第8話 Princess Holiday

「大丈夫かな!?シエラちゃん大丈夫かな!?」

「母親かッ!」


 月曜の放課後、わたしはクラスメイトのかえでと共に部室へと向かっていた。彼女が寝る間も惜しんで作っていた衣装が完成したとかで、今日はそのお披露目をすることになっている。隣を並走するかえでは授業中いっぱい寝たとかで普通にぴんぴんしていた。


 シエラにはさやかと一緒に部室で待機してもらっている。1人で家に置いてくよりもさやかといた方がいいだろうし、わたし達もその方が安心できる。けど授業受けてる間になにか事件が起きるんじゃないかと内心ビクビクしてたんだよね。


「シエラちゃーん!」


 勢いよく扉を開ける。そこに広がっていたのは……!!


「ん、ほのか」

「て、適応してるッ!!」


 ヘッドセットを外したシエラがこちらに顔を向ける。コードの先はさやかのパソコンに繋がっているので、恐らく彼女が貸し与えたのだろう。翻訳機じゃ字が読めるようにはならないけど、音楽ならそれも関係ない。


 そりゃずっと待ってるだけじゃ暇だろうとは思ってたけど、こうも馴染むのが早いと来週にはタイピングぐらいは始めてるんじゃないかな……。


「なんやさやかに貸してもろたんか?」

「ん。シエラ理解した。ハードコアは楽しい」

「英才教育されとるし」

「ほのか、少し遅かったですね」


 部室の外からさやかが顔を出す。どうやらちょうど席を外していたらしい。


「えへへ……教室の掃除手伝ってて……」

「人がええのも考えもんやで……まあそこが部長の長所やけど」


 褒められると照れる〜!


「ではかえでも来ましたし、服の方を確認しますか」

「せやな。持ってきとるからちょい待って」


 そう言ってかえではリュックを開けた。


 ◆◆◆


 ──数分後。


「よし!丈もバッチリやな!」

「すごい。ぴったり」

「ま、あーしが縫ったんだから当然や」


 自信ありげに胸を張るかえで。それもそのはず、衣装を纏ったシエラは一見すると普通の人間にしか見えなかったのだから。

 

 服はコートとインナーの2枚構成。

 羽毛が丸見えだった腕は長い袖に隠され、一見して下に翼があるとは思えない。剣と競り合った凶悪な爪も、大きなブーツとルーズソックスの中にすっぽり収まっていて、その姿はまるで雑誌の読者モデルみたいだ。正直服だけでここまで隠せるなんて思ってなかったので、かえでの見立てが確かだったことに驚いている。


「シエラは魔法使いやって聞いとったし、セオリー通り外側は魔法耐性強い素材使って遠距離攻撃対策しとる。内側は【可愛げある羊パステルシープ】の素材で肌触り良く仕上げたけんど、実はここにあーしの拘りポイントあって──」


 正直かえでの言うことはよくわかんないけどとりあえず可愛いので良いと思う……!!


「脚はちょっと変な感じ」

「普段とちゃうから違和感あるかもしれんけど堪忍な」


 シエラは基本的に裸足なので、そもそも靴を履くという文化自体慣れない様子。もちろん靴もかえでが作ってくれたけど、よく見るとなんだか少しサイズが大きい気もする。


「ゼロから作るんは無理やったから、靴だけ市販品の改造やね。大きめの奴の底を止まり木みたいにして加工しとる。歩きづらいやろうけどしばらくはそいつで我慢してや」

「いっそのこと車椅子などを使ってもよいかもしれませんね。もしくは魔道拡張工学に則り本格的な義手や義足を作成しても──」

「車椅子やと迷宮の立ち入り制限されそうやし義足のが──」


 クリエイティブな2人が難しい会話を始めてしまったので、わたしはシエラと話すことにした。鏡の前でくるりと回る彼女は、この服をかなり気に入ったように見える。


「すごいね~!これならほかの人も全然わかんないんじゃないかな?」

「ん。翼も違和感ない」


 シエラがコートを捲り白い翼を覗かせる。過剰なほどに長いこの袖ならば、彼女の目立つ羽も簡単には見ない。袖自体がちょこっと目立つ気もするけれど、これならそういうファッションの範囲だろう。


「ほのか達の服、どれも触り心地いい。魔法?」

「魔法じゃないけど、シエラちゃんは見たことない素材かも」


 可愛げある羊パステルシープは羊型の魔物を品種改良して家畜化された魔物だ。原種ならともかく、異世界にそのまま生息している可能性は低いはず。


「それよか今回のでストックしとった素材が結構減ってもうたんよな。予備作るにも素材補充せなあかんわ」

「先日の潜行ダイブで消耗品も随分使いました。ほのかも帰って来たことですし、久しぶりに買い出しに行っても良いかもしれませんね」

「そっか!じゃあ服もできた訳だし、シエラちゃん、一緒にお出かけしよ!」

「え……?」


 シエラが不思議そうに首を傾げた。


 ◆◆◆


「みんな!はやくはやく!」

「はぁ……はぁ……。そこまで急がなくても時間には十分余裕が……」


 息を切らすさやかから、抗議の声が聞こえてくる。


 わたし達は今、シエラを連れてショッピングモールへと訪れていた。近所ということもあって放課後たまに遊びに来ている。


「かえでちゃん補習なくてよかったね!」

「あーし今煽られとる?」

「日頃の行いです」


 力持ちのかえでは買い物する時は文字通り百人力だ。だから買い出しはかえでが参加できる日に行くようにしている。普段かえでは補習で放課後があまり空いてないので、平日にこうして買い出しに来れるのは実は珍しいのだ。


「今回はもう1人いるから、運ぶのもちょっと楽かもしれないね」

「ん。シエラ頑張る」

「今人の多い場所へ連れていくのは正気とは思えませんが……」

「まーまーそう固いこと言わずに」


 結局シエラにも来てもらった。本人も手伝いたいと言ってくれたし、何より彼女にはわたし達の世界のこともいろいろ知ってもらいたい。様々なお店があるショッピングモールはそういう意味でも丁度いいはず。


 と、そうこうしている間にわたし達は目的地へとたどり着く。


「よし!着いた!探検家御用達!なんでも揃うことでお馴染みのショッピングモール、【アルカナマーケット】!」

「わ〜!!」


 目の前の景色を見てシエラの目がキラキラと輝く。


 アルカナマーケット(通称アルマケ)は探検家向けのお店がたくさん入った総合商業施設だ。メーカー産の新装備から、持ち込み素材を使った創作料理まで、迷宮に関連するありとあらゆるコンテンツが揃っている。


 かくいうわたしも探検家免許ライセンスを手に入れるまでの間は毎日のようにここに通っていた。探検家になった今も、こうして定期的に買い出しには来ている。


「平日の夕方ですし、思っていたより人は少ないですね」

「ラッキーだったね!」


 建物の中は普段来ているときよりかなりいている。

 ここは探検家向けの施設が多いけど、一般人向けの洋服屋さんや食事処も多い。だから家族で遊びにくる人も沢山いるけど、これぐらいの人の量なら事故ってシエラの正体がバレる危険も少ないはず。


む、あれは……。


「さやかちゃん見て!!あのカフェ新作パフェだって!いい機会だから入ってこ!」

「メニューはほのかと同じでお願いします」

「あの大きな板が下がってる場所なに?いい匂いする」

「あ、こらほんまどいつもこいつも……仕方あらへんな……」


 寄り道は女子高生の嗜みだ。わたし達はカフェへと足を進めた。


 ◆◆◆


「ふむ、さっきのパフェ、味は悪くなかったですが見た目は厳しかったですね。何故蛇をモチーフにしたのか……」

「自分で頼んどったやん」

「え〜可愛かったじゃん!シエラちゃんどうだった?」

「ん、驚きの甘さ。胸が燃えるかと思った」


 シエラが自分の胸をパタパタと叩く。綻んだ顔を見るに味は気に入ったらしい。

 今日はアームを置いてきてしまったので、頼んだパフェはわたしが食べさせてあげた。隣のさやかちゃんがものすごい顔をしていた気がするけど、気のせいだったということにしておく。


「まあほのかが気に入ったのであれば良いんです。それでどうしますか?買い出し予定の物品はそれなりにありますが」

「そうだね〜。今回は人数もいるし、いつもより多めに買ってもいいんじゃない?」

「あーしはどっちでもええで」


 週末には再び迷宮に潜る予定。消耗品は迷宮に行くほど減るし、どうせならまとめ買いして安く済ませたいところ。


「シエラちゃんは気になるところとかある?」

「シエラが?」


 いきなり話を振られびっくりしたのか、シエラがきょとんとする。少しの間考える素振りを見せた後、彼女はふるふると横に首を振った。


「どこでもいい。みんなについてく」

「そっか……わかったよ!」

「ほなら先装備買いに行かん?シエラ向けの奴必要やろ」

「それなら私は別行動で。買うものは多いですし、その方が効率的でしょう」

「さやかは装備いらへんもんな」


 さやかはジョブの関係で武器を使わない。防具ももうあるし、その時間で消耗品を買っておいてもらう方が確かに効率的ではある。せっかくみんなで来たんだし、ほんとは一緒に回りたいんだけどなぁ。


「それじゃあまた後で集合ね!さやかちゃん気を付けてね!」

「ばいばい」

「周り見て歩くんやぞ~」

「こちらのセリフなんですが……」


そうしてわたし達はさやかの背中を見送った。


◆◆◆


 さやかと別れ、やってきたのは装備屋さん。

 店先には剣と盾の看板が下がっているのでわかりやすい。飾ってある装備は無骨だけど、レトロな雰囲気の店内は意外とオシャレにも見える。


 中でも武器を売っているエリアは派手で、剣やら槍やら刀やら、古今東西多種多様な武装が置かれていた。

 できるだけ服を傷つけたくないのでシエラには魔法主体で戦ってもらう予定だ。そして、魔法使い系のジョブなら装備するのは概ね"杖"になる。


「杖があればいつもより何割増しも強い魔法使えるんだよ!」

「ほのか、杖持ってる?」

「持ってはいるけど使ってないんだよね。わたしの得意魔法杖と相性悪いから」


 わたしの付与魔法グランツワイズは簡単に言えばモノを強化する魔法だ。使う時は基本的には自分の武器を強化するんだけど、その強化幅は元の武器の頑丈さに依存する。だから魔法の出力を上げても強化する武器が微妙だと効果もイマイチになっちゃうんだよね。


「剣振りながら要所で使う方がわたしには合ってるよ。逆にシエラちゃんは今まで武器とか使ってないの?」

「ない。必要もなかった」


 言われてみれば、鋼鉄みたいな爪と強力な魔法があれば武器はいらないかもしれない。でも使、というのは逆に目立つ。いや、手で持つのはできないんだけどさ。


「まあ肩に掛ければいっか……。かえでちゃんなにかオススメとかない?」

「ハイエンド目指したらキリあらへんからミドルモデル以下がええと思うわ。まあ見た目で決めてええんちゃう?」

「適当~」

「あれにする」

「こっちも適当!?」


 ちょっと即断即決すぎないかな!?


「あ、でも確かに似合いそう」


 シエラが選んだのは全体的に白い印象の両手杖だった。幾何学的な模様が幾重にも彫られた表面は、見てるだけで頭がよくなる気がしてくる。先端部には緑色のキューブがついていて、解説文によると戦闘時はこれが魔法行使を助けてくれるらしい。


 見た目もさることながら、白髪のシエラにはしっくりくる気がする。


「なんとなく、これがいい気がした」

ARMSアルマスの武製品やん!シエラセンスあるで」


 興奮したかえでが早口でまくし立てる。


「『ストラトゥムⅦ』は名作ミドルモデル両手杖や。最大出力は控えめやけど、魔力効率がええから継戦能力に優れとって、負荷低いから使い手選ばなんのが良いとこやね。2世代前やけどデザインええからファンも多いし、出力不足も調整次第で──」

「よくわかんないけどいい感じなんだね」

「ちなみに値段は──」


かえでからコソコソと耳打ちされ────。


「部活が存続すれば経費で落ちるかもしれないしッ!!」

「めちゃくちゃ俗な欲望やん」

「みんな困る?ならいらない」

「大丈夫!!出世払いでいいから!」

「責任背負わすなや」


 思ったよりいいお値段だった。けどこういう時は第一印象に従うべきというのがわたしの考えでもある。ギリギリだけど一応予算内だし……。


「わたしの剣も初見でビビッ!って来たのをいまだに使ってるし、装備って本来長く使うものだからさ。シエラちゃんにもこういう出会いを大事にしてもらいたいんだよね」

「あれ。部長の武器って先輩のお下がりやなかったっけ」

「それは片方だけだね。もう片方は昔親に買ってもらったんだ~」


──そういえばシエラは両親はどうしたんだろう。


 彼女は家族とは離れ離れになったと言っていた。けど、思い返すとシエラから姉以外の家族の話を聞いてない気がする。単にタイミングが無いだけなのか、それとも……。


と、


「あ、電話やな」


 かえでのスマホに着信が来る。突然の音にびっくりしたのか、シエラの肩がびくりと跳ねる。


「もしもし?どしたん……。あ~わかった部長に言っとく」

「どうしたの?」

「さやかの方もう終わったんやと。暇やから早く部長に会いたいらしい」

「ほんとにそう言ってた?」


でもさやかなら言ってそうな気もする……。そういう信頼と実績がある。


「あ!でも待って!集合場所変えよう!」

「また唐突やな」

「エヘヘ……。実は今日みんなで行きたい場所があったんだよね」


 さやかにメッセージを送ると0秒で既読が、0.2秒でスタンプが返ってきた。相変わらず返事早いなぁ。


「じゃあパパっと杖買っちゃおっか!」

「ほのか、どこ行くの?」

「ふっふっふ。それはね──」


 ◆◆◆


 その場所はほかのお店とは雰囲気が全く違っていた。理由は単純。ピカピカ点滅する筐体や、店内に流れるアップテンポなBGMは、ほかのお店じゃあまりにも目立つからだ。


「ほっ!んっ!」

「案外上達早いねんな」

「すごい!上手!」


 シエラが軽やかにステップを踏む。彼女が注視する画面には、ステップの位置を支持する矢印が流れてきていた。


 入店後に気付いたけど、お店のゲームって手を使うのがほとんどらしい。クレーンゲームもメダルゲームも、大体はレバーやボタンが必要になる。そうなると、手の無いシエラが遊べるゲームのとても少ない。


 脚だけで遊べるゲームが置かれててよかった~!


「ん、いい感じ」

「もう板についてもうてるやん」

「シエラちゃんお疲れ様~!」


 少し汗ばんでいるシエラの顔を、タオルで拭いてあげる。頬を擦り付けるその姿を見て、なんとなく小動物みたいだなと思った。


「ダンスやってたの?」

「お姉ちゃんに教えてもらった。楽しいから好き」


 あのゲームは遊んだことがないからよくわからない。けど、素人目にもシエラの動きには慣れを感じた。複雑な表情してるあたり、本人としては納得いってないみたいだけど。


「お姉ちゃんならもっと上手かったはず。他の誰よりも」

「おお。強火ファンだ」

「終わりましたか」

「わ!さやかちゃんそのメダルどうしたの!?」

「暇なので増やしました。数字を増やすのが得意なので」

「この一瞬で……?」


 先程合流したさやかが現れる。

 彼女の抱えるバケツにはギリギリまでメダルが詰め込んであった。隙間なくキッチリ積み上げれられたそれには、あと1枚のメダルも入らなそうに見える。


「ところでなぜゲームセンターに?かえでがパンチングマシーンを破壊して以来苦手意識があるのですが」

「かえで、モノ壊したの?」

「ちゃうねんあれは不可抗力や」


 数か月前のこと。

 このお店であるキャンペーンが開催された。パンチングマシーンを殴りつけ、一番スコアが高かった人に限定グッズが渡されるというものだ。それに参加したかえでが本気でパンチをした結果、現在も当該機械には修理中の札が張ってある。


「えっとね、シエラちゃんも入れて、みんなでプリクラ撮りたいなって思ってさ」

「プリクラ?」

「こういうものです」

「ん。なんかいろいろ飛んでる。食べれる?」


 さやかのスマホに貼ってあるプリを見て、シエラがお~と感心していた。でもその星とハートは食べれないよ。


「こうやってみんなで来れることもあんまりないでしょ?どうせなら今日という日の思い出を残したいな~って」

「さすがほのか。良い考えです」

「さやかは部長の写真欲しいだけやろ」


 わちゃわちゃしながら機械の中に入る。流石に4人となると少し狭い。


「かえで。もう少し詰めてください」

「いやあーしが一番場所取ってないんやけど!」

「あ、暑い」

「早く撮って出よ!!はいチーズ!」

「チーズってなに?」


──みんなの目線が合わなかったので結局、プリは撮り直すことになってしまった。

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