Ⅰ 消し忘れたタバコ (花嫁のスピーチ 1 )

帆尊歩

第1話 花嫁のスピーチ1

本日はお忙しい中、私たちの結婚パーティーにご参加頂きまして、ありがとうございました。

最後に新婦である私から、ご挨拶をさせていただきます。

皆さん、式の方にご出席していただいた方は、ご不審に思われたかもしれませが、バージンロードで、私を彼の所に連れて行ってくれたのは、叔父でした。


私の本当の父は、私が五歳の時に病気で亡くなりました。

正直何も覚えておりません。

母は、その後再婚をいたしまして、新しいお父さんが私には出来ました。

その時、お父さんは二十五才で私は十歳でした。

なんと母の十歳下でした。

随分親戚からは言われたようです。

でも私は幸せだったと思います。

その時は、そういう実感は全くありませんでしたが、幸せだったんだと思います。

母とお父さんは、本当に仲がよく、娘の私から見ても幸せそうでした。

私のその頃の幸せは、そのおこぼれだったのかもしれません。

その頃のお父さんは、まだ若かったくせに、親父ギャグの王様で、受けないことが分かっていて、母に乱発していました。

母は全然面白くない。

と騒ぐのに、お父さんは嬉しそうに笑うのです。

母はそんなお父さんに苛つくどころか、嬉しそうに笑うのです。

そんな二人を見ていると、私のお父さんは死んだパパだ、なんて頑なな思いも馬鹿らしくなっていきました。


父の記憶はあまりありません。

でも、こんなに笑いがあふれていた記憶もありません。

十歳で新しいお父さんと言われても、まだお父さんはその時二十五歳でしたから、お父さんと言うよりお兄さんでした。

いくら私の頑なな思いが馬鹿らしくなるとはいえ、なかなかお父さんに心を開くことはありませんでした。

だからそんな家庭のじゃれ合いも、少し冷めた目で見ていたのかもしれません。

お父さんは母と結婚したのであって、私のお父さんになったのではないと思っていました。

だから必要最低限のことしか話さないし、接触は極力なく、何かあれば母を通してでした。


四十二歳で、母が病気で亡くなると、全てのことを見直す必要に迫られました。

私とお父さんの関係です。

お父さんは、母と結婚したのであって、私のお父さんになったわけじゃない。

それは一貫してあった思いです。

では私は?

親戚一同の大家族会議が開催されました。

母の兄妹の、叔父や叔母達は、私がお父さんと一緒に暮らすことを、良くは思いませんでした。それはそうです。

血の繋がりがありません。まして十七歳の女子高生と三十二歳の父親です。

叔父や叔母の心配は二つ。一つはお父さんが若すぎると言うこと、まだ別の人と結婚して、私に辛く当たる、もしくは捨てる。

今ひとつは、何かの間違いが起こるのではないか。

これについて私は、微塵も心配していませんでした。

懸念の一つお父さんが若いということ。

私という重荷で、お父さんの自由を奪うのではないか。

でもお父さんは、叔父や叔母の前で公言しました。

私をこのまま育てることを、そして母とじゃれ合っていたときの乗りで、夢を語りました。

夢は、将来私の夫となる人を結婚の挨拶の時、一発殴ることと、孫を溺愛して、うんと我が儘に育てること。

そして最後の審判は私に委ねられました。

そして私はお父さんを選んだのでした。

でも思えば選択肢はありませんでした。

十七歳の娘を引き取る余裕は、どの家にもありませんでした。


そうして、私とお父さんの生活は始まりました。

とはいえ、なにも変わりません。

今まで住んでいた家で、今まで通りの学校に通い、今まで通りお父さんとも接する。

ただその空間に母がいないだけ。

毎日のお弁当は、お父さんが作ってくれるようになりました。

全く酷いお弁当で、基本全て、冷凍食品でした。

酷いときはご飯までチーンだったときは、驚いたというよりあきれたほどでした。

時が経つにつれ、段々に手作りの物が増えて、お弁当らしくなってきました。

でも手作りなので、冷凍食品の方がおいしかったというのは、今を持っても決してお父さんには言えません。


毎日お弁当を作ってくれたのには、とても感謝をしていたのに、私はどうしてもお父さんに(ありがとう)と言えませんでした。

もうすぐ卒業という時になって、私はリビングに消し忘れたタバコを発見しました。

お父さんの大嫌いなところは、このタバコを吸うところでした。

「ちょっと、タバコ消し忘れてる」

「あっ、ゴメン」

「火事になったらどうするのよ。お父さん、しっかりしてよね」

そこで二人で顔を見合わせてしまいました。

はっきりお父さんに、「お父さん」と言ったのは初めてだったのです。

それまで二人でしたから、

「ちょっと」とか。

「あのー」とか、いきなり話を始めるとかでした。

不思議な間が発生しました。

そしてその間を壊すように、私が口を開きました。

「お父さん、いつもお弁当ありがとう。おいしいよ」

「ああ。あ、どういたしまして」

今にして思えば、あれが思い出の始まりだったのだろうと思います。

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Ⅰ 消し忘れたタバコ (花嫁のスピーチ 1 ) 帆尊歩 @hosonayumu

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