ようこそ!常識改変怪奇町へ!

執事

第1話

「あけび様!今日も僕らを見守っててください!」

 小さな町の学生である僕の一日は、電波塔に向かってお辞儀をする事で始まる。

 これをすると心の底から頑張ろうって気持ちが湧いてきて、負の感情は消え去って笑顔が残り、清々しい学校生活を送れるのだ。

 少し前にお隣の桜さんに勧められて始めた事だけど、効果を知った今となっては家族みんなが毎日やっている。

 この町の住人を救ってくださるあけび様への感謝が、電波塔の頂上に佇む神への心からの敬意が、そのまま自分の幸福へと繋がるのだ。

 これ程コスパのいい信仰は他に無いだろう。

「……晴人、ご飯出来たって」

「あ、もう?すぐ降りるから『いただきます』するの待っててー」

 部屋の外、階段の下から妹の声が聞こえてくる。

 どうやらもう朝ご飯の時間らしい、昨日は夜遅くまでまーちゃんを楽しませるための芸を練習していたので、起きるのが遅くなってしまったのだ。

 眼鏡をかけてから階段を降りると、既に妹と母さんはパンにジャムを塗っていた。

 家族への挨拶を済ませて、遅れて僕も椅子に座って手を合わせる。

「「「いただきます」」」

 命をいただく事への感謝を込めて、今日もあけび様のおかげで生きていられる事に感謝して、僕は食事を始める。

「このジャム見た事ないけど、新しいやつ?」

「そうよ、切れちゃったから次も同じのを買ってこようとしたのだけど、いつもピーナッツバターじゃ飽きちゃうじゃない?だから昨日はブルーベリージャムを買ってきたの」

「流石母さん、いいチョイスだ」

 そこにはいつも通りの朝食風景が広がっていた。

 食事の時に喋るのは僕と母さんだけ、妹は何も喋らず黙々とパンを口に入れていくのだ。

 スプーンの裏でパンにジャムを塗っていく途中、僕はある事に気づいた。

「そういえば父さんは?また酔い潰れてるのかな」

 いつも四人で食卓を囲んでいるというのに、何故か父さんがいない。

 昨日飲み会でもあったのだろうかと、僕は母さんに問いかけた。

 母さんは一瞬目を点にすると、軽く笑いながら言葉を返した。

「何言ってるのよ晴人、お父さんなら昨日あけび様に命を捧げたじゃない。忘れたの?」

「うーん、そうだっけ?……あー、そういえば生贄募集のチラシきてたね。迷ってたみたいだけど結局応募したんだ。知らなかったよ」

「そっか、お父さん晴人には伝えずに行っちゃったのね。別れの挨拶くらいしていけばいいのに」

 瞬間、妹の顔が歪む。

 お腹でも痛くなったのかと心配したけど、それは杞憂だったみたいだ。

 急いでパンを口に入れて牛乳で胃に流し込むと、席を立ってご馳走さまと呟いた。

「じゃあ、私はもう行くから」

「どこ行くのよ」

「ゲーセン」

 僕とは違って普段着に着替えていた妹は、皿とコップを流しに入れると、肩掛けのバッグを背負うと外に出てしまった。

 これも普段通りの光景だ。

 妹は不良というわけではないのだが、時折学校を休むし休日は毎日ゲーセンに行っている。

 家族間でのコミュニケーショも十分に取れていないのだ。

 思春期だろうという事で我が家の見解は一致したが、それでも僕は何かあったんじゃないかと心配してしまう。

 まあ、あけび様がいるのだから何も心配する必要はないのだけれど。




◆◆◆◆◆◆◆◆


 私だけが正気なのか、それとも私以外の全てがまともで私だけが狂気に浸っているのか、そんなくだらない問いはこの町がおかしくなって一日目で捨てた。

 ネットを伝って外部から入ってくる情報の全てが、この町がイカれてるという事実を示している。

 町の中心にいきなり現れた電波塔を崇拝し、化け物共を敬う町民。

 私は死にたくない。

 私は狂いたくない。

 ならば逃げなくてはならない。

 ………一人で?

 頭をよぎる、楽しかった兄との記憶。

 友達がいない私の唯一の話し相手との記憶。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「豆腐三つください」

「あいよっ!」

 朝ご飯を食べてから少しして、僕は夕ご飯の買い出しに来ていた。

 父さんがいなくなってしまったけど、僕も母さんも家計の心配はしていなかった。

 町のみんなが稼いだお金は一旦あけび様の元に送られて、そこから全員に分配されるから、支給金の額が四人分から三人分に減るだけで家計に実質の影響はないのだ。

 家のローンも返し終わってるし。

「やっぱり手作りの豆腐はいいな、見ただけで頑丈に出来てるのがわかる」

「おっ、わかるのかい晴人」

「ええまあ、母さんがそこら辺こだわる人なんで」

 町の中心から少し外れたところにあるこの豆腐屋は、母さんが気に入っている場所だ。

 ここの豆腐はスーパーの物とはまるで違うらしく、僕も最初はわからなかったけど、今は多少は理解できるようになってきている。

 弾力というかハリというか、とにかく質が違うのだ。

「じゃあまた来週買いに来るんで」

「おう!お使い頑張れよ晴人!」

「……ハハハ、僕もう高校生なんだけどな……」

 この歳になってお使いを頑張れと言われると、恥ずかしい気持ちは湧き上がってくる。

 豆腐屋のおじちゃんは僕が小さい頃からの付き合いだから、孫のような目で見られているのかもしれない。

「おー、あっくん来てる」

 大通り、とはいっても都会のそれとは比べ物にならないくらい小さな道にあっくんはいた。

 あっくんはこの町のマスコットだ。

 全身に吹き出物のようなつぶつぶがついていて、二メートル程の巨躯で這って動く緑色のマスコット。

 例えるなら物凄く大きなナマコかな?と思いつつ僕は近づいていく。

「あっくん久しぶり、元気?」

「■■■■■、■■■■!」

「ダメダメ、この豆腐は捧げ物じゃないよ。夜ご飯の麻婆豆腐にするんだから食べないで」

「■■?■■■■!」

「そんなにお腹空いてるんだ……僕のこと食べる?」

「■■」

「十代前半の女子しか食べないの、立派な悪食だよ。ちゃんと野菜もキノコもおじいちゃんも食べないと」

 妹がいればあっくんの空腹も収まるんだろうけど、ここからゲーセンは遠すぎる。

 中学校だって遠いし、小学校はもっと遠い。

 どうしようと考えている間に、あっくんは僕のそばを通り過ぎて道の端に行き、道路標識をちぎって食べていた。

 ついでにカーブミラーも食べると、あっくんは満足そうにゲップをした。「■」

「ごちそうさまが抜けてるよあっくん」

「■■■」

「うん、これで良し」



◆◆◆◆◆◆◆


 化け物は激しい音と光と電子機器を苦手とする、弱点とまではいかないが好んで寄り付きはしない。

 だからゲーセンは私にとって最高の準備場所だった。

 ガソリン、車、地図、その他諸々、用意できる物は用意した。

 奴らは一部の人間を除き基本的には町の出入りを禁止している。

 逃げようとして捕まったら末路は死だけだろう、チャンスは一度だけ。

「覚悟を決めろよ明美」

 そこまで考えて、口に出して、私は苦笑してしまった。

 覚悟ってなんだ、死ぬ覚悟?

 違う、私は死にたくないんだ。

 仕方がないから逃げるのに、生きるために逃亡するのに、どこに覚悟が必要なんだ。

 私が望む未来は一つ、まともな世界で兄と生きること。

 そこに覚悟は介在しない、希望だけが存在する。


◆◆◆◆◆◆◆




「あけび様も随分大きくなったなぁ」

 買い物袋を持ちながら、僕は電波塔を見上げていた。

 そのてっぺんに佇む白いカラス、即ちあけび様はどんどん大きくなっていた。

「半月前はまだ鹿くらいだっけ?もうアフリカ像超えたかな」

 みんなの信仰を力に変えて、あけび様はこの町を守ってくれている。

 その事実に感動していると、突然後ろから声がかかった。

「ブツクサ五月蝿い」

「明美⁉︎……ビックリさせないでよ」

「警戒してない晴人が悪い」

 昔はお兄ちゃんって呼んでくれてたなぁ、なんてくだらない事を考えながら僕は振り向いた。

 そこにいたのは妹の明美、だけどなんだかいつもと様子が違うみたいだ。

「どうしたの?調子悪そうだけど」

「……あァ、ちょっぴり震えてるだけだ」

「風邪?なら薬局寄ってから帰ろっか」

「いや、その前にちょっと見て欲しい物があるんだけど今時間空いてるか?」

 今日は買い出し以外の用事はない、学校の課題はあるけど言ってしまえばそれだけだ。

 妹の誘いに乗るって答えると、恐怖と喜びが入り混じった表情で「じゃあ行こっか」とそう言った。

 もしかしたら不良に脅されているのかもしれない、誰かカモを連れてこいって言われたのかもしれない、妹の表情からそう推測した。

 だけどそんなことはありえない、あけび様の見守る中で犯罪を犯す人間なんているわけがないんだから。



◆◆◆◆◆◆◆


 決行は今日だ。

 一応、遺書を書こうと思った。

 もちろんあの二人に見せるための物ではない。

 仮にも父である男の死を、夫である男の死を、なんとも思わない狂人二人に見せる遺書なんて書くものか。

 だからこれは土の中に埋めておく。

 もし私が失敗しても、いつかあの化け物共が殺されるかもしれない。

 もしかしたら世界には対魔の力を持った存在がいるかもしれないんだ。

 元々私はあるかもわからないファンタジーな存在に期待するような人間ではなかったが、そもそもあの化け物自体がファンタジーそのもの。

 いないとは言い切れない。

「これで良し」

 頑丈な鉄製の箱に入れ、封筒に入れ、遺書は土の中へと隠された。

「これは私の存在証明。たしかに明美という一人の人間が抗ったって証拠」

 仮に私が死んでも、いつか誰かが見つけてくれたら嬉しいな。


 

◆◆◆◆◆◆◆

 



「どこまで行くの?町から出ちゃいけないってあけび様も言ってたよ?」

 竹藪を抜け、デコボコとした道を歩いていく。

 この先を十キロ歩けば隣町だ。

「……晴人」

「何?」

「後ろ、服が引っかかってるよ」

「え、外さなきゃ───「ごめん」

 突然首にビリッとした衝撃が走って、途端に辺りが暗くなった。

 このまま倒れたら頭を打ってしまうと思って、懸命に意識を保とうとしたけど、二度目の衝撃で僕の意識は完全に沼へと沈んだ。

 なんで明美が、そんな言葉を発する暇もなく。

──

───

────

「エンジン良し、ガソリン良し、天気良し」

 目が、開く。

 急に覚醒した意識、いったい何がどうなっているのだろうと起きあがろうとしたが、どうやら体が縛られているようで四肢が自由に動かせない。

「何がっ⁉︎」

「うん?あぁ、起きたのか。気分はどうだ?晴人」

 どうやらここは車の中らしい、振動と車内の景色からそれが推測できた。

 そして現状を正しく理解してしまった。

「だめだよ明美!このままじゃ町の外に出ちゃう!そんなのダメだよ!あけび様の神託に従わないの⁉︎」

 どうして明美がこんなことしたのかはわからない、けど止めないと。

 外に出るのだけはダメなんだ。

「五月蝿いなぁ!無心論者のオマエはどこ行ったんだ!」

「ええっ⁉︎」

「クソッ!ここまで来てもまだ洗脳が解けないのか!洗脳の波動を放つ電波塔から遠ざかってもまだ!まぁいい、更に距離を稼いで隣町まで行けばいくらでもやりようはある」

 その時、窓の外に何かが見えた。

「あけび様!来てくれたんだ!」

「あァ⁉︎早すぎんだろ!」

 あけび様は優しい神様だから、頼めば明美も許してくれるかもしれない。

 もし許してくれなかったら僕らはどうなるんだろう。

 生贄にすらなれないのかな。

「クソッ!クソッ!クソッ!流石に片手運転は私のスキルじゃ無理……賭けるか」

 そう言いながら明美は見ていたのは、大きな猟銃だった。

「暴発したら危ないよ……?」

「晴人、小さい頃の事を覚えてるか?」

「急に何を──」

「神なんていないって、スパゲッティモンスターだかなんだかの写真を持ちながら言ってたよな」

 嘘だ。

 そんな事するはずがない。

 僕は物心ついてからずっとあけび様を信仰しているんだから。

「コーランとか聖書を小馬鹿にする世間知らずの生意気なガキ、それがオマエだろ!」

 更に明美はアクセルを踏む。

 なんでかはわからないけどあけび様に追いつかれたくないらしい。

 あけび様も木を盾にしながら蛇行する明美のドライブには苦戦しているようで、なかなかここまで来れないみたいだ。

 ようやく見れた窓の外の光景が、それを示していた。

「そろそろ帰ろうよ明美、今夜は麻婆豆腐だよ」

「ッなんでだよ!まだダメなのかよ!」

 ダメだって明美は言うけど、僕からしたらダメなのは明美の方だ。

いくら可愛い妹とはいえ町のルールをやぶったんだから力尽くでも連れ戻さないといけない。

 だって僕はお兄ちゃんなんだから。

「ほら、銃は危ないよ」

 蛇行の勢いで緩んでいたらしい縄をなんとか脱出した僕は、猟銃を手に取った。

「は?なんで縄を────あぁもう!」

「あけび様も鳴いてるしだいぶ怒ってるからさ、二人で謝ろよ」

 そこまで僕の言葉を聞いた明美は、大きく息を吸うと充血した目で叫んだ。

「いい加減!目を覚ませよバカ兄貴!」

「バカ兄貴⁉︎」

「オマエは!私の!お兄ちゃんだろ!」

 その時、僕の脳裏を本当の記憶が駆け巡った。


『ねぇねぇお兄ちゃん、四葉のクローバー見つけた』


『ゲーセンって楽しいねお兄ちゃん』


『いいか?初手昇竜拳はクソだ。雑魚だ。コマンド覚えたてのカスだ』


 なんで、なんで忘れていたんだろう。

 明美との思い出を、楽しかった日々を。

 その記憶の衝撃に、僕は押し黙ってしまった。

「……これでもダメか。あぁクソ、バットエンドかよ───」

 何もかも諦めたような表情の明美を見ながら、僕は窓を開けた。

「明美、一旦蛇行を辞めて真っ直ぐ走ってくれないか?」

「嫌だね、私は最後まで抗う」

「そうじゃない、このままじゃクソカラスを狙えない」

 猟銃には弾が入っているみたいだ、数は二発。

 つまりチャンスは2回。

「……まさかオマエ正気に⁉︎」

「話は後。絶対当てるからお願い」

「───任せろ!」

 ニヤリと笑って明美はアクセルを全開にする。

 蛇行の状態では出来なかった高速運転。

「言いたいことは山程あるけど、とりあえず帰ってくれるかな。シロカラス」

 十分に引きつけた状態で一発、ハズレ。

 後一回、外したら未来はない。

 相手は化け物、殺せるかどうかはわからない。

 だけどあっくんという醜い化け物に飢えがあったように。生物的な機能は備えているようぬ思える。

 ならば、目を打ち抜けば少しは怯むだろう。

 そんな希望的観測の一撃。

「隣町まで後5分!頼むぞ晴人!」

「うん、わかった」

 僕に射撃の経験はない、だけどここで決めないと後がない。

 だから僕は本当にギリギリまで引きつけることにした。

「このままじゃ当たらない、だから速度を落としてもらえない?どうせこのペースだと5分持たずに追いつかれる。というか多分あのカラス遊んでる、本気ならもっと速いはず」

 半月前に見たあのカラスの飛行はもっと速かった、図体が違うから単純に比較はできないが。

「は⁉︎嘘だろ⁉︎……わかった。マジで頼むぞ、お兄ちゃん」

僕は構える、命を賭けて。

「そんなこと言われたら──頑張るしかないよ!」

 惹きつける、引きつける。

 一メートル、それ以下。

 ギリギリ、ギリギリまで。

「△★!」

 今。

「じゃあね、クソカラス」

 放たれた散弾はカラスの目を傷つけた。

 奇声を上げなから近くの木へ向かうカラス、恐らくは一旦休むつもりなのだろう。

 達成感よる先に、虚脱感が僕を襲った。

「……生きてるな、私たち」

「うん、生きてる」

 今までゴメンだとか、助けられなくて悪かったとか、言いたことは沢山あったけど、とりあえず僕はシートの背もたれに寄りかかった。

 疲れた。

「明美」

「……まぁ、色々と積もる話はあるけどそれは後でいいか?ここまで来て死にたくない、安全運転を心かける」

「そうだね、それがいいと思う」

 少し、時間が経って隣町が見えて来た。

 家のことを思い出した僕は、もう一回戻って助ける勇気がない自分が情けなくなって、呟いた。

「ごめんね、母さん」

 明美は何も言わずに、郊外に車を止めた。

 ジトジトとした湿気が、髪をベタ付かせる。

 ようやく明美が口を開いた。

「未成年の運転は不味い、とりあえず降りよう。次はどうする?

「まずは今後のことを考えるために落ち着ける場所を探そっか」

「だな」

 車を降りると、遠くに一際大きい塔が見えた。

 恐らくは町の中心、その場所に。

「……嘘……だろ……」

 塔の上には、真っ赤なカラスがいた。










 

















 

 

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