わるい魔法使い

熊雑草

わるい魔法使い

「わるい魔法使い」

 そう言って、勇者様はあたしの首根っこのローブを掴み、自分の前に掲げるのでした。

「ぐっふぅ!!」

 炸裂するモンスターAの火炎弾!

 直撃するモンスターBの雷撃!

 それが全部、あたしの身に起きた出来事……。

 勇者様はボロ雑巾のようになったあたしを投げ捨てると、一気にモンスターA,Bを自慢の剣技で切り裂きましたとさ!

「よし」

「『よし』じゃねぇぇぇっっ!!」

 あたしの絶叫に、勇者様が仏頂面で振り返る。

「何だよ?」

「『何だよ?』じゃ、ねーっですよ! 毎回毎回、人を盾に使うなって言ってるじゃないですか!」

「仕方ないだろう。お前の存在価値なんて、そんなもんなんだから」

 ……この人、悪魔だ。

 勇者が魔法使いを盾にするって、何だよ……。

「だってさ。お前、売れ残りじゃん」

「売れ残りって……。人を物のように言わないでくださいよ……」

「っなこと言ったって、紹介場でお前しか居なかったから、俺は仕方なくお前をパーティに入れるしかなかったんだ」

「ううう……」

 あたしが売れ残っていた理由……。

 それは魔法使いのクセに魔法攻撃力が低いことだった。

 あたしの能力査定は魔法攻撃力が低い分だけ、魔法防御と打たれ強さが高いということが判明した。簡単に言うと戦士以上の防御力を持ち、僧侶以上に魔法防御が高いのである。

 故に売れ残――

「わるい魔法使い」

「……へ? ちょっと回想シーンの途中で何すんの!?」

 勇者様はあたしの首根っこのローブを掴み、モンスターの群れに投げ込んだ。

「囮だ」

「ぎゃ~~~っ! 噛んでる!? 噛まれてるってっ!!」

 犬型のモンスターがガシガシとあたしの足と腕を噛んでいる。

 その隙に、勇者様は自慢の剣技で一匹ずつ犬型モンスターを切り裂きましたとさ!

「ハァ…ハァ……」

 あたしは地面に手を着いて項垂れる。

「殺される……。このままでは、いつか殺される……」

 今の戦闘でダメージ3も喰らってしまった。

 あたしのMAX HPは270だから大したダメージではないが……。

「本当に打たれ強いな。お前、どうやったら死ぬんだ?」

「何、世にも恐ろしい実験をしてんですか! あたしは、か弱い魔法使いなんですよ!」

「か弱いねぇ……」

 あたしを見て、勇者様は溜息を吐く。

 ちなみに勇者様のMAX HPは63だ。装備は訪れる街で最新の物に買い換えて、現時点の最強装備である。

 あたしは布のローブとひのきの棒という初期装備のままだ。

「一体、どうなってんだろうな? その装備で合計ダメージ10って」

「知りませんよ……。というか、自分の装備だけ換えないで、あたしの装備も充実してくださいよ」

「いや、お前に装備いらないだろう……」

 あたしは拳を握る。

 どこの世界にパーティの装備を充実させずに、勇者である自分だけを強化していく奴がいる!

「いい加減にしてくださいよ! このままだと、あたしは新たな感覚に目覚めてドMになっちまいますよ!」

「その方がいいじゃないか。俺が投げなくても向かっていくんだろう?」

「このドS勇者がぁぁぁっ! お前の唯一のパーティメンバーが変態でも構わんのかぁぁぁっ!」

「構わん」

「…………」

 この人ダメだ……。

 人としてダメだ……。

 こんな人が、どうして勇者になれたんだろう……。

「そんなんだから勇者様のパーティには、あたししか居ないんですよ……」

 あたしが入ってから20人のパーティメンバーの入れ替えがある。いずれの辞める理由も勇者様のドSが原因だ。

 あたしが渋々残っているのは、紹介場に戻っても、きっと売れ残りになるだけだからだ……。

「他の奴なんか要らん。俺は、お前だけ居ればいいんだ」

「……え?」

 突然の、その言い方は卑怯です。

 そんな直視して、あたしを見詰めるなんて……。

 あたしは頬を染め、ついつい許してあげようかな……って思ってしまうじゃないですか。

「わるい魔法使い」

 勇者様はあたしの首根っこのローブを掴み、魔王の前に投げ捨てた。

「あたしの純情を返せぇぇぇっ!! このドS勇者がぁぁぁっ!!」

 吼えるあたしの背中を極寒の魔王のブリザードブレスが直撃する。

 が、関係ない!

 今、あたしの心は怒りの炎で燃え上がっている!

 あたしを凍らせたかったら、その一万倍は強力なブレスを吐けるようになってきな!

「お前を許すかぁぁぁっ!!」

 あたしの振り上げたひのきの棒が、このダンジョン最強のモンスターである魔王に直撃した。

 それは見事に顎の先を射抜き、魔王は脳を揺らされ、ぐらりとたたらを踏む。

「よくやった」

 勇者様は邪魔なあたしを蹴り飛ばすと、一気に魔王を自慢の剣技で切り裂きましたとさ!

「だから、あたしを盾にするなぁぁぁっ!!」

「今度は武器にしただろう」

「武器にもするなっ! あたしはか弱いって言ってんだろうがぁぁぁっ!」

 勇者様はあたしに近寄ると、ポンと頭に手を乗せる。

「今のがお前の攻撃魔法だ」

「…………」

 そんなわけないじゃん……。

 あたし、故郷に帰ろうかな……。

 このままだと、本当にドMになる……。

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