第55話 リアンを救え

「さて、どうなるかな?」


 デルビー卿との通話を終えたデルゴは、深く椅子に座りなおす。


 滅多に酒は口にしないが、今日くらいはいいだろう。

 クリスタルグラスに琥珀色のウィスキーを注ぐ。


 カラン


 グラスを傾けると芳醇な香りとアルコールの刺激が喉を焼いた。


「ふむ」


 タバコに酒……こちらの世界の嗜好品は素晴らしい。


「ダンジョンポータルに満ちる”闇”を逆流させ、魔窟に刺激を与えてやった」


 予想通り、一時的に魔窟は活性化した。

 その莫大な魔力の刺激で魔王であるリアンの枷を外す。


 暴走する魔王の力を【特異点】が抑えられるかどうか。

 抑えられたならば、彼の力は合格だ。


 封印を解く鍵として、手札に加えても良い。


「いまだ彼の力が足らず、リアンを抑えられなかったとしても」


 魔王が暴走したという事実は、人間族の恐怖を呼び大きな政治的混乱をヴァナランドにもたらすだろう。

 どちらに転んでも損する事が無い、完璧な計画だった。


「くくっ」


 ウィスキーを満たしたグラスを、目線の高さに掲げる。

 琥珀色に染まる摩天楼は、デルゴの輝かしい未来を示しているようだった。



 ***  ***


 ズゴゴゴゴゴゴゴッ


「ふふ、ははははははっ!」


 枷が外れたように笑いながら、両腕を虚空に突き上げるリアン様。


 揺れはどんどん大きくなってきて、俺たちのいる地下空間が崩れてしまいそうだ。


(マジかよ……)


 だんきちに取り付けられている各種センサーは既に振り切れており、リアン様が測定不能になるほどの魔力を放出している事は明らかだ。


(もしかして……)


 そういえば、普段は魔王の力を抑えているのです、とリアン様が語っていた事を思い出す。


(暴走?)

(このまま放っておいたら絶対にマズいよな)


 地上にはユウナやアリス、マサトさんたちもいるのだ。


 リアン様が膨大な魔力を爆発させ、ここら一体を吹き飛ばしてしまうかもしれない。


(俺のクリーナースキルを使うしかないか……)


 魔王様を、俺の力で抑え込めるのか?


 自問自答を繰り返す俺の脳裏に、突如幼き日の記憶がよみがえった。



 ―――――― 20年前


 突如出現した”ダンジョン”の調査をしていた俺の両親。

 幼い俺は、わがままを言って調査に同行させてもらっていた。


 新しく出現したダンジョンの壁は明らかに人工物で出来ている……興奮した両親について行くが、ほどなくダンジョンは行き止まりになる。

 落胆する両親を何とかしたいと思い、壁に触れると……鈍い音と共に壁がスライドし、光とともに視界が開けた。


 人類が初めて”異世界”に触れた瞬間だった。


 何かに導かれるように、未知の森の中を歩く俺たち。

 そびえる木々は見たことのない物ばかりで、上空には紫のハレーション。


 そろそろ戻った方がいい。


 そう父親が言った時、突然”彼女”が現れた。


 漆黒のローブを身にまとい、空中に浮く少女。


 少女の黄金の瞳が輝き、狂気を孕んだ笑い声と共に莫大な魔力が発生する。


 ―――――


 ……ああ、そうだ。

 あの時もこうしたっけ。


 ======

 ■スキルツリー


 ☆★☆ クリーナー・ヌル 魔の力を抑え込む


 ☆クリーナー・アインス 倒したモンスターを魔石に変換する。

 ↓

 ……

 ======


 スキルツリーを開くと、他のスキルと繋がっていない特別なスキルが現れる。


「やはり……あの少女はリアン様だったのか?」


 何とかしなきゃと思った幼い俺は、突然現れたスキルを訳も分からず発動させた。

 膨大な魔力が収まった後、毒気を抜かれた表情を浮かべる少女はどこかへ飛んでいき……両親はこの場で起きたことを覚えていなかった。

 気味が悪くなった俺は、記憶を封印し、この事件を無かったことにしていたのだ。


「……よし!」


 ぽすん!


 だんきちの腕をクロスさせると、俺はクリーナー・ヌルを発動させる。


 ヴィイイインッ


 だんきちの肉球がほのかに光り、鈍い音が空気を震わせる。


「……リアン・フェルニオス!!!」


 彼女の気を引くため、わざと大声で呼びかける。


「あらぁ? 余の事を呼び捨てするなんて?」


 楽しそうに周囲を歩き回っていたリアン様が、俺の方に振り返る。


「いまだ!」


 俺のことは警戒していないのか、リアン様の動きは鈍い。

 だんきちのアシスト機能を全開にすると、リアン様に飛び掛かった。


「申し訳ありません!」


 ぎゅっ!


 俺はリアン様を抱きしめ、クリーナー・ヌルを全開にする。


 ヴィイイイイイイインッ!!


「……あ?」


 リアン様の肌に浮かんだ紋様が消えていき、彼女のまぶたがゆっくりと降りていく。

 それと共に、リアン様から放たれる圧倒的な威圧感は小さくなっていき……。


「すぅ、すぅ」


 だんきちの腕の中で穏やかな寝息を立てるリアン様。


「リアン様、タクミ殿! ご無事ですか!?」


 ミーニャさんが組織した救助隊がやってきたのはそんなタイミングだった。

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【辻ダンジョン掃除】スキル持ち社畜、うっかり美少女アイドルの配信に映り込み神バズりしてしまう ~スキルが最強進化し彼女の配信パートナーになった俺は幸せライフを満喫しています~ なっくる@【愛娘配信】書籍化 @Naclpart

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