第12話 ユウナとの絆

「いてて……」


「うぅ、ごめんなさいタクミおにいちゃん」


 ゆゆから通常モードに戻ったユウナが、たんこぶを氷水で冷やしながら膝枕をしてくれる。

 後頭部に感じる柔らかな感触は最高だが、この脚は凶器だ。


「いやあ、飛んだね」


「飛びましたね」


 俺のスキルで最適化された、ゆゆの新型フィニッシュブローを食らった俺は30メートルほど吹っ飛び壁にぶつかって気絶した。

 だんきちの着ぐるみの衝撃吸収能力にも限界があったらしい。


「リミッターがあってよかったです」


「だな」


 ダンジョン探索者が身に着ける”衣装”は防御力が優れている事はもちろんだが、一種のリミッターが付けられており、ダンジョンの外ではスキルなどの威力が大きく低下する。

 更に、衣装を着ないと上位スキルを発動できないように制限されており、ダンジョンの外でそうそう無茶は出来ない。


「ダンジョン庁の”審査”は大変だけどね」


 通常の探索者ならともかく、ダンジョン攻略配信を行うアイドル配信者ともなれば

 テコ入れとして衣装の変更をすることもあり、そのたびに適切な防御力を持っているか、リミッターが正常か、などの審査があるのだ。


「シュシュを変えるだけで1か月待ちだったもんね、兄貴」


「マジかよ……」


「はっはっは! 書類はもう少し簡略化して欲しいけどね!」


 お役所の書類はどうしてああも分かりにくいのだろう。


「ははっ、そうですね!

 ……って、いたっ」


 マサトさんの言葉に笑ったとたん、今度は腰に痛みが走る。

 思いっきり蹴りを貰って壁にぶつけたからな……。


「あう……あ、そうだ!」


「マッサージしたげますよ!

 こうみえてあたし、マッサージのセミプロなんです。

 ほらほら、うつぶせになって~」


「え、そこまでしてくれるの?」


 無邪気な笑顔を浮かべるユウナに促されるまま、マットレスの上にうつぶせになる。


「ほいっ!」


 ぎゅっ


(うおっ!?!?)


 なんとユウナは、制服姿のまま俺の背中へ馬乗りになった。


「うりっ、うりっ!」


 ユウナの親指が、ぐりぐりと腰のあたりをもみほぐす。

 当然、太ももの感触や彼女のぬくもりを感じるのだが……。


(うおおおおおおおおおおおおおっ!?)


 天にも昇る心地よさだが、スタッフとして、カッコいいおにいちゃんとして万にひとつも大きくしてはいけないわけで。


「ほれほれ~」


 ぐりっ


 ユウナの手のひらが、敏感なところを押す。


「うはっ!?」


 ユウナのヤツ、わざとやってんじゃないだろうな?


「ふむ……タクミ君の新クリーナ―スキルは、相手の行動の無駄を省き、打撃技の発動速度と威力を増大させるようだね」


 背中と腰に感じる甘美な感触に狂わされてると、いきなり真面目な話を始めるマサトさん。


「僕の概算では、”ゆゆ”のスキル発動速度と威力が15%向上……今まで誰にも発現したことのない、正真正銘のユニークスキルだ。そうだな、ゆゆとだんきちのコンビネーション攻略をしてもいいな。配信動画のアイディアがどんどん湧いてくるよ!!」


「タクミ君はどうだい?」


「うりうり~♪」


 むにゅっ!


「うっはぁ!?

 う、嬉しいですけど今そんな事を考えられ……ああっ!?」


「はっはっはっ! どうしたんだいそんなに幸せ苦しそうな顔をして!」


「ユウナちゃんマッサージふぃにっしゅぶろ~!」


「ぐはっ!?」


 その後も俺は、この兄妹に翻弄されるのだった。



 ***  ***


「にひひ~。タクミおにいちゃんお疲れ様でした!」


「まったく……」


 腰をある意味バッチリ直してもらった俺は、反撃としてユウナのテスト勉強にしこたま付き合ってやった。


 何やらダンジョンポータルの職員と打ち合わせがあるというマサトさんをその場に残し、俺は最寄り駅までユウナを送っていくことになった。


 夜のとばりが六甲山とダンジョンポータルの構造物を包む。

 ダンジョン探索者として鍛えているユウナに悪さをする奴なんてそうそういないとは思うけど、傍から見れば彼女は清楚で可憐な女子高生だ。


 夜に一人で出歩かせるのはよろしくないのである。


「ふふっ、こうしてタクミおにいちゃんと一緒に配信できるなんて思わなかったから、とっても嬉しいな!」


「俺もだ」


 眼鏡の奥に浮かぶ笑顔があまりにも愛らしくて。

 思わずユウナの頭を撫でる。


「えへへ」


「これ、あたしんちの合い鍵ですから。

 いつでもお土産スイーツ持って遊びに来てねっ!

 ……あとついでに勉強も教えて☆」


 ちゅっ


 少々図々しいお願いと唇の感触を右ほおに残し、ユウナは高層マンションのエントランスに消えていった。


「…………はっ」


 あまりの幸せ状態に、5分ほど固まっていた。


「ユウナの面倒を見るなら、近くに引っ越した方がいいよな。

 あとクルマも」


 特別ボーナスとして支給された投げ銭の使い道を考えながら、俺は家路につくのだった。

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