第13話 メンヘラちゃんは猛ダッシュしている



【中性的な女 ゆう


「ちょっと! 貴女! 何しているの!?」


 看護師さんも尋常ではない狂乱しているアミに動揺しておどおどした様子で、なんとかアミをなだめようとする。しかし、アミは全く収まらない。


「いやぁあああああ!! 放して!! 放してよ!!!」


 暴れて手が付けられないアミに、私は呆然としたがすぐに駆け寄ってアミの肩を掴んだ。


「何してんの!? 治療しないと!」

「嫌です! 病院は嫌!!」


 私が掴んでいる手を振り払って、アミは一目散に出口に向かって走り出した。その様子に唖然としたが、考えている間もなく私はすぐさまアミの後を追った。


「アミ! 待って!!」


 運動なんかできなさそうなのに、結構速く走るアミに驚きながらも、私は必死にアミを追いかけた。

 病院から出たそこはすぐに大通りの車道だったのを思い出す。


 ――ちょっと待って、そんな勢いで走ったら車道に飛び出す気か!?


 全力で走ったのは何年振りだったろうか。体力には自信がない。でもここでアミを掴めなければ……!

 私はアミに手を伸ばし、その腕を――――――――


 掴めなかった。


 何か不祥事があった時、自分を責める傾向にあった。

 他人のせいにしても、ことは解決しないし余計に腹が立つだけだ。自分のせいにしても自分に腹が立つけど、他人に腹を立てるよりも建設的だと思う。

 でも、自分を呪うほど自分を責めることもある。

 そう、あと少し早く手を伸ばせば届いたのに、届かなかったときとか。


「アミ!!!」


 寸でのところで手が届かずに、アミは車道に飛び出し、勢いよく来ていたトラックがアミの身体を大きくはねあげると同時に聞いたことのないような嫌な音が響き渡る。


 ……と、思われたが、飛び出す前に段差に足をとられてアミは転んだ。


 ――なんて都合の良い展開なんだ


 と、天の神様がいるのかと驚愕した。しかし驚いている場合ではない。転んだところを起き上がる前に取り押さえる。

 手首の包帯の部分を掴みたくはなかったけれど、掴まざるを得なかった。

 転んでいる女の子を無理やり押さえつけるなんて最低なことだとは思うけど、四の五の言っていたらアミが車道に飛び出してしまう。


「アミ、ちょっと! 話を聞いて!」

「嫌! 家にも病院も嫌!!」

「解ったから! アミの話聞くから逃げないで!」


 泣き出すアミ。

 アスファルトの上にアミを組み伏せる私。

 端から見たら私がいたいけな少女に暴力を振るっているように見えるだろう。しかしそんなことを気にしている場合ではない。

 アミが抵抗するのをやめたので、私は力を緩めた。

 転んだアミを、向き直させて服の汚れを軽く払ってやった。膝に転んだ時の傷が出来ており、少し血が出ている。


「…………ごめん、アミ。そんなに病院も家も嫌なら…………うちにいていいから」

「っ……うっ…………でも……ユウ様は亜美がいると……っ……亜美がいると迷惑…………じゃ……うぅっ……」


 確かに迷惑だけれど。

 あんな内情を知ってしまった私は、冷たく突き放すことができなかった。

 あんな姉がいるなんて。

 どんなにお金持ちでも家に帰りたくないのも頷ける。私は一人っ子だが、あんなのが兄弟姉妹だなんてゾッとする。

 けど、なんで病院に対してここまで拒絶反応を示すのだろうか。


「……迷惑じゃないとは言えないけど……いてもいいから逃げ惑うのやめてよ」


 言うべきか言わないべきかと悩んだが、私は切り出した。


「…………実はアミのお姉さんに遭ったんだけどさ……」


 そう言った途端に、アミはうつむいていた顔をバッとあげて私の方を見た。


「……あれじゃ……家に帰りたくないよね」


 私は苦笑いをした。ガリガリと自分の頭を掻く。あんな姉がいる家に帰りたくないのは普通のことだ。私だってあんなのが家にいたら帰りたくない。


「…………お…………お姉様に、酷いこと……されませんでしたか……?」


 酷いこと……――――――思い出しただけで、脳の血管が破裂して意識白濁しこの世から他界しそうになるほどイライラした。

 何も言わずに私が黙っていると、アミが頭を下げた。


「ごめんなさい!!!」


 と、突然謝りだした。

 なんでアミが謝るのか私には理解できない。


「え……なんで謝るの?」

「お姉様が……ユウ様にきっと酷いことをしたと思うから…………」

「…………まぁ、ちょっとね」


 ちょっとどころではない。

 あの時、あの女の金の巻き髪をつかみあげてシュレッダーにぶち込んでシュレッドしてやろうかと思った。

 アミの家にシュレッダーがあるかどうかは別の話なのだが。


「病院も……なんか理由があるんでしょ。でも治療は必要だと思うから家でできることなら家でしてもいいから、今は治療して」


 そう言ってアミを見ると、気まずそうに視線を逸らした。


「ユウ様…………っ」


 泣きながら私の名前を呼ぶ。縋るように。

 まったく、困ったな。この子といると自分の生活のすべてがめちゃくちゃになる。


「とりあえず、脚を怪我しているから、おぶってあげるよ」


 私はアミに背中を向けて、乗るように促した。

 暫くアミに無言で背を向け続けたら、柔らかい感触が背中にした。


「よいしょ……っと……」


 結構重い。

 アミが太っているわけではなく、もう大きい人間一人背負うのは普通に重い。

 アミの包帯の巻かれている左手の手首をみた。申し訳なさを感じた。死んだ方がいいと思うほど、アミは家に帰りたくなかったんだろう。その気持ちをくみ取ってあげることができなかった。


「…………ごめんな」

「えっ? ……なんておっしゃいましたか?」

「…………ごめんなって言った」

「なんで謝るのですか……ユウ様」

「そんなに家に帰りたくないって、解らなかったから。死ぬ方がマシに思うほど家に帰りたくなかったんでしょ」


 アミの手に少しの力が入る。


「…………血縁者ってのは、どうにもならないよね」


 切っても切れないしがらみがある。どうしようもないこともたくさんある。

 どんなに最低な家族でも、家族というもののしがらみは切れたりしない。『絆』という言葉は、本来望ましい意味で使われていた言葉ではないのだ。昔、犬や馬などの家畜をその辺の木などにくくりつける縄のことを絆と言った。切ろうとしても切れない人との結びつきのことだ。けして好ましい意味ではない。

 それを抜きにしても絆という言葉は嫌いだ。

『ほだす』という言葉は『絆す』と書く。自由を束縛するという意味だ。

 私は束縛されるなんてまっぴらごめんだし、そんな繋がりなんてほしくない。

 と、思ってはいるのだが私をアミとの間にはすでに絆というものができてしまっているのだろう。情に絆されて、家にいさせているなんてまったくもって、頭の痛い話だ。そんなもの全部断ち切ってしまいたい。

 しかし、不思議とアミに最初の頃のような嫌悪感を抱かなくなっていった。


 私もまだまだ甘いな。



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