第12話 メンヘラちゃんから返事がない




【中性的な女 ゆう


 花占いというのは滑稽だ。


 花弁を千切っていって最後に『すき』になるのか『きらい』になるのかという占いなわけだが、花弁の枚数が解っていれば必然的に自分でそれを操作できる。そんなことの為に散らされる花も可哀想なものだ。そんなことを考えたことがある。

 占いなんて、私には縁遠い存在のものであり何の根拠もないものの押し付けに感じる。

 あのRITSUKAの出ている番組でも、占いがどうのこうのということをしていた記憶がある。


 ――占い? 運勢? そんなものある訳ねぇだろ、ばぁーか!


 努力しない奴が奇跡的な運に導かれて成功するって話は、その話が際立って異質だから注目されてるだけで、現実ってのはそんなに花の蜜みたいに甘いものじゃない。

 努力しなかったら努力しなかったなりのツケを払う羽目になるし、成功してるやつは最初から天才か、めちゃくちゃ努力して成功の座についているだけだ。

 そりゃ、偶然っていうのはあるけど、それは偶然とか奇跡とか運命とか名前をつけたって、結局ただそれを特別視しているだけで、結局、玄関にクマの置物があると良いとか、呪い除けの数珠とか、幸運の壺とか、そんなもんは全部詐欺みたいなもんだ。信じる者は救われるっていうけど、盲目的に狂信することで現実から逃げているだけに過ぎないんだ。


 ――胸糞悪いものに拍車をかけてさらに胸糞悪い!!


 私は怒りが収まらずにイライラしていた。


 ――なんなんだあの女!?


 テレビやらネットでもよく見かけているが、あんな性悪女だったとはな。などと、頭の中で散々と悪態をつきながら自分の家に帰ってきた。

 アミに謝らなければならない。あんなのが家にいたら、そりゃ帰りたくないと思うにきまっている。私は玄関のカギを開けて中に入った。


「…………アミ?」


 玄関から見える部屋にアミはいなかった。


「アミ? いないの……?」


 辺りを見回すと、アミの携帯があった。携帯おいてどこかへ行ってしまったのか? 

 私は、浴室をみた。すりガラス越しに人影が見えた。髪の毛の色合いからしてアミだ。

 こんな時間から風呂か?

 にしても服を着たまま風呂に入ってなにをしているのだろう。


「あぁ、アミ……お風呂入っているところ悪いんだけどさ……」


 私は罰の悪い声でアミに話しかける。


「今日……アミの家に行ったらさ……その……」


 あの性悪ゴミカス性格ドブス…………と言いたかったが、さすがに実のお姉さんに向かってそんなことは言えない。

 なんて言おうか迷っているうちに、アミが返事をしないことが気になってきた。拗ねているのだろうか。


「アミ、ほんとうごめん。キツイ言い方したし……その、事情も知らずに酷いことを言ったと思う……」


 アミは黙している。


「………………?」


 私は、とてつもなく嫌な予感がして浴室の扉を勢いよく開けた。


 

 

 それが何の赤なのか、私はすぐさま理解した。

 アミが左腕だけをバスタブの中のに突っ込んでいる。バスタブにもたれるように、アミはぐったりとしていた。


 ――――――死――――――……


 私は咄嗟にアミに駆け寄って身体を抱きかかえた。


 冷たい。


 バスタブの中の赤色の濃さから見て、結構な量の出血をしているようだった。


「アミ! アミ……!!」


 私の声にアミは反応しない。駄目だ、とりあえず救急車を呼ばないと……!

 私は手元がおぼつかない中、救急車を呼んだ。左腕をバスタブの中から出すと、ざっくりと切れている手首が見えた。私はその辺からタオルを持ってきてアミの傷口に当てる。

 もうあまり出血も激しくなく、タオルが鮮血に染まるほどの勢いはなかった。


「アミ! 起きてアミ!!」


 息をしているか確かめた。アミの胸に手を当てて心臓が動いているか確かめる。かすかに、息はしていた。心臓も動いている。


 ――良かった……


 この状況はよくはないけれど。

 私はアミの身体を抱きしめたまま、アミに冷たくしたことを後悔した。

 無理やり出ていかなければ、こんなことにはなっていなかったのにとか、もっと信じてやれば良かったとか。そんなことを考える。

 どうか、アミの呼吸が止まってしまわないようにと、私はアミのかすかな吐息を静かに聞きながら抱きしめる他なかった。

 占いを信じたりはしないけれど、アミが生きるか死ぬかの花占いが頭の中で映像として流れる。

 大輪の花の花びらを千切るたびに、そこから血があふれ出す。花びらを千切られた花は死んでしまうのに、どうして恋を占うためにそんな残酷なことをしようとするのかと、私はまだそんなことを考えていた。

 アミの手首を初めて見た。白い手首に、何本も古い傷があった。それが腕の方まで続いている。頑なに長袖を着て手首を見せようとしていなかったことを、今になって思い返すと思い当たる節があった。


 リストカット。

 自傷行為。


 嫌なことを思い出す。


「………………」


 私は『ソレ』を振り払う。リストカットでは死なないと聞くけど、アミの手首を見る限りかなりの頻度で自傷行為を行っているように見えた。

 それに自傷行為を繰り返すことによって心臓に負担がかかり、心臓の弁に穴が開いてしまうことがあると聞いたことがある。


「…………はぁ……」


 後悔の行列というものではない、後悔の祭り会場だった。

 所狭しと私の周りに後悔たちが動きひしめきうごめいている。後悔たちの声が私の脳内に次々とこだましていく。


 ――うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!


 周りには誰もいないはずなのに、後悔の声が私の脳内で爆音を響かせる。

 そんな中、救急車が到着し、アミと私は救急車に乗って病院へと向かった。




 ***




 私が病室の外の長椅子で落ち着かない様子で待っていると、医師が出てきて、私の前に立った。

 後悔どもの爆音の声から現実に引き戻された私は、後悔たちの声は聞こえなくなっていた。


「今輸血をしています。もう少しすれば帰れるでしょう」

「…………はぁっ…………良かった…………」


 まるで息を止めていたかのような勢いで、私は息を吐き出した。


「彼女のご家族の方ですか?」

「いえ……友人です」


 友人、なのだろうか。なんとも言えない。


「一度、精神科を受けられた方がいいと思います。繰り返し自傷行為を行っているようですし。見たところ自殺未遂はこれが初めてではないのではないでしょうか」

「…………えぇ、そうですね」


 医者の言葉は、アミがとりあえず無事だったということの安堵感であまり聞こえてこなかった。私が精神科を受けたいくらいだった。

 ホッと一息ついていたとき、はおきた。


「いやぁあああああああああああああああああああああああッ!!!!!」

 

 私があまり医者の話を聞かずにいると、中からけたたましい叫び声が聞こえてくる。

 医者も看護師もほかの患者も私も、全員が中を見た。

 処置室の中を見ると、アミが輸血の点滴の針を自力で無理やり引き抜いてベッドの上から飛び起き、一心不乱に暴れている光景が見えた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る