろうが働いていなかろうが私はそんなの心底興味がない。

 そういうのは婚活で高収入男性を探している女の前で披露すればいい。私は結婚なんて事象は微塵も考えてもいなかった。高収入で地位のある男性に食らいついて行くような鮫ではなく、どちらかと言うと私はその辺の草を食べている馬だ。


「私にひれ伏さない者などいない。家柄も一流の家柄だからな」


 スープは多分美味しいと思う。

 でも今まで飲んだスープの中で一番まずいと思った。

 こういうプライドがどうしようもなく高そうなやつは面倒くさい。

 それに話していて面白くもなんともない。


「良かったな。恵まれた環境に生まれて」

「私の努力あってのことだ」


 あー、はいはい、努力自慢、職業自慢、家計自慢乙。

 もう早く帰りたい。

 こいつがどうであれ、関係ない話だ。

 豪華で且つ目を奪われる料理が入れ代わり立ち代わり運ばれてくるが、確かに美味しいけれど、この上なく不味いと感じる。


「どうした、あまり食がすすまないか?」

「あぁ、(お前といると)すすまないな」

「ストレスか?」


 ――お前のせいだよ!!


 と、心の中で盛大に突っ込みを入れる。なんと空気の読めない男だろうか。


「まぁ……ここのところ色々あったからな……」

「そうか。憐れだな」


 カチン。


 頭にきた。

 もうコイツの話を聞いていられない。あまりに不愉快だ。私はスプーンを口から離し、テーブルに若干乱暴に置いた。


「…………………………」

「どうした?」


 食事の手を止めたのを見て、ひょろメガネは私に疑問をぶつけてきた。

 医者は頭のいい生き物なんだろう?

 なのに、なんでこんな簡単なことが分からないのだろうか。


「お前と話しているのが不愉快だ」

「なんだと……?」


 自信満々なひょろメガネの表情が険しいものになるのが分かった。

 しかし、まだ理解が足りないようだったのでもう一度私は言った。


「聞こえなかったのか? お前と話をしているのが不愉快だと言ったんだ」


 語気を強めて私が言うと、ひょろメガネは凍ったような表情だった。まるで、得体の知れない者を見るような表情をしていたと思う。

 私は鮫ではなく馬かもしれないが、馬だって怒ったら後ろ足で相手を蹴り殺すこともあるのだ。



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