第3章 ヴァナランドへ行こう

第43話 大使兼魔王様からのお呼び出し

「ふふっ、そんなに緊張されなくてもよろしいですよ?

 別に取って喰おうという訳ではないのですから」


 口に手を当てて、ふふふと笑う女性。


「も、もふっ!」


「そう言われてもですね(滝汗)

 緊張しますってば(爆)」


「興味深いわ、わくわく!」


 怖いもの知らずなアリスを除き、俺とゆゆは背中が冷や汗でびしょびしょだった。

 ゆゆなんてギャルとしての語彙が反転し、おじさん構文になっている。


 そしてなんで俺はだんきちモードでこの方の前に立っているんだ……。


「だんきちさんはさらに逞しくなられましたね!」


「もふっ!?」


 嬉しそうに表情をほころばせたのは、ヴァナランド駐日大使、ヴァナランド皇室第三皇女、第178代魔王……などなどたくさんの非現実的な肩書を持ったリアン・フェルニオス三世その人だった。


「もふぅ……」


 俺は遠い目で、数日前の事を思い出していた。



 ***  ***


 数日前、緩樹家。


「やった~!

 なっつっやっすっみ~~!!」


「今年はタクミおにいちゃんのお陰で補習なし!!」


「ごろごろ朝寝しておにいちゃんとデートしてゲームしてくっちゃ寝する魅惑の1か月が始まるよ~♪」


「おいっ」


 ぺしっ


 終業式が終わったばかりだというのに怠惰極まりない発言をするユウナにチョップを食らわせる。


「いやいやタクミおにいちゃん!

 このユウナ、人生初の補習なし夏休みなんですよ?

 ちょっとくらい羽目を外してもいいじゃないですか~」


 ユウナの頭の上に花が飛んでいる光景を幻視する。

 ここまでお馬鹿だったなんて。


「……毎日10時~11時は勉強な」


「え~?」


「ちなみにお触りあり」


「マジでっ!? するする!」


 とたんにやる気を出すユウナ。

 なんでこの条件を言い出すのが俺からなんだよ……。


「Extra recture(付加授業)?

 ユウナは熱心なのね!」


「いや~、それほどでも~」


 成績優秀で補習なんて縁のなさそうなアリスが目をキラキラと輝かせて感動している。


「違うぞアリス。ユウナは胸は重いがBrainはLightなんだ」


「なるほど! だからあの身のこなしが出来るのね!」


「いやいや君たちひどすぎない?」



「……体重が500グラム増加するたびプール特訓5時間だからな?」


 いつものじゃれ合いをしていると、マサトさんが戻って来た。

 手には大きなバインダー。

 表紙には、やけに重厚な印が押してある。

 文字を読むと……観光庁?


「ああ」


「ここ1か月ほど折衝を進めていたんだが……観光庁から大きな案件の依頼があってね。夏休みの大半は、コイツに費やすことになると思う」


「お?」


「What?」


「それはいったい?」


 三者三葉の反応を示し、バインダーを覗き込む俺たち。


 そこに書かれていたのは、

『ヴァナランド観光受け入れ開始に伴う大規模宣伝案件』

 なる、堅苦しい文言だった。



 ***  ***


(まさか、今回の案件にリアン様も関わっていたとは……)


 リアン・フェルニオス三世。

 穏やかな物腰の超絶美人。

 魔族の頂点に立ち、世界を闇で支配していた魔王。


「17年前に人間族の皆様と講和条約を結び、ヴァナランドの平穏を確立するために邁進していたのですが……ようやくそれが成りまして!」

「様々な技術供与で助けて頂きました日本の皆様を、ヴァナランドに沢山お招きしたいと考えていたところ、日本国の観光庁様から素晴らしいお話を頂いたのです!!」


「も、もふもふ(なるほど)」


 頷きながら手元の資料に視線を落とす。


 こちらの世界の人間が、ヴァナランドに行くことを制限されていたのはリアン様の方針に反対する一部の魔族が抵抗し、テロ行為を行っていた為らしい。

 ようやく抵抗勢力が平定され、治安も安定したことから日本から観光客を受け入れようとなったそうだ。


「ゆゆさん、アリスさん、だんきちさんにはお手数をおかけしますが、ぜひプロモーションの助力をして頂けますと幸いです」


 深々と一礼するリアン様。


「い、いえ、光栄です!」


 ボイスチェンジャーを切り、慌てて一礼する俺。


「あたしも光栄です(鬼汗)!」


「これもノブレスの役目だものね、リアン様!」


 同じく一礼するゆゆとアリス。


「ふふっ、ありがとうございます」


 顔をあげたリアン様の表情は、凛としたヴァナランド大使から好奇心満点の少女のものへと変わっていた。


「これにて儀式は終了です!」


 にっこりと年相応の(とはいっても魔族であるリアン様は100歳を超えているらしいが)笑顔を浮かべるリアン様。


「日本に赴任して1か月ほどたちますが……こちらの文化は大変すばらしいですね!配信アイドルであるゆゆさん、アリスさん、だんきちさんは大変素敵ですし。

 お召し物も可愛いですから、わたしも着たくなっちゃいました!」


「き、気に入って頂けたようで幸いです」


 檀上から降りてくるくると嬉しそうに回るリアン様。


(ねえタクミおにいちゃん、リアン様の衣装に突っ込んでくれない?)


(あのなユウナ、そんな大それたことできるわけないだろ!)


(リアン様凄く可愛いわ。アリスも着てみたい!)


 固まってひそひそ話をする俺たち。

 なにしろ……この会見の冒頭から、リアン様は巫女衣装を着ているのだ。

 しかも丈が短めの、いわゆるコスプレ用だ。


「リ、リアン様!

 ヴァナランド向け広報映像の撮影は終わりましたが、そんなに動かれますとお召し物のすそが……!」


 いや、この光景ヴァナランドに流すんかい!

 お姫様はコスプレだよ?

 誰か止める人はいなかったのか?


「ふふふ、捕まりませんよ?」


 バタバタとSPから逃げ回るリアン様。

 第一印象よりかなりオモシロ……フランクな方のようだ。


「そうだ!

 先日いんたーねっとで見かけた素晴らしい衣装!

 それをプロモーション中の公式衣装といたしましょう!

 確か名前は逆バニー……」


「「いやそれはマジでダメですって!!」」


 ぺしん!


 俺とユウナのツッコミが、綺麗にシンクロした。


 ……それはともかく、俺たちは観光大使としてヴァナランドに赴くことになったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る